策略にハマる


―――


――会社の玄関前


「ここで桜を待ち伏せだ。姉貴も協力してくれよな。」

「嫌よ、私は……。桜ちゃん裏切るなんてできないよ。」

「大丈夫だって。今から桜の家行ってそのダーリンに名刺でも渡して、『桜ちゃんの上司です。』って挨拶するだけでいいから。」

「本当にそれだけでいいの?」

「もちろん!俺だって桜と姉貴の仲を裂きたくはないからさ。」

「わかった…。行ってくるけど、あくまでも紳士的にね。桜ちゃん泣かせたら承知しないわよ!無理矢理襲うなんて言語道断!」

「姉貴……顔こえーよ……」

「わかった?」

「はいはい。」

「じゃあ……」

 しぶしぶ玲子は藤堂家へと向かった。

 一方竜也は桜の帰りを今か今かと待ち続けていた。

 約十分後……


「あれ?安藤君。どうしたの?先帰ったんじゃなかったの?」

「あ…いや、ちょっと桜に用事があって。」

「私に?」

「そう。あ、ちょっと店入らない?俺いいとこ知ってんだ。行こーぜ!」

「え?でもかっちゃんが……」

「俺、電話してやるよ。番号は?」

 強引に話を進める安藤君に戸惑いながらも、自分のスマホを出してかっちゃんの番号を教える。すると鼻歌を歌いながら電話し始めた。

(まだ行くって言ってないのになぁ~。でも用事あるって言ってたし、少しくらいならいっか。)

 仕方なく事の成り行きを見守る事にした。



 一方勝利は早く帰ってきて桜の帰りをイライラしながら待っていた。

「たくっ!あいつは何やってんだ。『明日は美味しい料理作るから早く帰ってきて♪』って自分で言ったくせに!」←昨日の夜言った


 一人言を言ってソファーのクッションに拳を叩きつけた時、スマホが鳴った。

「誰だ?知らない番号……はい、もしもし?」

『あ、藤堂さんですか?俺、桜さんの同僚の者ですけど……』

「桜の同僚?」

『はい。安藤竜也と申します。いつも桜さんにはお世話になって。桜さん可愛いから皆の癒し系なんすよ。』

「はぁ……」

 何だかいやに軽い男だな、と若干気分を悪くしながら逆に問い返す。


「で?用件は?」

『あ、はい。それなんですが、今日これから新入社員の皆で飲み会がありまして。急に決まったんですよ。』

「飲み会?本当なのか?」

『え…?あ、嫌だなぁ。旦那さんヤキモチですかぁ?』

「お…俺は別に!そんな…ヤキモチだなんて…そんな…」

『心配しないで下さい。俺だけじゃないっすから。』

「心配するなと言われてもな……。あ、桜に代わってくれよ。直接話が聞きたい。」

『…わかりました。桜、お前に代われって。』

 安藤から桜に代わるまでのほんの数秒の間、イライラのし過ぎで貧乏ゆすりが止まらない。


『もしもし?かっちゃん?ごめんね、急に。』

「それより本当なのか?飲み会って……」

『え!?あ…あの実は…ブツッ!…ツー…ツー…ツー…』

「あれ?お、おい桜?もしもし?もしもし?……何だよ、急に切りやがって……」

 突然切れた通話にイライラが沸点に達した勝利は、スマホを勢いよくソファーの背もたれに投げる。『ポフッ』と変な音を立ててそれはクッションの陰に潜った。


「桜の奴…人が心配してんのに……」

 椅子に腰かけて呟いた時、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい。どちら様ですか?」

 ドアを開けると、そこには綺麗な女の人が立っていた。

「あの…藤堂勝利さん、ですよね?」

「え…えぇ、そうですけど。」

「私、桜ちゃんの会社の者で安藤と申しますが、桜ちゃんいますか?」

「あ、桜の上司さんですか。まだ帰ってきてないんですが、上がっていきます?」

「あ…いえ、お構いなく…」

「そんな事言わずに、さぁ!」

「じゃ…じゃあちょっとだけ……」

 玲子は勝利に言われて部屋に上がる。


「安藤さん、でしたっけ?ちょっとこっちに来て頂けませんか?」

「え?」

 呼ばれて入った所はダイニングキッチンで、奥の部屋からはダブルベッドがこれ見よがしに見えている。


「え"?あ…私ちょっとそんな気は……」

「安藤さん……ちょっと相手してくれませんか?」

「え…えぇーーー!!」



 その頃、私は安藤君と喫茶店にいた。

「話って何?」

「いや…まぁそんなに慌てないでこれでも飲んでよ。それから話すから……」

 安藤君は私にオレンジジュースを渡す。私はそれを躊躇いもなく一気に飲んだ。


「ふにゃ~~~?ありゃ?なんれあんろーくんがいるろ?」(←あれ?何で安藤君がいるの?と言いたいらしい)

「あ…あれ?おかしいな…」

「なにりゃおらしいの?」(←何がおかしいの?と言っている)

「あ…いや……」

(どうしてだ?俺確かに弱めの眠くなるお薬入れたよな?何で効かない…っていうより何でこれで酔ってるの?不思議な人種、藤堂桜……)


「ねぇねぇ、あんろーくん。もーいっぱいおらけもっれこい!」(←ねぇねぇ、安藤君。もう一杯お酒持ってこい!)

「あーあ……」

「はらくもっれろい!」(←早く持ってこい!)

「はいはい…ちょっとすみません。オレンジジュースお願いします。」

「はいよ。」

「じゅーすらないの!おらけよ、おらけ!」(←ジュースじゃないの!お酒よ、お酒!)

「お酒はここにはないの!それにまだ未成年だろ?」

「なんれー?」(←何でー?)

「無いものは無いの!他のお客さんの迷惑になるから静かにしなさい。」

「はーい。」

 ようやく静かになった桜を見て竜也は密かにため息をついた。


「やっと大人しくなった…しかしこいつ酒グセ(?)わるっ……!」

「ねむくらった…ねよ……」(←眠くなった…寝よ……)

 今まで騒がしくしてたのが急に寝てしまって一瞬焦るが、竜也は内心ほくそ笑んだ。


(今になって薬が効いてきた…さてどうしようかな…)

 竜也は桜に近づき、優しく髪をかき上げた。


「ん~~…かっちゃん……」



 ――藤堂家


「もう一杯お願いします!」

「そろそろお止めになったら?明日もお仕事なんですよね?」

「いいんです。どんどん注いで下さい!」

「…はいはい。」

 玲子は勝利のグラスにお酒を注ぎながら思った。

(何だ…お酒の相手だったのか。焦って損した。でも良かった!桜ちゃんの事、裏切る事にならなくて……)


「安藤さん……」

「はい?」

「俺…桜の何なんですかね。」

「え?」

「夫がこうして早く帰ってきてるのに、他の男と飲み会だなんて……。いや、こんなのはただのヤキモチだってのは重々わかってますけど。……時々思うんですよ。桜は俺と勢いで結婚したんじゃないかって…就職先がないから俺と一緒になったんじゃないかって……」

「そんな事ないですよ。きっと今日は無理矢理っ……じゃなくて急に決まった事だし、飲み会には多分女の子もいるだろうし。それに、桜ちゃんはちゃんと自分の意志を持った子だから、勢いとかそういう理由で結婚はしませんよ。」

「そう…ですね。何かすみません。変な話して……」

「いえ…。あ、私はこれで。急に押しかけてしまってすみませんでした。じゃ失礼します。」

「あ、じゃあ送っていきます。家は近くでしょうか?」

「いえ、大丈夫です。それでは。」

 玲子は頭を下げると、足早に帰っていった。


 後に残った勝利はついさっきまで玲子が持っていた酒の瓶を乱暴に掴むと、また飲み始めた。



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