第8話 あなたは変わります
母親との問題。それを指摘されて、マサエは怒りと悲しみがごっちゃになった感情が噴き出すのを感じた。それが涙としてあらわれた。目頭をハンカチで抑えるマサエに、美百合はイライラしたようになおも続ける。
「カード読むとか人を癒したいって、言い訳なんですよ!マサエさんはまず、自分が傷ついてるってこと、自覚したほうがいいですよ」
美百合の言葉にマサエは驚きすぎて、そしてなぜか反論できなかった。
「傷ついてる自分をないがしろにしてさ、他人のためにも何もないんですよ。他人の前にまず自分でしょ?自分に優しくして、自分を満たして仕事していきましょうよ。今のままのマサエさんだとゴールの設定もしてないだろうし。今までつらかったんだから、もう自分に言い訳をしない。マサエさんの本当の願いはなに?目指すゴールはどこ?」
この人は一体なんで、自分のことをここまで言うのだろう。そしてなんでカードリーディングの話から母子関係の話になるのだろう。コンサルって、ここまで言われなきゃならないものなのか。そして、なぜ自分はこんなにも涙がとまらないのだろう。読みが深いのか、失礼なのかわからない美百合の隣で、姪だという女の子は口をへの字に曲げたまま、メロンソーダの中のチェリーをスプーンで追いかけまわしている。
美百合は泣いているマサエの背中をさすり、優しい声で言った。
「自分をよくしようと思ってこのコンサル、申し込んでくれたんだよね?他の人のためじゃないよね?傷ついてきたんだから、これからは自分に優しくしよう?」
「うん・・・」
「『人を癒したい』とか『人のために』っていうのもさ、実は『自分を癒したい』ってことでもあるんだよ。そこ見ないと、マサエさん。それで、自分を不幸にした思い込みを外していかないと・・・。もう、今日はいっぱい泣いて?」
マサエは思わず嗚咽をもらしていた。
「今のマサエさんのゴールはさ、もしかして『お母さんに認められたい』ことじゃないの?」
配られたパンプレットの表紙には「3か月後、あなたは変わります。最高の自分へ」と大きく書かれてあった。コンサルって、こんなものだったのか・・・。今朝、マサエがひいたカードの結果は「天使からのギフト」というものだった。今日の事は、実は今の自分には必要なことだったのかもしれない。ガサツに見えた美百合の鋭い洞察にマサエは、(この人、すごい)と思い始めていた。
「幸せになるサポート、あたしが全力でするから!今回来てくれたのも、ご縁なんだと思う。せっかくだもん、コンサルやってこう?このままじゃ、もったいないよ!マサエさんの優しいところをどんどん、発信していきましょうよ。本格的なグループコンサル来てくれたら、そのやり方教えるから」
「・・・ありがとう・・・」
マサエは潤んだ目で美百合を見つめた。
初のコンサルを受け、軽い疲労感を覚えながらマサエは店を出た。時刻は2時を少し過ぎている。最後、美百合は座ったまま2人に手を振り、
「またね~」
と言っていた。(またね、か・・・)。なぜこう美百合は、あんなにも自信たっぷりなんだろう。いやいや、今日は本当にビックリした。
夏の昼下がりはアスファルトからの照り返しがまぶしく、街全体がゆらゆらして見える。マサエもみやびも、日傘をさして歩いた。
「今日、なかなかすごかったですよねえ・・・」
と、一歩さがって歩くみやびが言う。みやびもあのあと、美百合にコテンパンに言われたのだった。
「天使とのチャネリングはいいんだけどさ、で、それで何をどうしたいわけ?」
と突っ込まれ、みやびも半泣きになったのだった。そしてやはり、動機から母子関係、夫との関係まで図星をつかれていた。美百合のコンサルは、こうして初対面から本質をつき、人を泣かせるものであるらしい。(号泣コンサルか・・・)とマサエは思った。
「コンサル、受けます・・・?」
マサエは金額を、頭の中で反芻しながらみやびに聞いた。
(グループコンサル、ほんとは15万円なんだけど、3日以内に申し込んでくれたら特別に89000円にしますよ!)
美百合は、そう言っていた。
「ねえ・・・。もとは15万円なんですもんねえ。美百合さん、親切ですよね」
みやびはもう決めたところがあるのか、あんなに言われたのに目がキラキラして
いる。若いと思ったが、日の光のもとでみると目尻に細かいしわがたくさんあった。可愛らしく見えて、意外と苦労しているのかもしれない。
「まあ、そうですね・・・」
マサエは、額の汗を拭きながら言った。みやびは、それが癖なのかただ、にこにこしていた。
最初、自分より優位な位置にいると思っていたみやびが、自分よりもさらに突っ込まれていたことでマサエは(あの人、ちゃんと公平なんだ・・・)と美百合に対する感情がやや、やわらいでいた。失礼なくらいずけずけとものを言う、しかし正直な美百合の「個人コンサル」は通常3か月で25万円だが、グループで行うものだと15万円なのだそうだ。それが高いのか相場価格なのか、マサエにはなんともわからない。
「3日以内だと89000円ですもんね・・・」
「ね・・・」
汗をふきふき、うだるような暑さのなか2人は駅につくと会釈し、互いの乗る電車のホームへと歩いて行った。特に連絡先は交換しなかったけれど、みやびとはまた会うような気がしていた。そして偶然すべりこんできた各駅停車にマサエは乗った。
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