懐かしい初対面


―――


 拓也さんが新しい学校に行ってから一週間。もう既に寂しくて死にそう……

 手紙も電話もまだないし、もう出勤しているらしいからこっちから連絡するのも躊躇してしまう。それにあんな別れ方したし。


「はぁ~……」

「そこ!これ見よがしに溜め息つかない!講義中ですよ!」

「え?……あ、私ですか?」

「他に誰がいるの?皆が真面目に講義受けてる中、貴女だけが最初から集中してなかったわよ。」

「す、すみません……」


 うわ~……そういえば今講義中だった……この教授、怒らせたら色々めんどくさいって評判なんだよね。どうしよう……


「この問題に答えられたら許してあげるわ。『0歳のうちに確かめておかなければいけない事とは何でしょう?』」

「えぇっ?確かめておかなければいけない事?……えっと……」

 いきなり難問吹っ掛けてきた。まだ習ってないやつじゃん。慌ててテキストを捲ってみたけどそれらしい事は載っていなかった。

「わかりま……って、ん?」

 諦めて降参しようとしたら隣からすっとノートが差し出される。そこには問題の答えらしい文章が書いてあった。


「ま、まずは耳が聞こえるかどうか。目が見えるかどうか。生後3ヶ月まで首が座ったかどうか。寝返りは右と左、両方出来るか。……です。」

「せ、正解です。まぁ、それにプラスで手で物を掴む事が出来るかや、人見知りの有無なども必要ですね。それではテキストに戻ります。今度はちゃんと聞いておくように。」

「はい……」

 許してもらえた事にホッとした私は、椅子に腰を下ろした。そしてノートを隣に戻しながら言った。


「あの……助けてくれてありがとうございました。」

「いや、困っている人を助けるのは当然の事です。」

 紳士的な対応に感心しながらその人の顔を見た。……あれ?どこかで見た事あるんだけど。う~~ん……誰だっけ?思い出せない。まぁ、いっか。


 それにしてもこの人、拓也さんに似てるなぁ。懐かしい感じ。ずっと見ていられる。


「何?」

 その時、突然その人がこっちを向く。

「え?わ、私何かしました?」

「いや、俺の事ずっと見てたから。顔に何かついてる?」

「いえ、ただ……」

「ただ?」

「好きな人にちょっと似てて……見とれてました。ははは……すみません。」

「好きな人、か。俺で良かったらいつでも見ていいよ。女の子に見られんのってそんなにないからさ。」

「そんな……結構見られてますよ。」

 後ろにいた女子達が目をハートにしてその人を見ているのを横目で確認しながらそう言う。それに対してその人は特に何も言わずに前を向いた。


「あ、すみません……怒っちゃいました?」

「ん?そんな事ないよ。ちゃんと真面目に聞かないとまた怒られると思ってね。」

「あ、そっか。」

 慌てて私も前を見る。でもやっぱり気になってそっと盗み見た。


 ん?……あれ?やっぱりこの顔知ってる。


「あ、あ、あぁぁぁぁ!?」

「また貴女ですか!」

「すみません……でも……」

「言い訳は無用!さ、今度はこの問題よ。言っとくけど超難問っ……」


 ピンポーンパンポーン


 その時ちょうどよくチャイムが鳴る。教授は一瞬悔しそうに顔をしかめたけど、気を取り直すように肩を上下させた。

「貴女運がいいわね。じゃ今日はこれで終わります。」

 意地悪く笑いながら教室を出て行く。私はホッと胸を撫で下ろした。


「助かった……あ、ところで貴方はもしや……同じテニスサークルの竹下先輩では?」

「やっと思い出してくれたね。」

「す、すみません……最近来てらっしゃらなかったので……」

「あぁ。ちょっと忙しくてね。」

「あの、先輩。」

「遥でいいよ。」

「え?」

「下の名前でいいよ。」

「あ、じゃあ遥さん。どうしてここに?3年生は違う教室のはずじゃ……」

「たまに2年生の講義も受けてみたくてね。復習がてらに。」

「あ……そうでしたか……」

 何だかちょっと変わってる人だなぁ。でもこの人と話してると懐かしく感じる。

 拓也さんに似てるからかな?それとも……


「千尋ちゃん、だっけ?」

「あ、はい。」

「今日の講義はこれで終わりだからちょっと飯でも食いに行かない?奢るからさ。」

「え、いいんですか?」

「もちろん。」

「わぁー!ありがとうございます。」

 手を叩いて大喜びする反面、心の中では拓也さんの事を考えていた。



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