番外編 LOVE LETTER
遠距離恋愛スタート
―――
「えぇぇぇぇぇぇ!?四月から転勤になったあぁぁぁ?」
「千尋……声大きいですよ。もっと静かに……」
ここはとあるレストラン。私は拓也さんと二人で食事に来ていた。先生と生徒という間柄じゃなくなった私達は、お互い名前で呼び合っているのである。
あ、ご挨拶が遅れました。私、風見千尋は一年前に高校を卒業して今は大学生してます。
子どもの頃からの夢だった保育士を目指す為、幼児教育科で日々勉強している。
まぁ講義は難しくて大変だけど、四月から二年生になるから今から楽しみ。だって教育実習があるんだもん。
……って私の事はこの際どうでもいい!問題は拓也さんだ!
私は目の前の相手を思いっ切り睨みつけた。
「そんな怖い顔で見ないで下さいよ。仕方ないじゃないですか。校長の命令なんですから。」
「あのハゲ校長か……もう一回ヤキ入れたろか!」
「止めて下さいよ、もう。」
拓也さんがため息混じりに言う。それを見て若干冷静になった私は食後のコーヒーを一口飲んだ。
今日は久しぶりのデートだから張り切ってお洒落したのに、四月から別の高校に転勤するっていう話を聞かされて気分は落ち込む。しかもその転勤先の高校は同じ県内だけどここから結構離れている場所にあるのだ。つまり……
「遠距離恋愛になるって事じゃん!うぅ~~~~……」
しばらく唸ってみるが現実は変わらない。
でも!付き合って一年。三年間染みついた『先生と生徒』という呪縛?がやっと取れてきてカレカノとしてこれからっていう時に……
「ち、千尋……?」
「わかった。しょうがないよね、うん。でも月4回会いに来るのと、毎日電話するのだけは約束してね。」
「月4回……ですか?」
「何かまずい事でも?」
「いや……ただお金の問題が出てきますし、4回はちょっと…」
「じゃあ、私が行く!月2回くらいなら大丈夫だよ。バイト代やりくりすれば。押しかけ女房っていうの?やりたかったんだぁ。ね?いいでしょ?」
「ダメです!千尋は大学あるしバイトだって土日ですよね。そんな時間ないでしょう。僕が時間ある時来ますから。月4回は流石に無理だけど……」
「えーーー?」
「『えーーー?』じゃありません。」
「やっぱり先生は先生ですね。淋しい……です。」
アイスコーヒーの氷がカランと音を立てて崩れた。
「一ついいですか?」
「何ですか?」
「どうして校長が拓也さんに転勤を命令するの?普通先生達の転勤って教育委員会から辞令?が出るんじゃないの?」
「あぁ。実は本当は別の先生が行くはずだったんですが、都合が悪くなってその役目が僕に。僕だって千尋と離れるのは嫌だけど僕まで断ったら……って思ったら頷くしかなくて。」
「ちなみにその先生って藤堂先生じゃないよね?」
「え?あ、違いますよ。藤堂先生ではないです。」
私は脳裏に藤堂先生のあの能天気な顔を思い浮かべながらホッと胸を撫で下ろした。
「なぁんだ、良かった。親友の大事な旦那さんを半殺しにしたくはないもんね。」
「……千尋…」
何故か怯えた表情でこっちを見てくる拓也さん。そんな彼を見つめながらもう一度コーヒーを飲んだ。
カランと今度は拓也さんのグラスが音を立てる。その時先生が息を飲んだ。私はパッと顔を上げる。
「拓也さん?」
「明後日……出発するんです。」
「あさ…って……?」
突然の言葉に声が掠れた。
出発って引っ越しって事?何でそんな大事な事、急に言うの?もっと早く言ってよ……
そう思いながら目に涙を溜めていたら拓也さんが小さく頷いた。
「はい……」
「……そう」
「向こうのアパートに着いたらすぐに電話します。手紙も書きます。だからっ……!」
「もう……いいよ。」
テーブルに手をついて立ち上がる。その反動でコーヒーが少し溢れたけど、目もくれず店を飛び出した。
「千尋!」
後ろから呼ぶ声に振り向きもせずに走った。振り向いてしまうと泣いてしまいそうだったから。
込み上げてくる涙を必死に抑えながら走った。私はそんな自分を少し褒めてやった……
―――
二日後――
私はどんよりした気持ちで今日を迎えた。そんな私の気持ちが通じているのか窓から見えた空は曇っていて、今にも大粒の涙を流しそうだ。
「雨……降ればいいなぁ。」
窓を開けてそう呟いた時、郵便屋さんがポストに手紙を入れているのが見えた。私はその手紙の事が妙に気になって急いで下に下りてポストの中を覗く。
「あ……」
手紙は2、3枚入っていて、その中に私宛のが1枚あった。
私は他の2枚はまたポストの中に戻して(お母さんごめん)、その1枚だけ持って自分の部屋に戻る。
「拓也さんからだ!……えーっと何、何?『予定通り出発します。何も言わなかった事は謝ります。でも本当に急に決まった事で、僕も色々と忙しくて千尋に言うのが遅くなってしまいました。それに言ってしまったら決心が鈍りそうで……全て準備を整えて行かざるを得ない状況に自分を追い込めてでもしないと、僕は動く事が出来なかった。情けない男だと思われても仕方ないですね。実際そうなんですから。時間が空いたら必ず会いに行く。毎日電話もします。手紙も書きます。だから千尋も答えて下さい。高崎。』……そんな事言われたって許してやんないもん!っていうか、今時手紙って……」
思いっ切り手紙を床に叩きつける。
「バカ……私の気持ちも考えろ!」
物も言わないただの紙切れに文句を言う事しか出来ない。そんな自分に呆れながらもう一度空を見上げた。
いつの間に降っていたのか外はすっかり土砂降りになっていて、ますます気分が落ち込んだ……
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます