第5話 グループコンサル
小さな女の子の手をひき、きりりと引き結んだ口元と力のある目元が印象的な、大柄な女性が吉谷美百合であった。黒く豊かな長い髪を後ろできっちり束ね、黒縁の眼鏡がはっきりした顔立ちによく似合う。化粧も濃く、美人といえば美人だ。そして皮膚には厚みが感じられる。身長は、170センチは優に越しているだろうか。プロフィール写真から受ける吉谷美百合の印象は「まるっとちんまり♡」といったイメージだったが、実際の美百合から受ける印象は「でかくてみっちり」だった。(写真とちがう・・・)ややうろたえるマサエであったが、この業界、そういうことはよくあることなのかもしれない。
「早いですね!」
「あっ。あの初めまして。小日向マサエです」
と、マサエは頭を下げる、美百合はそんなことにはおかまいなしで上から見下ろしたまま、子供の手をつないでいる。それ以外の挨拶はない。もとが不愛想なのか、にこりともせず、そして美百合の声は低く、大きい。
「暑いですね!中、入りましょうか!時間前だけど」
美百合は閉まっている喫茶店のドアのノブをがしがし回し、ガラスをぺちぺち叩き
「ちょっとー!開けてよう!暑いぃ!」
とやや甘えた声を出した。手首にはじゃらじゃらしたパワーストーンのブレスレットが光っている。手をつながれた子供は3歳か4歳くらいだろうか、ピンクのワンピースを着、髪がくるくるとカールしている。そして終始、無表情で無言だった。
美百合が声をかけたからなのか、頃合いだからなのか店内に動きがあった。奥からエプロンをした中年の女性が歩いてきてドアを開け
「はいはい、おはよう。今日もアレ?」
と美百合に声をかけた。そして子供にも「みおちゃん、あら~来たの」と声をかけ、マサエに軽く会釈をした。知り合いの店なのか・・・そして「アレ」とはコンサルのことだろうとマサエは思う。
看板を表に出し、照明をつけ、ようやく店らしくなった店内はすでにひんやりと涼しい。かすかにジャズも流れてくる。店の雰囲気は悪くない。この時点でかなり汗だくとなっていたマサエには、なにより涼しさがありがたかった。美百合に促された奥の席に移動し、腰をかける。
「いらっしゃいませ。暑かったでしょう」
と、さきほどの女性がにこやかに美百合とマサエに、氷水とメニューを持ってきた。
「今の時間、ランチもお受けできますから」
「ありがとうございます」
そう言ってからマサエは冷たい水をごくごく飲んだ。
美百合は連れてきた子供をおこさま椅子に乗せると、お絵かき道具を手渡して耳元でなにやらささやいた。その間も、2人ともにこりともしない。静かにうなずく子供。それを見つめながら、マサエはテーブルに置いてある小さなメニューを開いてみた。アイスコーヒーにでもしようか・・・。
「飲食費は各自、自己負担でお願いしますね!」
いきなり美百合にそう言われ
「あっ、はい。それは・・・」
マサエは(そんなことはわかってるんだけど)と少し、ムッとした。それは申し込みの際の注意事項にあったことだし、そもそも当たり前だろうと思う。まあでも、言わないといけないことなのかもしれないしな・・・。
とはいえ、マサエは先ほどから美百合にどことなく違和感を感じはじめていた。気の合わない集まりに不意に参入してしまったような、そんな居心地の悪さであった。この人のコンサルって毎度、こんななんだろうか。挨拶も適当だったし・・・。それに、この子・・・。目の前にいる、おこさま椅子に座った女の子は画用紙に緑色の怪獣のようなものを描きはじめていた。
「今日は、マサエさんのほかにあと1人、来るんですよ!来たらはじめましょうか。あ、注文してくださいね。ここ、なんでもおいしいですから!」
「あ。そ、そうですね・・・」
そうマサエに言ってから美百合はハミングしながらメニューをめくる。その横で子供は絵を描いている。たくましい腕でメニューをぱんっと閉じると厨房に向かい、美百合は大きな声で注文した。
「あたし、カフェラテ!この子はメロンソーダ!」
マサエもあわてて注文する。
「あ、アイスコーヒーください・・・」
本日のコンサルは「自分発見♡起業を考えるあなたのための、魅力を引き出すグループコンサル」というもので最大4名、最少人数1名で行われるものだった。1対1で行う「個人コンサル」だと2時間25000円だった。初めてのマサエにはどうもそこまで踏み切ることができず、2時間15000円の方に申しこんだのだった。グループで行うといっても知り合いではなく、もう会うこともない人と一緒なのであれば気が楽だった。
11時5分を過ぎたあたりで、髪の短い女性客が入ってきた。白いブラウスに紺色のスカートをはいて、髪はふわりとウェーブがかかっている。籐かごのバッグを持つ手が白い。自分と同い年くらいだろうか。美百合はその女性の方に手を振りながら笑顔で
「田口さあん?」
と声をかけた。
「あ、吉谷さん・・・」
と、その女性は嬉しそうにこちらへやってきた。リスのような、可愛い印象の顔立ちで、透明な白い肌にそばかすがたくさんある。そして泣きそうな笑顔をして
「田口みやびです。ごめんなさあい、遅れちゃって・・・」
と、ハンカチを軽く鼻にあて2人に会釈し、マサエの横に座った。シャンプーのような、いい香りがマサエの鼻をくすぐった。
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