エピローグ
―――
「それでお……お姉さんは篤さんとお付き合いを……?」
千尋ちゃんの声に意識を戻す。いけない、いけない。昔話をしている内に感傷に浸ってたみたい。
私はコホンと咳払いすると、居ずまいを正した。
「卒業するまでは普通に今まで通り親友という付き合い方だったわ。キスもまだだったし。デートは遠い所でこっそりしてたけど、端から見たら男の子同士で遊んでただけに見えてたでしょうね。」
「へぇー……」
「もちろん学校のみんなには内緒。紗緒里には知る権利があるからちゃんと報告した。喜んでくれたけど、やっぱり胸が痛んだわね。」
「紗緒里さん……辛かったでしょうね。」
千尋ちゃんが悲しい顔で呟く。きっと自分が傷つけてしまった人の事を考えているのだろう。(千尋ちゃんと弟の拓也については千尋ちゃんに聞いて知ってるのだ。)
「そうねぇ。でも紗緒里はどこまでも格好良かったわ。大学在学中にロンドンに留学してそこでイケメンを捕まえて帰国。その一年後に学生同士で結婚して、今じゃ二児の母よ。」
「す、凄い……」
「その行動力。見習いたいわ。」
ため息をつくとふと隣から視線を感じて顔を向ける。モジモジしながら千尋ちゃんが口を開いた。
「聞きたい事があるんですけど……」
「なぁに?」
「怒らないで下さいね?」
「やだ、私が千尋ちゃんを怒ると思うの?そんな事しないわ。可愛くて大事な妹に。」
私の言葉に若干ひきつった笑顔を浮かべた千尋ちゃんは、深呼吸して言った。
「どうして女の人の格好をするようになったんですか……?」
「何だ、そんな事?う~ん…どこから話そうか……」
顎に手を当てながら頭を回転させる。
「高校の時にね、思ったんだけど。いくら私達が好き合ってて恋人同士だって思ってても、世間はそう見てくれないじゃない?自分達はデートのつもりでもそうじゃないって思われてるのが悲しくなっちゃって。最初はそんな事気にしないって強がってたけど、やっぱり誰かに認めて欲しいじゃない。私達はお互いの事が大好きで一緒にいるだけで幸せですって伝えたくなったの。」
「わかります。その気持ち。」
千尋ちゃんがうんうん頷いてる。思い当たる節があるみたい。ふふっ…可愛い♪
「篤は反対したの。女装なんてしなくても亜希は亜希だって。俺は誰に認められなくてもいいって。そのままのお前でいてくれって。でも私が面白半分で化粧したのを見た瞬間、ころっと態度を変えたの。笑っちゃうでしょ。」
苦笑いをすると千尋ちゃんも苦笑する。
「今もそうなんだけど、私そんなに女っぽい服着てる訳じゃないじゃない?あんまり派手な服は着ないっていうのが篤が出した唯一の条件なの。」
「確かにいつもお姉さんはシックなものばかりですもんね。」
上から下まで眺めてそう判断する。私は自分の顔を指差した。
「化粧もナチュラル。元々私も厚化粧は苦手だし何より篤が嫌いなの。」
「ふんふん。先生も濃いメイクよりナチュラルな方が好きそうですね。」
「何言ってんの!千尋ちゃんはスッピンの方がいいに決まってるでしょ!」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
私の勢いにタジタジな千尋ちゃんを無視して、一番大事な事を言う。
「そしてこれが一番大事な事なんだけど、一切整形なし。顔も体も。」
「そうなんですね。それはやっぱり篤さんから何かお言葉があったんですか?」
「そう。そのままの私がいいって言ってくれたからよ。」
「素敵ですね。」
胸の前で手を組む千尋ちゃんが愛しくてその頭を撫でる。
そうする事で自分の胸が温かくなるのを感じていた。
今まであまり人に言ってこなかった事を嘘偽りなく話せた事。
誰にも理解されないだろうと勝手に決めつけて、心の中に沈めていた真実を吐露してしまった事。
私は誰かに言いたかったのだ。わかって欲しかったのだ。
