離れゆく二人の距離
―――
――翌日の朝 AM6時
私は前の日の記憶がないまま、家に帰ってきた。
ちなみに起きたのがついさっきで、場所は昨日安藤君と一緒に行った喫茶店。中々起きない私を親切な店長さんが休憩室のソファーで寝かせてくれていて、そこには安藤君の姿はなかった。
でもメモが置いてあってそこには、『君が酔っ払って起きないので店長に頼んで寝かせてもらった。あ、店長とは大学の頃の同期だから迷惑とかそういう事は心配しなくてもいいからな。また一緒に飲もうぜ。安藤竜也』と書かれていた。
「すみません…あの私、何か迷惑かけてませんでしたか?寝た以外で……」
「あはは、大丈夫だよ。そんな心配しなくて。どうせ安藤の奴が調子良く誘ったんだろ?それなのに起きないからって言って置いていくあいつが悪い。」
ちょうど休憩室に入ってきた店長に尋ねると、明るく返してくれる。怒っていない事に一安心する。
「それより大丈夫?」
「え?」
「早く家に帰らないといけないんじゃない?君、結婚してるんでしょ?」
「え!あっ……」
口に手を当てて立ち上がる。途端、頭痛がして顔が歪むがそんな事気にしてる場合じゃない!
(ヤバい…かっちゃん!)
「あの、帰ります!ありがとうございました。この埋め合わせは必ず!」
「いいよ、いいよ。また来てよ。それでチャラね。」
「はい!お世話になりました!」
カバンを肩にかけると店長に頭を下げて店を出た。
「ただいまぁ……」
さっきより酷くなった頭痛がする中、そうっと玄関の鍵を開けて中に入る。
ダイニングに入るとテーブルの上と下にビールの缶と焼酎のビンが転がっていて、アルコールの臭いが充満していた。そしてテーブルにはかっちゃんが突っ伏して寝ていた。
「もう…またこんなに飲んで。仕方ないなぁ……」
まだ寝ている事にちょっとホッとしながら、よっこらせっとしゃがんで缶とビンを拾って捨てる。
全部捨て終わると私はかっちゃんの元に行った。
「かっちゃん!かっちゃん起きて!今日は休日出勤なんでしょ?早く起きないと遅刻するよ?」
「う~~ん…あ、桜!お前いつの間にっ……って痛ってー!大声出すな、バカ!頭に響く……」
「誰がバカよ。大声出してんのはかっちゃんの方でしょ?…って痛ぁ~~!」
二人共頭を押さえてしゃがみ込む。そしてお互い顔を見合わせて笑った。
「ところで、お前いつ帰ってきたんだ?」
「え?い、いつって…今だけど……」
「今ぁぁ?…いててて……今って今ってどういう事だ?あの男と一晩中一緒だったのか!?」
「はぁ?何その言い方……安藤君はそりゃ軽いナンパ野郎だけど、そういう事はしないの!大体昨日は……」
「…安藤?」
「え、何?」
「い、いや、別に……それより男を何でもかんでも良い人だって思ってると痛い目見るぞ。」
「何よ、それ…じゃあかっちゃんは良い人じゃないの?悪い人なの?」
私は勢いが止まらなくてつい言ってしまった。だってかっちゃんってば怒るばかりで全然話聞いてくれないし、何だか最初から私の事信じてないような感じなんだもん……
チラッとかっちゃんを見る。すると急に私の手を引いて寝室のベッドに連れ込み、押し倒したのだ!
