第11話 始まりの書
「誰だ?これ…。」
僕の隣にいたのは良平だった。右隣は…。
左隣には、茶色がかった黒髪のショートくらいの長さの髪をしていて、Tシャツにショートパンツに身を包んだ、背丈は高校生くらいと思われる少女がいた。
とりあえず、僕は良平を起こそうと手を伸ばす。
その時点でもう一つ変わっていることに気づいた。
「手が短くなってる。」
僕の背丈は、病院で車椅子生活をしていた頃より10センチほど小さくなっていた。
つまり、僕は大学生になった後に背が伸びたわけか。
記憶の錯乱は続いているが、良平との会話を忘れていないことが記憶の転送の成功を表している。
つまり、この冒険が成功すれば、そのままの記憶を僕のいる世界に持ち込むことが可能であるということである。
「これが、高校生の僕の体。想像してたよりも小さい。」
僕は不思議体験と言って過言ではない…、いや、むしろそんな言葉だけで表せるものなのかすらわからない事態に居合わせながらも冷静に自分の体の変化をまじまじと見た。
…、いや、それより良平を起こさないと、
「ね、良平!ついたよ!えっ、ついたでいいのか…?まぁ、良平!」
僕は何度も大きな声で呼んだ、デジャブ感が付きまとうが、僕は良平を起こすことが最優先事項だと判断していた。
「う、ウーーン、」
良平は漫画のワンシーンを思わせる声をあげて目を覚ました。
「あっ、悠、あれ?お前ちっちゃくなったな。」
第一声は僕をいじる言葉だったことに、僕の知っている良平らしさを覚えたが、逆に僕は良平の方が気になった。
あまりにも、現在の僕らの体と変わらないからだ。現在というか、今の段階だと未来に当たるのだが…。
「その…、良平は変わってないな…。」
僕はなぜか遠慮がちな声で聞いてしまった。
なんとなく検討が付いていたからだ。
「そうだね、僕は10年間くらいを行き来する存在だから、ある程度、固体としての形は維持されてしまうんだよ。」
平気な顔で言った。
明るく、いつもの調子で。
僕は、例えこの先にどんな未来があろうとも、良平がある一定の時間を超えてしまえば、消えてしまう可能性を感じさせる言葉であるということを心の底に埋めた。
「そっか、便利だな。」
曖昧な返事をした。
…、今はナイーブになっている暇はない。僕は、頭の中のノートを新品に換えて、良平を見た。
「ねぇ、この女の子は?、誰?」
横たわっている少女、今の体だと同じか高校生くらいの見た目の子を指さして言った。
「光だよ。中原 光(なかはら ひかり)。学力的な頭はそんなに良くないけど、運動神経は常人じゃないほどにある。立ち位置の設定的には、俺たちの幼馴染みだよ。優しくて、明るくてよく笑う、俺たちのムードメーカー。」
僕は、思い出した。光という女の子は、僕らの昔からの友人で、テストの点数で張り合ったり、虫を投げあって意地悪をしあった人物だと。
ろくな思い出し方をしなかったことには、悪いなと思いながら、関連性のあるものを見て、聞くことが僕のこれからにとって重要なことだと理解できた。
「思い出したよ、良平。情報は少ないけど、確かに光という人物が僕の人生にいたことを。でも、今何してるんだろう。」
僕の足の先にはいつの間にか、
あの日記帳があった。
僕は良平の方を見ることなく質問しながら、日記帳に手を伸ばした。
なぜ伸ばそうとしたかはわからない。
ただ、心が引かれたのだ。吸引力が強すぎるみたいだ。掃除機みたいなことを考えたが、日記帳を開いた瞬間そんな馬鹿らしい考えは辺りを吹く風に運ばれていってしまった。
「…、良平。見て!」
その日記帳には文字が書かれていた。
きっと、今日という日を表す日付と、今日起こるであろう事が細やかに。
僕は興奮した。興奮どころの話ではない。言ってしまえば、これは言わば、完全攻略本。
未来を見る事ができるもの。
良平に見せようとした。
しかし、良平は眉間にしわを寄せるだけだった。
「良平…?どうした?ほら、ここ!」
僕は日付を指さした。
「お前は、見えてるのかもな。俺には、ただの白紙のノートにしか見えないよ。」
じゃあ、どうすればいい…。この事実をどう扱えばいい。この未来はあくまで良平の失敗談に過ぎない。それが、僕だけに見えているのは、どう使うかによって、運命を大きく変える。
「ここに書いてあるのは…。」
声を出した。いや、声を出そうとした。
しかし、内容を言おうとすれば、口がパクパクと動くだけで音にはならなかった。
「この内容は言えない。きっと僕にしか見えない。わからない。だから、僕にしか、みんなを守ることはできないんだ!」
「だから?どうするの?」
僕の声に対して、良平の声は冷たく感じた。
僕にしかできない事がある。それだけで、十分良平が僕を選んだ事を正しいと言える。
それでいい。
「僕は、この日記をたどる。良平は関係する人たちのその時々の行動を監視して。あと、もう一つ。聞きたいことがある。」
「なんだ?手分けをすることには賛成だけど…。俺が答えられることなんてもうほとんどないよ。」
あと、一つの情報があれば、きっとこの世界は変われる。
「良平、この日記を書いたのはお前は一人か?」
記憶のない僕には分からないことが多い。だから、良平は一番手放せない。
「いいや、俺ら、五人で共通の場所を作って、自由に書き込めるようにしてたよ。俺がその制度を作ったけど…。情報を集めるためにな。けど、意味なかった。俺には見えなかったから。でも、やっててよかったと思ってる。」
僕は確信した。
この日記帳は絶対に手放せないと、そして、誰かを守ることのできるものであると。
「了解、その情報で十分。僕はきっとこの世界を変えれるよ。だから良平…。」
僕は覚悟を決めた。
揺らぐことのない鋼鉄の覚悟を。
「僕についてきてくれ。いや、一緒に歩んでくれ。」
プロポーズかよってツッコミたくなるような言葉に僕は寒気を覚えたが、それよりもこの言葉がある意味一番この状況にあっているように思えた。
「俺はその言葉を忘れないけど、それでいいか?俺は、何があっても悠を手放さないぞ。」
良平の顔は僕をまっすぐと見ていた。
その言葉がそのままの意味を示すのか、それとも、良平の中では何かもう一つの意味を持つのか僕には分からない。それでも、その言葉は僕の支えになった。
「う、ウーーン。」
隣に寝ている光が目を覚まそうとした。
また雨の降る日 夕タの優 @yukana18srt
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