第3話 このままじゃダメかも

台風の近い、7月の気圧の高い夏の日。急に痛む腰をさすりながら「やっぱり、自己流じゃだめなのかなあ・・・」。コーヒーをすすりつつ、マサエはさまざまなブログやホームページを検索してみる。他の人はどうなんだろう、みんなそんなに売れているんだろうか・・・。


「スピリチュアルヒーラー〇〇」「エンジェル〇〇」「癒しの水先案内人」など、あらためて見ると、よくぞ自分でつけたと思うようなキャッチコピーを目にする。実際、そこまで言うのだから自信があるのだろう。画面でみる限りみな、キレイでキラキラしていて成功していそうだ。「今月のご予約状況」として、見ればどの日もほとんど埋まっている。


「すごいなあ・・・なんでそんなに売れてるんだろう」マサエは軽い嫉妬に苛まれつつも、さらに他人のブログをどんどん検索する。知りたいのは自分の何が一体ダメで、売れてる人たちの一体どこがそんなにいいのだろうということだ。にこやかな笑顔の素敵なブログ、そこに表示されている料金はだいたい、どれも決してお安くはない。数万円なんてのはザラである。そうしたものがそんなすぐに埋まるほど、この人たちは人気なのか・・・。私のやってることって・・・。


小学校時代、成績が悪くて母にモノサシで叩かれたことを不意に思い出す。竹で出来た30センチのそれはその後、マサエのトラウマグッズである。一学期の終わり、マサエの通知表を放り出すと母は「他の子はみんな4とか5とかとってるのに!なんなのよ、この2ってのは!あんたはほんとにできそこないなんだから!」そういって、モノサシでマサエの頭をばしばし叩いた。そして、怯えて泣いてうずくまるマサエを尻目に時計を見、「ほら、もうピアノの時間だから。早くいきなさい」とあごをしゃくってみせた。その時、マサエはまだ小学校1年生だった。・・・私はやっぱり、いくつになってもダメな子なのかなあ・・・。そんなことを思い、マサエは涙ぐみそうになる。大好きな、スピリチュアルの世界でも私はダメなんだろうか。


スピリチュアルといっても、そのジャンルは広くヒーリングやセラピー、カード

リーディングなどほんとうにさまざまだ。聞いたことのない、そんなセラピーもたくさんある。そして、そのひとつひとつのメニューの料金のつけ方も、サロンごと、ヒーラーごとによってまちまちである。同じような内容のセラピーに思えても、あるところでは60分6.000円。他のところでは60分10.000円(消費税別)だった

りする。マサエは自分がとんでもなく不勉強で、たいした準備もしないままにこの世界に飛び込んでしまったことを、ちょっと恥ずかしく思った。ブログを書けばいいってものじゃないんだ。


「ヒーリングルーム・えびす」はまだ始めたばかりだが、早くも暗雲が立ち込めている気がして、自分の前途は多難ではないかと思う。自分ができるのはカードリーディングだけだしそれは武器としては少ないし、弱すぎる気がする。

「誰かに、相談したほうがいいかもしれない・・・」。

はじめてまだ1カ月で、顔も素性もわからないサロンにすぐにお客がつくわけもないのだがマサエは焦っていた。ヒロシの言葉も耳にはいってこない。根本的に自信がないからだった。


昔からマサエにはそういうところがあった。「少し、様子を見る、待つ」ということがなかなかできない。とりかかりは早いのだがやってみて、できないとすぐに「ダメだ!」と放り出してしまうところがあった。自分の理想通りにいかないことはすぐにあきらめてしまう。理想が高いのはいいが持続できない。パートが長続きしない原因もそういうところにあった。しかし、自分にそうしたところがあるとマサエは気づいてはいない。とにかくいま、お客が来ないことが問題なのである。


パートも辞めたのに。このままじゃもう、あとがない。そういうとき、自分があまり深い呼吸をしていないことにマサエはあまり気が付いていない。そして余計に「できない」「ダメだ」「自分は人より劣っている」そのことにばかり、ますますよけいにフォーカスしてしまう。頭の中に「あんたはできそこない」、そんな母の声がしてくる。


幸い、ブログに自分の顔写真と本名は出していなかったから、職場の人や近所の人に知られているということはない。しかしお客がこないなんて恥ずかしい。今のうちに、誰かこういうことに詳しい人に相談して、適切なアドバイスをもらわないと・・・。頭の中の預金残高を思い描きながらマサエは最近知った「コンサル」という言葉に魅力を感じていた。「やっぱり、こういうことに詳しい人にお願いしないと」。だって、自分は素人だから。もっと早く、最初に気づいていればよかった。でも、この1カ月は決して無駄じゃなかった。このことに気づけたんだもの。


そうして、その人にお願いすればきっと、自分のところにはやがて、たくさんのお客が来るに違いない。私はそもそも、「悩める人」たちを癒したいと思ってこの仕事を始めたのだから、そうなるにはきちんと基盤を整えないと。ベーグルパンを噛みながら、いっこう読者数の増えない自分のブログを尻目に、マサエは「スピリチュアル」「コンサル」などという単語を並べて検索した。そこには、輝く自分の未来が見えてくる気がした。


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