「朝帰りの桜ちゃんに男の恐さを教えてやるか。」
「いや!やめて、離して!何で…?かっちゃんはこんな事しないって信じてたのに……」
小柄な私がどんなに暴れても、体格のいいかっちゃんには全然敵わない。どうしよう……
「男はみんなこういう生き物なんだよ!」
「いやーーーー!!」
私は力の限り叫んで思いっ切り突き飛ばした。
「早く学校行って!遅刻するよ……」
かっちゃんから視線を逸らし、小刻みに震える体を抱き締めた。
「桜…俺……」
「お願い!早く行って!」
「…わかった。」
かっちゃんは急いで準備をして、最後に一瞬こちらを見てから出て行った。
「…ビックリした……」
腰が抜けたのか中々ベッドから立てない。いまだに震えている体を持て余していると、ふと視線の先に何か紙のカードみたいな物が映った。
「名刺……?」
這うようにしてベッドから下りると、寝室のドアの近くに名刺が落ちていた。手に取って見る。
「安藤…玲子……?玲子さん、うち来たんだ……」
私はそれ以上何も言えなかった……
――千尋の家 AM10時
私はあの後すぐ千尋の家に行った。(今日が休みで良かった。お互い……)
今、昨日の事も含めて全部話したところです。
「藤堂先生がそんな事するなんて…ショックだったでしょ?桜……」
「うん…ショックっていうか、何というか……」
「それでその玲子さんはどうして家に行ったのかな?」
「わかんない……かっちゃんと知り合いなのかな?でもそしたら名刺なんか渡さないよね……」
思わず考え込んでしまった私に、千尋が優しく話しかける。
「大丈夫だって!そんな落ち込む事なんてないって。先生信じよう?ね!」
「うん。あ、でも今晩泊めてね。」
「え?何で…今信じるって言ったばっかりなのに……」
「いや、だってさ…やっぱ気まずいし。メモも残してきたし……ね?いいでしょ?」
「しょうがないな……いいよ!」
「ありがとう!千尋大好き!」
そんな訳で私は千尋の家に泊まる事にした。
――藤堂家 PM7時半
「あ~つっかれたぁ。おーい!桜?飯できてるか?飯。腹減った~」
勝利はそう言いながら中に入る。するとダイニングのテーブルの上にメモと名刺が置いてあるのを見つけた。
「何だ、これ?えー…『今日は千尋の家に泊まります。心配しないで下さい。夕食は冷蔵庫にあるからね。あ、それと玲子さんと知り合いだったんだね。知らなかったです。それでは行ってきます。桜。』」
勝利は読み終わると頭を抱えた。
「…やっべぇ~。朝の事すっかり忘れてたよ…あ~傷ついてるかな……あんな事するつもりなかったんだけど、ついカッとして……」
力なく椅子に凭れかかる。しばらくそうして考え込んでいたが、腹がグーッと鳴ったので大人しく冷蔵庫の中の物を食べ始めた。
「考えても仕方ない。明日帰ってくるだろうから、早く寝よ。」
食べ終わった皿を洗うと、そそくさと寝室へと消えていった。
「…桜。早く帰ってこいよな……」
そう、寝言のように呟いた。
――その頃 千尋の家
私は千尋と何故か人生ゲームをしていた(笑)
「あ…!子ども産まれちゃった。しかも双子……」
「え~~?私またお金払わなきゃいけないの?…まったく桜ってば5人も子ども作っちゃってさ……」
「まぁまぁ、堅い事言わずにほら早く!」
「はーい……」
「よっしゃ!これで家買える。」
ガッツポーズをする私を笑いながら見ていた千尋だったが、急に真面目な顔で言った。
「ねぇ、桜?無理してない?」
「え?何で?無理なんかしてないよ。」
「だってさ……」
「これ、私とかっちゃんみたいだよね。子だくさんって感じで。かっちゃん子ども好きだからいっぱい欲しいって言ってるし。」
「桜……」
「そう言えば、近々かっちゃんが家買おうって言ってた。」
「桜!…不安なんでしょ?ホントは。」
「千尋……」
「さっきはごめんね。無責任に『大丈夫』なんて言って……ホントは大丈夫じゃないよね。私で良かったら相談乗るから頼って。ね?」
「千尋……!」
その後、私は胸の奥に秘めていたものを全部千尋に話した。
安藤君とは何もなかったのに信じてもらえなかった時の虚無感とか、玲子さんと家で二人で何をしてたのかと疑ってしまった罪悪感とか、その他諸々を全部吐き出した……
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