第2話 電話ごしの声 ー2
「じゃあお言葉に甘えて」
「お、可愛らしいお客さんがいるな」
「本当だ」
客たちはわらわらと席につくと、ようやくトキの存在に気づいたようだった。
「この子はうちらの妹みたいな子やの。今日は遊びに来てくれてな」
「そうだったのか、邪魔してすまんなあ」
「あら、じゃあ帰りますん?」
「そんな冷たいこと言わないでくれよ、いっぱい注文するからさ。なあ?」
「もちろんだ。そこのお嬢ちゃん! いま手に持ってるのはなんだい?」
急に聞かれて驚いたが、トキは律儀に答える。
「えっと、これはさつまいものスープ、です」
「ありがとな、じゃあそれ人数分頼む」
「はいよ」
「ねえねえ、この大学芋とスイートポテトもおすすめだよ? どう?」
鈴蘭がすかさず両手に皿を持って接客モードに入る。
「お嬢ちゃんはどっちがおすすめ?」
「え、あたしですか?」
またしてもトキに声がかかり、戸惑ってしまう。しかもまだどちらも口にしていなかった。
「トキちゃん、食べてええよ。教えてあげて」
「は、はい」
竜胆から促されてトキはそれぞれ一口ずつ取り、口に入れた。大学芋の口いっぱいに広がる甘さも、スイートポテトのしっとりとした舌触りも、格別だった。
「どっちもすごく美味しいです。どっちも好きですけど、スイートポテトのしっとり感がとても好きなので、よりおすすめです」
トキは思ったままに言ったので、これで答えになっているのか分からなかった。
「なるほど。じゃあ、両方もらおうかな。スイートポテトはちょっと多めに」
「はいよ、ちょっと待っててな」
竜胆が調理のためにくるりと後ろを向いた。その間に鈴蘭が飲み物を運んでいく。口を尖らせて少し拗ねているように見える。
「どうして私のおすすめは聞かないのー?」
「だってそりゃあ、いつも聞いてるし、あれもこれもってどんどん増えていくから」
「そうそう。口車に乗っちゃって、腹膨れすぎるんだ。いやー、たちが悪いよー」
「商売上手と言ってよ、ね!」
最後のグラスを勢いよく置くと、鈴蘭は得意気に笑ってそう言ってみせた。
「初めて見るあのお嬢ちゃんは、そのままの感想言ってくれそうな気がしたからなー。突然巻き込んで悪かった。ありがとな!」
「いえ……」
完全にペースに飲まれただけだったのだが、お礼を言われてしまった。それでも「ありがとう」と言われたことは嬉しくて、自然と顔がほころんだ。それと同時に肩の力が抜けた。抜けて初めて、余計な力が入っていたことに気がついた。
「こちらこそありがとうございます」
「うん? まあいいってことよ」
ニカっと笑ってトキの礼を受け取ると、その客は乾杯の音頭をとって飲み始めた。
「あの人ね、店にいる元気のない人に声かけにいって笑わせるのが趣味なんだって」
鈴蘭が小声でそうトキに言った。驚いて例の客の横顔をちらりと見た。
「それは、すごいですね」
「私も、余計なこと言っちゃったお詫びになるか分からないけど、イロのことばっちり教えるから!」
「よろしくお願いします」
「口で色々説明するより、実際に見た方が早いよね。私たちの彩は〈ヒトを魅了する〉なんだ。見てて」
鈴蘭は人差し指を口元に当てて、そっとウインクをした。
スイートポテトを手にしている客の横に座り、袖を引っ張って話しかけた。
「ねえ、実はさつまいもが食べきれないくらいいっぱいあってね、リンがまだまだ色んな料理作ってくれるから、注文してくれる?」
「何があるんだ?」
「天ぷら、炊き込みご飯、チップス、シフォンケーキもあったかな」
「いやいや、さすがにそんなには」
客は、顔の前で手を振って否定した。鈴蘭はその客の顔をのぞき込み、じっとその目を見つめた。そして、目を逸らさないまま、唇を動かした。
「ねえ、お願い」
目の中に鈴蘭を映した客は、瞬きを忘れたように少し固まったが、すぐにしょうがないなあと破顔した。鈴蘭はにっこりと笑ってカウンターを振り返った。
「リンー! 追加の注文もらったよ。あと、リンも見せてあげて」
「はいはい」
竜胆は落ちてきた髪を耳にかけて、返事をした。端に座っていた客のグラスが空いているのを見て、しっとりと声をかける。
「お客さん、お飲み物何にしはります?」
「いやもう。飲み過ぎも良くないし」
「そうですか。残念やわ~ほなグラスだけ下げますね」
グラスを受け取る際に竜胆の手が客の手に触れる。反射的に顔を上げた客の目に自身を映し、竜胆は微笑んだ。
「堪忍なあ、お客さんダイエットしてはるって前に言うてたのに。ハイボールならそないカロリーも高くないし、油使わへんお料理も用意させてもらいますわ」
「え、俺ダイエットのこと言ったっけ!?」
「酔ってはったから、覚えてないんかも。どないします? ご用意しましょか?」
「そこまで言ってくれるなら、お願いするよ」
「はい、お待ちを」
グラスを引き上げながら竜胆はトキと鈴蘭に目配せをした。鈴蘭は親指を立てて応えた。
「あの、鈴蘭さん今のは……?」
「私たちの彩。まあ、細かいことは後でね。トキちゃんも料理運ぶの手伝って!」
「は、はいっ」
次々に出来上がる料理を鈴蘭とトキで客の前まで運んだり、自分たちで食べたりと、さつまいもづくしの時間を過ごした。半分以上のさつまいもを胃の中に収めたころ、また来るよーと言って彼らは上機嫌に帰っていった。
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