第2話 電話ごしの声 ー3
「はー、トキちゃんお疲れさま。ありがとう、助かったよー」
「腕は疲れましたけど、楽しかったです」
「よう動いてくれて、ほんまありがとう」
労いの言葉と、オレンジジュースをありがたく受け取った。
「あの、途中で見せてくれたのって」
「そうそう。ちゃんと詳しく話すね。まず、さっきも少し言ったけど、私たちの彩は〈ヒトを魅了する〉なんだ」
「竜胆ねえさんと鈴蘭さん、二人ともですか?」
「そうやの。同じ所、同じ職人に作られた姉妹ってことで同じなんやないか。って灯はんも言うてたわ」
「名称は一緒だけど、力そのものは少し違うんだ。私は、三秒間そのヒトの目を見てお願いすると、何でも言うこと聞いてくれるの」
鈴蘭は顔の下で両手を組んで、可愛らしく小首を傾げてみせた。
「凄すぎませんか!? それ」
「まあでも、効くのはヒトだけ。付喪神には全然。一日三回が限度だしね」
「それ以上すると」
「体調が悪くなっちゃうかな。こう、体中に重りをつけたみたいな感じ」
トキの言葉を引き取って鈴蘭は言った。苦笑いを浮かべる様子から、結構な辛さなのだろうと推測出来た。
「はい、次はリンの番」
「うちは、触れたヒトの考えていることが分かるんよ。目が合うとさらに鮮明にな。ランと同じく付喪神には効かん」
「竜胆ねえさんも、限度とかあるんですか?」
「限度はあらへん。でも、あらへんことが、代償。やと思うてる」
竜胆は憂いの表情で、胸に当てた左手を右手で包み込む。
「リンは、触れたヒトの考えてることを、リンの意思とは関係なく分かっちゃうんだ。極力誰にも触れないようにしてるみたい」
鈴蘭がこそっとトキの耳元で捕捉をしてくれた。トキは息を飲むだけで何も言えなかった。ところで、と鈴蘭は声を張った。
「トキちゃんの彩の名称は? おみおみにみてもらったんでしょ?」
「おみおみ?」
聞いたことのない名前に首を傾げる。竜胆がすぐに付け足してフォローした。
「女郎花のことやよ。ランは変なあだ名つけるのが癖なんよ」
「変じゃないもん。可愛い呼び方してるだけだもん」
「あれ、でもあたしのことはそのまま名前で呼んでくれますよね」
「トキちゃんはそのままで可愛いからいいの」
「なるほど?」
説得力たっぷりの口調で言われて思わず頷いたが、その基準はきっと鈴蘭にしか分からないのだろう。
「彩の名前でしたよね、〈過去をみる〉って聞きました」
「過去か……けっこう特殊かもね」
「どうやって使うんかを見つけていかんとな」
「ミーナさんに聞くとかですか?」
鈴蘭はふるふると首を振った。
「おみおみが分かるのは、彩の有無とその名称だけなの。どういう性質なのか、どう使うのかは実験あるのみ!」
「今ここにはうちらしかおらんし、色々やってみよか」
「はい!」
念のため、テーブルや椅子を移動させて店内の中心にスペースを作った。そこに懐中時計を持ったトキが立つ。
「どうしたらいいんでしょう……」
「うーん、まずは念じてみるとか。過去をみるんだーって念じる」
「やってみます」
目を閉じて、過去をみるんだーと念じてみる。眉間に皺が寄るまで念じてみたが、特に変化なし。
「ほな、具体的な過去をイメージしてみるとかどうやろ? 何年前とか」
「場所も決めてみるのもいいかも」
トキは大きく頷いて、一年前や五年前、十年前と考えながら念じてみる。その後は、本部やはなのさと、近くの公園などを思い浮かべてみる。さらにそれを組み合わせて、過去をみる過去をみると心の中で呟いた。
しかし、何通りも試したが何も起きなかった。
「ふう……」
ずっと力んでいたせいで、疲れてきてしまった。
「無理せんと、ちょっと休憩しよか」
「さっきのシフォンケーキもあるから、甘いもの補給!」
「はい、そうします」
カウンター席に座って、生クリームが添えられたさつまいもシフォンケーキで疲れた体を癒す。
「二人も能力を使えるようになるまでは時間がかかったんですか?」
