探しものは “誰” ですか ー2
灯もトキも思わず目が点になってしまっていた。桐はというと、二人が何に驚いているのかよく分かっていない。
「そのときはお互い開化してなかったから当然だろ? 身振りとかでなんとなーく会話っぽいのしてたけどさ」
開化する前、百年未満の物たちは、人の姿形はあるが、人差し指ほどの小ささで物の近くをふよふよと漂っている。そんな彼らのことを、総称して『ツボミ』と呼んでいる。話すことは出来ず、人の姿をもつ付喪神とは違い、ツボミたちは人の目には見えない。もちろん彼らツボミ同士は見えているが。
固まったままだった灯が気を取り直して、疑問点をあげる。
「レストランの椅子なら、そのレストランに行けば会えるんじゃないのか? お前もそこにいたんだろう」
「それが、なんかしばらく店が真っ暗になったときがあって、また明るくなったときにはあの子はいなくなってたんだ」
「それが何年前のことか、どれくらいの期間だったかって分かりますか?」
トキの質問に、桐は首を横に振った。
「分からねえ。おれ料理を眺めるのが好きで、それに夢中になってたら、あっという間に時間が過ぎてて。時間感覚ってのがあやふやで……」
ただ、と桐は言葉を繋げた。
「おれも開化してるし、たぶんあの子も開化はしてる。と思うんだ」
「なるほど。だいたいのことは分かった。で、どうする?」
灯は視線を流し、横に座るトキに問いかけた。あくまでも主導はトキ、ということなのだろう。
「まずは、そのイタリアンレストランに行くべきだと思います。シェフさんに話を聞いてみたいですし、桐さんも新たに思い出せることもあるかもしれません」
灯は口元に小さく笑みをたたえて頷いた。
「いいと思う。お前はどうだ?」
二人から見つめられて、桐は自分の顔が引きつるのが分かった。額を机にぶつけるのでは、という勢いで頭を下げた。
「すまねえ!! おれレストランには行けねえんだ」
「え、そのレストランには桐さんの机があるんですよね? いけないって、どうしてですか……?」
「それ、は、そのええっと」
ゆっくりと頭を上げたものの、桐は自分の膝に視線を落とし、二人とは目を合わせられずにいた。心配そうなトキの声がした。
「あの、言いたくないことなら無理には聞きませんから。顔を上げてくれませんか?」
「いや、言う。おれは言うぞ、ちゃんと」
「分かりました。では、あたしもちゃんと聞きます」
顔を上げれば、真剣な表情をしたトキに力強く頷かれた。
「実は、開化したのが開店前の時間で、運悪く店の中でシェフと鉢合わせて、不法侵入か! って言われて、ごまかさねえとまずいとか、あの子の手がかり見つけねえと、とかもう色々テンパってさ」
桐は息を吐いて、続きを口にする。
「テンパって、シェフに『あの子をどこにやったんだ!』って掴みかかって、軽く喧嘩になって、それで、店から追い出されて、二度と来るなって……」
なんとも言えない沈黙を経て、トキがそっと口を開く。
「それは……やっちゃいましたね」
「警察を呼ばれなかっただけましだな」
冷静な灯の言葉に、桐は頭を抱えて机につっぷしてしまった。
「馬鹿なことしたのは分かってんだ! いっそ笑い飛ばしてくれ、その方が――」
「お前が深刻そうに話すから笑うに笑えんだろうが」
「おう……確かに。と、とにかく、おれはもうあそこには行けねえんだ」
へこみ過ぎて完全に応接室の机と同化してしまった桐を見て、二人は顔を見合わせた。
「どうしましょう」
「俺たちだけで行ってもいいが、本人がいないことにはやっぱりな」
「あ! 変装してみたらどうでしょう! サングラスとマスクとかで」
「その組み合わせは完全に不審者だな。レストランだからマスクは取らなきゃならないし、少し無理がある」
「うーん、じゃあ、ミーナさんに相談してみませんか」
灯は声には出していないが、あからさまに嫌そうな顔をしている。
「ミーナって……?」
少し気力が回復した桐は、新たに出てきた人名らしきものを聞き返す。
「課長さんです。綺麗な人ですよー」
二人の上司、ということだろう。どんどん話が大きくなってきているような気がするが、あの子に会うためと気合いを入れなおす。
「おれ、頑張るから! 何でもするから、頼む!」
「変装するなら、ファッションに詳しいミーナさんだと思うんです。灯さん、いいですか?」
「詳しいというかただの物好きだと思うが。まあ、この件の決定者はトキだ。そう思うなら、呼べばいい」
「はいっ!」
トキはソファから立ち上がるなり、廊下へ駆けていった。灯の、鳩を使えばいいだろう! という声も聞こえていないようだった。
