探しものは “誰” ですか ー1

 彼は、目を見張った。


 ふいに目の前に現れた『付喪神統括本部』という文字は、救世主のように思えた。希望が見えた勢いそのままに、彼は大きな扉を押し開けた。


「あの子を探してくれ!! ……お?」


 想像よりも広いエントランスに加えて、吹き抜け構造のために、彼の発した声は建物内に響き渡った。驚いて入り口を見やる人たちと目が合った彼もまた驚きの表情を浮かべていた。こんなに目立つつもりはなかった。


 ジーパンに紺色のパーカーを着た成人男性、という目立たないはずのビジュアルの彼の背中に視線がいくつも刺さる。むず痒い心地のまま受付らしきカウンターへと進む。


「えっと、その」

「ご用件は『探しもの』でございますね。管理課の者が参ります。こちらの札を持ってお待ちください」

「お、おお」


 流れるようなソプラノで話す受付嬢に渡されたのは、梅の花が刻印された木の札。ほのかにいい香りがする。札を渡した後、受付嬢はなぜかカウンターの下から鳥籠を取り出した。中には一匹の鳩。その鳩の足に細長くした紙を結んでいる。そして完全に籠が開け放たれると鳩は吹き抜けをまっすぐに上がっていく。


「あちらにお掛けになって、少々お待ちください」

 ぼう然と鳩を見上げていた彼は、そう言われてやっと待ち合い用のソファを認識し、そこに腰掛けた。大きくため息をして肩を落とす。しばらくそうしていたが、彼はぽつりと呟いた。


「……ほんとに見つけられんのか。いや、弱気はだめだ。おれは必ず、絶対、きっと」

「あのー」

「見つけてみせる!!」

「わっ!」


 気合いを込めて立ち上がったところで、すぐ近くから声がした。真横に視線を向けると、少女がびっくりしたーと呟いていた。


「驚かせてすまねえ!」

「いえいえ。大丈夫ですよ! あの、梅の札を持ってますよね?」

「おお」

「良かった。今回の相談を担当する、管理課のトキです」


 少女はそう言ってニコッと人懐っこい笑顔を浮かべた。ボタンが中央に整列したジャケットとタイトなスカート、ドアマンとエレベーターガールを掛け合わせたような制服で、ここの職員なのだろうと理解は出来るものの、十代半ばに見える外見に不安を覚えてしまう。


「今、こんなやつで大丈夫かー? って思いました?」

「え! いや、そんなこと、は……ある。すまねえ」

「付喪神を外見で判断しちゃいけませんよー! でも、確かにあたしは管理課の中でも新人です。ちゃんと上司がサポートにいますから、そこは安心してください」


 特に気分を害した様子もなく、トキは奥を指さしながら歩き出した。肩にかかるベージュの髪が歩くたびにぴょこぴょこと跳ねている。


 トキに続いて階段を上がっていく。すると、どういう仕組みなのか、白い階段を踏みしめると一段一段が、ほのかに色づいた。薄紅や琥珀、鶯色、振り返って見てみると、もう元の白色に戻っていた。