「うーん、私たちのときは先になんか不思議な力があるなあって思ってて、後からそれが付喪神の能力、彩だっておみおみに教えてもらった感じなの」
「参考にならんくて堪忍なあ」
「いえいえ」
「でもほんと過去をみるってどうやったらいいんだろうね。時間とか場所とかは必要だし、方向性は間違ってないと思うんだけどなー」
鈴蘭は、大きめのシフォンケーキの欠片を一口でひょいと食べてしまう。
「懐中時計を手に持つのも、根拠はないんですけど、必要なことだと思います」
「トキちゃんの感覚がそう言うてるんなら、きっと合ってるんやと思うよ」
三人でああでもないこうでもないと頭を悩ませる。大学芋も出てきて、さらに糖分を追加する。
「何か、動きがいるのかな」
「動きですか?」
「私たちが目を見たり、触れたりする感じで」
「もしくは言葉とか。言霊っていうやろ、言うたことが起こるみたいな」
「過去をみるための言葉……『時よ、戻れ』とかですかね?」
――――――。
そう口にした瞬間、トキの視界がぼやけて、体が高いところへ、店を上から見下ろし、さらに街を見下ろし、どんどん上空へ昇っていくような感覚になる。
今までと明らかに違う感覚に、トキは一瞬戸惑ったが、なぜだが自然とそれを受け入れることが出来た。落ち着いた頭で時間と場所を考えてみた。三年前のはなのさとへ、と。
「わわわ」
すると、今度はどんどん降下していく。そのまま店の中へ戻ってきた。
「あれ……? どうなったんだろう」
トキは店内をきょろきょろと見渡すが、少しテーブルの配置が違うだけであまり変わらない。ただ一つ、カウンターの上に妙な存在感を放つ物があった。
「あ、なにこれ、たぬきの置物かな。可愛い」
割れ物のようにも見えたので、そっと手を伸ばした。しかし。
「え」
何度手を伸ばしても、トキの手がたぬきに触れることはなかった。たぬきをすり抜けてしまう。そのとき、奥から竜胆が出てきた。
「竜胆ねえさん! あのたぬき変なんです!」
もし本当に三年前に来ているなら竜胆がトキとはまだ出会っていないわけだが、トキはつい声をかけてしまった。言い終わってからまずかったのでは、と思ったが、それはある意味で杞憂だった。
「今日は何がいいやろか。さっぱりしたものもええなー」
そのまま食材を並べメニューを考え始めた。
竜胆にはトキの姿は見えず、声も聞こえないようだった。
「どういう、こと……」
カウンターや椅子にも触ろうとしたが、何度やってもすり抜ける。もう一度竜胆に話しかけてみるが、反応はない。
「まさか」
ここで、トキは思い至った。彩の名称は〈過去をみる〉である。出来るのは、みるだけで、干渉は出来ないということではないか。
「リンー! 今日は何作ってるのー」
出掛けていたらしい鈴蘭が、店の入り口から帰ってきた。
「今日はなー、あ、ちょっとそこ気いつけな――」
「え? 何? あーーーー!」
パリンっと甲高い音が店内に響いた。たぬきの置物がカウンターの下に落ち、腕がかけてしまっていた。
「うわーーー、たぬぬぬ! ごめん!」
「そこ置いてたらいつか落とすて言うたのに」
「ううっ、修理課持ってく……」
へこんでしまった鈴蘭はたぬきを抱えて、また店を出ていった。
「ほんま、しゃーないなあ」
竜胆が、鈴蘭が拾い忘れたたぬきの欠片をハンカチに包み、後を追いかけた。
再び一人になったトキは、ずっと手にしている懐中時計を開けた。懐中時計の針は左回りに動いていた。確かに、過去にきて、過去をみている。
「そろそろ、戻らなきゃ」
逆方向に時を刻む時計を見ながら、考えた。『時よ、戻れ』でここに来たのなら。
「『時よ、進め』かな?」
――――――。
その言葉を合図に、戻ってきたときと同じように上空へ押し上げられ、そして、降下してきて店内に戻ってきた。
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