初めての喧嘩
―――
――翌朝 AM8時
勝利はいつも起きる時間が過ぎているのに爆睡していた。(というか始業時間は8時半なのでどっちみち遅刻)
ピピピピッ!ピピピピッ!
目覚ましがなってもびくともしない。
『かっちゃん、起きて……』
不意に桜の声が耳元に響く。
「桜!」
がばっと起きあがる。しかし周りを見回しても誰の姿もない。ただ散らかっている部屋だけが目に入った。
「…桜……」
普段の勝利からは想像もできない程弱々しく桜の名前を呼び、頭を抱えて布団の中に蹲った。
――同じ頃 千尋の家
「こら!かっちゃん起きろ~。また遅刻するぞー!」
「煩いな~何よ?朝っぱらから……」
「グーグー…ムニャムニャ……」
「何だ、寝言か……」
桜の妙な寝言にビックリして起きた千尋は、二度寝しようとしてふと枕元に視線をやる。時計の針は8時を指していた。
「ひゃ~~~!ヤバいヤバい。学校遅れる!あ、桜!桜も会社遅れる!あーもう!昨日の人生ゲームのせいだぁ~!!」
「…なに~?千尋、うるさいよー」
「あ、桜!大変だよ!8時過ぎてる!」
「え!?やっばーい!家に戻ってる暇ないし…いいや!このまま会社行く!」
「私も学校行くね?」
「あ、待って!途中まで一緒に行こ?」
そんなこんなで慌ただしく千尋の家を出て、それぞれの場所へ向かった。ちなみに千尋は猛勉強の末、無事に幼児教育科のある短大に合格してもうすぐ二年生。
(そう言えばかっちゃん、ちゃんと起きたかな…心配……)
ふとかっちゃんの事を思い出して、千尋に気づかれないようにため息を吐いた。
――会社 AM9時
「30分の遅刻……どうしよう、遅刻なんて初めて……」
入り口付近でうろうろしていると、誰かが後ろから私の肩を叩く。
「よう!重役出勤だな。」
「あ…安藤君!」
後ろに安藤君が立っていて、隣には玲子さんがいた。
「玲子さん…おはようございます……」
「おはよう、桜ちゃん。」
私はどことなくギクシャクしているのに、玲子さんはいつも通りの笑顔を見せてくれる。
「あ、そうだ!あの、安藤君。聞きたい事あるんだけど……」
「何?」
「あのさ…私、一昨日安藤君と喫茶店行ったでしょ?それでオレンジジュース飲んだとこまでは覚えてるんだけど、その後全然記憶ないんだよね。教えてくれないかな?あの時私、本当に寝てただけ?」
「残念だなぁ~…覚えてないなんて。」
「え?」
「本当に何も覚えてないの?参ったな~」
「どういう意味?」
「さぁ?どういう意味かは家に帰ってみればわかるよ。」
「……?」
頭にハテナが飛ぶけどちょうど部長が安藤君を呼ぶ声がする。安藤君は何やら意味ありげに微笑んで行ってしまった。
(仕事終わったら早く帰ろ……)
――藤堂家 PM6時
(かっちゃん、まだ帰ってないよね。)
私は玄関前で自分に確認するように言った。そしてカバンから鍵を取り出して鍵穴に差し込む。
「あ…あれ?開かない……」
鍵をかけてしまったみたいだ。という事はかっちゃんがいるって事?珍しい…普段は部活の顧問やってるから7時過ぎないと帰ってこないのに。
気を取り直してもう一度鍵を差し込もうとした時、ドアが開いた。
「おう……」
「あ…ただいま。」
「話がある。入れ。」
かっちゃんはぶっきらぼうに言うと、一人先に中に入っていく。私は慌てて後に続いた。
「これ…何だ?」
かっちゃんが私の前に出してきた物は、ファックスで送られてきた紙だった。
「何って言われても……」
「いいから読んでみろ。」
「…わかった。えーっと…『桜さんの同僚の安藤竜也といいます。突然のファックス失礼します。一昨日の件なのですが、電話では新入社員の皆との飲み会だと話しましたが本当は二人で会っていました。嘘をついて申し訳ありませんでした。それと桜さんが朝帰りしたのは俺のせいなんです。旦那さんには悪い事をしたと反省して謝りたくてファックスしました。本当なら直接話をするべきなのでしょうが……本当にすみませんでした。どうか桜さんを責めないで下さい。安藤』……って何これぇ!?」
「どういう事か説明してくれないか。」
「説明も何も私全然覚えてないし…あ!」
そう言えば朝、会社で……
『どういう意味かは家に帰ってみればわかるよ。』
あれってこの事だったのか…
「何か思い出したのか?」
「ううん、何も…あ、そう言えば、かっちゃんどうしてこんなに早いの?」
「学校サボった。」
「へぇ~学校サボっ……ってえぇぇぇ~!」
「…お前が起こしてくれねぇからさ、寝坊して結局行かなかったんだよ。」
「か、仮にも教師が女房が起こしてくれなかったから学校休みますってどんだけよ……」
「校長には風邪で熱出してっていう定番の言い訳しといた。というか、お前のせいだからな。」
「だって私だって寝坊して千尋の家から直接出勤したんだから起こせなかったのはしょうがないでしょ?」
「普通は戻ってくるだろうが。」
「時間がなかったんだもん……」
「言い訳だな。」
「何よ!いつもいつも私に甘えてばっかりで、たまには一人で起きるくらいできるでしょ。部屋だってこんなに散らかして…どうせだったら玲子さんに全部してもらえばいいのよ!」
「何でそこで安藤さんが出てくるんだよ。」
「私知ってるんだから。一昨日の夜、二人でここにいたでしょ。何してたのよ!」
「何って…ちょっと相手してもらっただけで……」
「相手って何の相手?」
「だから酒の相手……」
「ふぅ~ん…それだけ?」
「それよりお前の話だよ。この安藤竜也っていう奴と一晩中一緒にいたんだろ?認めろよ。」
「な、何言うのよ。私は何も覚えてないんだよ?それに朝起きた時には安藤君いなかったし……」
「どうだかな。俺に知られたくなくて記憶がないなんて嘘ついてんだろ?正直に言えよ。」
「自分の事棚に上げといてよく言うわよ!私は何もしてない。例え記憶がなくたって私は自分の潔白を信じてるもん!」
「じゃあ、あのファックスは何だよ?」
「それは……」
「正直に言えよ。俺は別に怒ってる訳じゃねぇんだ。な?」
「ひどい……私より安藤君の方を信じるの?」
(あ、ヤバい…涙出てきそう……)
知らず知らずの内に両手を握り締めていた。
さっきからのかっちゃんの言葉が私の心に突き刺さる。
「いや…だからな。俺はただっ……」
「もうあったまにきた!私、実家に帰らせて頂きます!!」
私は涙を浮かべながら怒鳴ると、勢いよく外に飛び出した。
かっちゃんが後を追いかけてきてくれると半分期待して……
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