「おおん!?」

「ふふっ、面白いですよね。ここ」

 思わず立ち止まって自分の足と階段を何度も見比べる。彼が立ち止まったことに気づいたトキが振り返って声をかけてきた。


「その様子からして、本部に来るのは初めてですか?」

「初めてだ。というか、来といてあれだが、本部って何かよく分かってねえんだ……。相談に乗ってくれるって噂を聞いたくらいで」


 白を基調とした内装に、あちこちで床や壁が色づきそしてまた白に戻る光景があり、彼はきょろきょろと見渡す。


「本部の詳しい説明は、話し出すと長くなってしまうので、簡単にだけ。まず、あたしたちは付喪神です」

「おお。そう、だな……?」

 当然のことをさも重要事項のように言われ、彼は首を傾げながら頷いた。


「ヒトのような見た目をしていても、年は取りませんし、遙かに長い時を過ごします。そんなあたしたちがヒトの世に在り続けるには、色々と困り事が出てきます」

 ふむふむとトキの話を聞いていた彼の眼前に、いきなり人差し指が突き立てられた。


「そこで! 付喪神統括本部の出番なのです! 皆さんが快適に、安心して、過ごせるようにすることが、あたしたちの仕事なのです!」

「か、かっけー……!」


 階段の一番上で、精いっぱい胸を張って言い切ったトキを、彼は目を輝かせて見上げた。あどけない少女が、一気に頼もしく見えてきた。


「あたしがここに来たときに聞いた、受け売りなんですけどね。素敵だと思ったので、こうやってメモしてます!」

 ポケットから取り出した手帳の一ページ目に、先ほどの文言が書かれていた。字は若干あどけない。満足したのか、さっさと手帳を片付けて近くのドアを示した。


「ここが応接室になります。どうぞー」

 扉を開けると階段と同様、ほのかに色づき、閉じられると、また白色に戻った。扉から室内に視線を動かすと、ソファから立ち上がった赤茶の髪の少年と目が合った。


「来たか」

 よく通る落ち着いた声は、十歳ほどの幼さの残るその少年から発せられていた。トキと同じ制服を纏っている。


「子ども……」

 思わず呟きが外に出てしまった。さすがにまずいと気付き口を手で覆ったが、もう遅い。


ともるさんは子どもじゃないですよ! 灯さんはすごい人で――」

「トキ、落ち着け」

「でもっ」

「いいから。付喪神を外見で判断してはいけない。感覚的にそれが出来てないってことは、お前、開化してまだ日が浅いな?」


 投げかけられた問いに、うなだれるようにして頷いて肯定した。

 開化、とは物が百年この世に在り続け、ヒトの姿を得ること。つまり付喪神の誕生のことである。


「最初は皆そんなもんだ。なあ、トキ」

「はい……。怒鳴ったりして、すみませんでした」

 トキは、しゅんとして頭を下げた。彼は慌ててトキよりも深く頭を下げて声を張りあげた。


「いや! おれの方こそ、何度もすまねえ! ほんと気をつけるから!」

「ん? 何度も? お前もしかしてトキにも言ったのか?」

 問いかける灯の声が低く冷たくなったことにより、頭を上げて顔を見ることが出来ない。また、やってしまったようだ。


「ちょっと、灯さん! 顔怖いですよ。最初はそんなもんだって言ったばっかりじゃないですか」

「ああ、そうだな。すまん」

 灯は彼に頭を上げさせて、簡潔に謝った。トキがソファと自分たちを見比べて口を開いた。


「立ちっぱなしでしたね、こちらへどうぞ。ええっと……そういえばまだ名前を聞いてませんでした!」

「ああ、俺もまともに自己紹介してないな」


 彼の正面にトキ、その隣に灯という位置でソファに座った。改めて向き合い、若干の気まずさから一瞬沈黙が部屋に流れた。コホンと咳払いをした灯が、沈黙を追い払った。


「俺から自己紹介させてもらおう。付喪神統括本部、管理課の灯だ。物は行燈あんどん、まあ今で言うランプだな。今回はあくまでサポート、こっちがメインな」

「はい! 同じく管理課のトキです。懐中時計です。あたしは灯さんのものです!」

「え! お、そういう関係、で――」


 彼は驚いて途切れ途切れに言葉を発しながら、トキと灯を交互に見やった。トキはにこにこと笑顔だが、灯は頭を抱えて苦笑いを浮かべている。


「違う。いや、そうなんだが、そうじゃない。ややこしくなるから、今のは聞かなかったことにしてくれ。それより、お前の名前は?」

「名前……。名前はそう、きりと呼んでほしい。開化したばっかで、今初めて名乗ったから、その、こっ恥ずかしいもんだな。名前って。あ、物は机だ」


「よろしくお願いします、桐さん。では、相談に入りますね。内容は探しもの、でしたよね?」

「おお! おれ、どうしても会いたい女の子がいるんだ! 自分で探してみたんだけど、どうにもならなくて……」

 最初は勢いの良かった言葉も減速していき、桐が力なく肩を落とした。


「その方とはどこで会ったんですか?」

「おれ、レストランに置かれた机なんだ。シェフが一人でやってる創作イタリアンのレストラン。あの子はおれより少し遅れて店に来た椅子で、一緒にいるうちに、その、好きになって、だから告白したくて」


 平然を装っているが耳と頬が赤くなっている様子を見て、灯はニヤリと笑ってみせた。


「ほう、想い人を探したいというわけか」

「素敵ですね! どんな方なんですか?」


 トキが前のめりになって、聞いてきた。桐は、その椅子の彼女のことを思い浮かべながら言葉一つ一つを噛みしめるように答えた。


「彼女は可憐で、上品で、おしとやかで、優しくて、大和撫子のような子なんだ。……きっと」

「きっと?」

「おお、話したことないからな」

「は?」

「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る