「今じゃLGBTという言葉がマスコミとかを通じて知られているけど、十年以上昔なんて理解してない人の方が圧倒的に多かっただろうし、私達の場合はたまたま好きになった人が同姓だったというだけの話だしね。こういう選択をしないと世の中生きてこられなかったのも事実。」
「お姉さん?」
「でも私は……私達は後悔はしてない。だってこうしてわかってくれる大切な人ができたしね。」
ウインクすると千尋ちゃんは顔を赤くした。
「あ、電話。ちょっとごめんね。」
その時電話がかかってきた。千尋ちゃんに一言断って出る。
「あ、篤?」
『よう。今どこ?』
「拓也の家。篤は?もう仕事終わったの?」
『さっき終わった。拓也君の家にいるのか。拓也君はいる?』
「ううん、いない。ちょっと出かけてる。」
『そっか。久しぶりに会えると思ってたけど残念だな。じゃあそっちに迎えに行くよ。15分くらいで着くと思うから待ってて。』
「わかった。ねぇ、今日はどこに行くの?俺はあそこの店行きたいんだ。ほらこの間雑誌に載ってた……」
『あぁ、あそこな。いいよ。』
「やった!じゃあ待ってるね。」
ピッ!と電話を切る。ふと顔を上げると千尋ちゃんが口を開けてこっちを見ていた。
「どうしたの?」
「い、今『俺』って言ってましたよ?」
「あら、言ってた?」
「はい。バッチリ聞きました。」
「篤の前では出ちゃうみたい。第三者がいる前では気をつけてるんだけど。あ、千尋ちゃんだから油断したのかな?」
「いや、そんな……」
「女言葉も元々は他人に悟られないようにする為のカモフラージュだからね。」
暗に真性のオネェではない事を告げると、『なるほど。』と一言呟いた。
しばらく他愛のない話をしていると外から車の停まる音がした。私は急いで顔を上げる。
「来た!じゃあ千尋ちゃん、悪いけど私行くね。拓也によろしく。」
「あ、はい。」
「今度正式に篤を紹介するから。またね。」
「わかりました。お気をつけて。」
笑顔で手を振れば同じく笑顔で振り返してくれる。
私はまた胸が熱くなって千尋ちゃんを抱きしめた。
「え?ちょ…っと!お姉さん?」
「ありがと。行ってきます。」
耳元で囁くと顔を真っ赤にしながら『行ってらっしゃい』と呟いた。
そして今度こそ玄関を開けて愛しい彼の元へと向かった。
そこには昔と変わらず優しい笑みを湛えている篤がいた。
「ふふっ♪」
「な、何だよ……」
「何でもなーい。」
不敵な笑みを浮かべている私をちょっと引いた目で見る篤。構わずに助手席に乗り込むと不信がりながらも運転席に落ち着いた。
「ねぇ、篤。」
「ん?」
「今度紹介したい人がいるの。」
「紹介したい人?」
「うん。拓也もいる時にね。」
「ふーん。わかった。」
「楽しみにしといてね。」
満面の笑顔を見せると、篤はちょっとビックリした顔をした。
「何?」
「いや。お前のそういう顔、久しぶりに見たなぁと思って。」
「そういう顔?」
「高校の頃のまだ純粋だった時の顔。」
篤の言葉にちょっとムッとする。
「何それ……」
「悪気はねぇよ。今のお前も十分魅力的だから。」
「なっ……!」
みるみる顔が熱くなる。爆発しそう……
「は、早く車出して!」
「ハイハイ。」
照れ隠しで顔を背けるもニヤニヤしてる篤の顔が目に浮かぶ。く、悔しい……
(どれもこれも全部千尋ちゃんのせいだ!)
そもそもの発端は千尋ちゃんが私と篤の馴れ初めを聞きたがったから、昔の事を思い出してこんな風になったんだと八つ当たりしてみたりする。
でも……
両親、そして弟の拓也にさえも話した事のない話をしてしまうとは。
それに女装や篤と付き合う事を容認はしてくれてるだろうが、本当の意味で理解してるとは思っていない。拓也でさえそうなのだから。
でもあの娘はわかってくれた。受け入れてくれた。
たった一人だけどそれが心底嬉しかった。
私は未来の妹になるかも知れない千尋ちゃんの可愛い笑顔を思い出していた……
『初恋物語 完』
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