「はあ、まったく」
そうぼやく灯の声も顔も、棘は微塵もなく、むしろ楽しそうに見える。桐はやはり二人の関係性が気になり、そわそわしている。が、また余計なことを言って怒らせたくはない。
「俺とトキはどういう関係なのか、気になるが聞いてもいいものか、みたいな顔をしているな」
「!」
「お前はすぐに顔に出るようだな。それ自体は別に悪いことじゃないが、内緒話には向かなさそうだ」
桐は自分の顔を恨めしく思いながらうなだれた。すると、灯は小さく笑い、桐の隣に座り直した。
「言っただろう。顔に出ること自体は悪いことじゃない。むしろ自分の思いや感情に素直だということだ。あまり気にするな。それと、俺とトキの関係は別に隠しているものではない」
「それじゃあ」
「急に嬉しそうな顔になったな。だがお前の考えているのとは違う。俺とトキの関係は二つ。一つは上司と部下」
灯が立てた人差し指と中指を見ながら、桐は続きを促した。
「もう一つは?」
「持ち主と物だ」
「え」
「トキがツボミの頃、ただの懐中時計だったときから使っている。だから――」
「だからさっき『あたしは灯さんのもの』って」
「そういうことだ」
これで話は終わりだというように灯は立ち上がった。傍から見れば、それだけのようには思えないのだが、これ以上は突っ込むべきじゃないと、さすがに桐も学んだ。
何か他の話題を、と考えていたら、灯の方から口を開いた。
「今からトキがあいつ――課長を連れてくるが、お前絶対、どっちだ? って言うぞ」
「? それはどういう?」
「来たら分かる」
いたずらっ子のように笑う灯は、外見そのままの少年に見える。すると、タイミング良く扉が開いた。部屋の入り口にはトキと、その後ろにもう一人立っていた。
「ともるーん、ワタシを呼んだわね」
「くっつくな、呼んだのは俺じゃなくてトキだ」
「いいじゃない。お仕事でしょ」
桐とそう変わらない身長だが、高く結い上げられたポニーテールでさらに背が高く見える。女性らしい端正な顔立ちなのだが、よく見るとパーツの一つ一つは男性的。そして声はというと、中性的。
「……どっちだ?」
思わず声に出ていた言葉は、まさに灯が言ったそのままだった。桐は慌てて口を手で覆う。またやってしまったのだろうか。その人がこちらに歩いてきて、目の前で止まった。
「どっちか、なんて気にしてたらモテないわよっ。坊や」
すらりとした指で、軽くデコピンされた。痛くはなかったから、怒っていないと考えて大丈夫そうだ。
「トキちゃんから話は聞いたわ。この子がこの子と分からないようにすればいいのよね。さあ、いらっしゃい」
「お? おおおお」
腕を掴まれ、あっという間に応接室から引っぱり出されていた。なかなかに力が強い。全力のデコピンはさぞ痛いのだろう。
「よ、よろしくお願いします」
桐は大人しく従うことにした。
そして、二十分後、桐はやっと解放され応接室に帰ってきた。
「つ、疲れた……」
「あ、終わったんですね。おかえりな――ふふふっ」
戻るなり、トキに笑われてしまった。灯も肩を震わせながら、笑っている。
「あいつ、どういうコンセプトでやったんだ」
今の桐は、ダメージ加工された黒のパンツに奇抜なデザインのTシャツ、その上に黒の皮ジャケット。髪はワックスで毛先を立たせて決まっている。
「えっと、売れないバンドマンっていうテーマらしくて」
「はははっ! 売れないバンドマンか、なるほど完璧だな」
「桐さんだって全然分からないですよ!」
褒められているはずなのだが、あまり嬉しくはない。桐は微妙な顔をしながら首を傾げていた。
「桐さんの変装も出来たことですし、レストランに行きましょう!」
「ちょっと待ちなさい! トキちゃんもともるんも、制服のまま行くつもり?」
いつの間に部屋に来たのか、さっきの課長が入り口近くで仁王立ちし、通せんぼの状態になっていた。
「俺は、これでいい、から、通してくれ」
「だめよー。ほら、着替えるわよ。トキちゃんも」
二人まとめて連れて行かれてしまった。去り際に、そこで待っていろーと言われたから、桐は応接室でぽつんと待つことになった。
十五分後、売れないバンドマンの妹とその近所の子ども、というテーマの服を着た二人が帰ってきた。テーマはともかく、普通にセンスのいい洋服で、桐は自分の服装を見てもう一度首をひねった。
「さあ、今度こそ出発です!」
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