第9話 作戦会議

「まぁ、簡単に言えば俺のミスだ。俺がしっかりその日記帳を始末していれば悠がそれを開いて、一時的に過去へ戻るという現象は起きなかったはずだ。僕は結末がわかった瞬間にそれを破壊するか否かを決めていたんだ。でも、今回だけはそれ以前の結果とは悠が生きているという面で変化していた。だから、どこに日記帳が存在しているかの把握が遅くなったんだ。今日、ここに来たのは悠を見るためというのもあるけど、2つ目の目的としては、日記帳の回収のつもりだったんだ。そして、最後の力も一人で使ってしまうつもりでいた。」


この日記帳は良平の世界のものだったんだな。その話を聞いて、僕はこの日記帳がある種の魔道書のようにも思えた。そして、良平のミスのお陰で僕が運命を作り替えることになって良かったとも思えた。


「ありがとな、良平。」


素直な言葉でしかなかった。


「え?この話の内容でお礼を言う場面なんてあったか?」


変なやつと言わんばかりに眉間にシワを寄せて僕を見てくる良平は、僕には懐かしさを覚えるほどに温かくみえた。


「いいや、別に。」


僕は理由を口にはしないで、笑ってごまかした。人のミスをありがたく思うなんて良平のような善人にはきっと理解されないから。


「それより、もう1つの答えは?羅列する文字は?」


「あ、やっぱり覚えてた?まぁ、結局言うことになるだろうから今言っても変わらないとは思うけど…。」


僕は、特に文字の羅列の方が気になった。なにか知らないこと、それに加えて言語のことに関しては昔から好きだった。


昔って言葉には記憶の断片的な部分しかない僕自身に違和感を抱くが、それよりも先に謎の文字について知りたかった。


「そんな目を輝かせて聞くなよ。

はぁ、わかった。」


どこか諦めを感じさせるため息をついた後に続けて、


「僕の能力である過去へ戻る能力は大きな時間を戻すときにだけ使える回数が限定されるんだ。まぁ、もっと核心をついて言うと、少しの時間だけ、しかもある1つの個体だけの時間を戻すのであれば簡単に出来るって訳だ。つまり、悠の時間を少しだけ戻すことで全身に走る痛みをあたかも消したように物語を書き換えたってことなんだ。」


何て便利な能力だろう。最初の理解力ではそう思うかもしれない。

ただ、この事を言わないでいようとした良平を見ていれば、その能力の問題点がきっとどこかにあるのだろう。

乱用してはいけないことを意味しているのだろう。じゃあ、その理由は?


説明を終えようとした良平に僕はまた問いかける。


「ねぇ、僕らはこれから一緒に運命を作り替えていくんだよね?」


これはとんでもない嫌味だ。意地悪な言い方だとわかっていながら僕はその言葉の糸を絡めていく。


「悠、俺はお前に隠し事なんてできないな。その洞察力と観察力を頼りにするよ。」


「良平、僕は欠点を取るようなノートを作りたくないよ。」


どうしてこの言葉を選んだのかはわからない。でも、足りないんだ。情報も。

良平の真意と信頼が。ろくに動かない足では良平に近づくのもやっとだ。だけど、僕は良平の右手を、右手の指先を幼い子が握るような状態で、やっと小さく握り込んだ。


僕はきっと気持ちが悪い。いい歳こいた男が何かにすがるように行動するなんて。

でも、雨が降るんだ。降りやまないんだから仕方がない。


「良平…。」


力なく言った。ということを体現した。

声は今にも雨音に掻き消されそうになったがちゃんと良平の耳に届いたようだ。


「ごめんな、巻き込んだのは俺なのにちゃんと信頼してやられなかった。こんなことは異例どころの話じゃなかったから。でも、過去に戻る能力は人に大きな影響を与えるから、同じ人間に4回以上使ってしまうと、その存在自体を抹消しなければならなくなるってことを伝えてしまえば、また悠に怖い思いをさせてしまうように思って…。」


こんな胡散臭い言葉を良平以外が言ったらきっと信じることなんてできなかっただろうな。

僕は、自潮気味を笑った。

信じてもらえないことが悲しかったのに自分は簡単に信じちゃうんだから…。末期だな…。


「良平、僕は死ぬことなんて怖くない。だってずっとお前の記憶に僕という存在は残るんだろ。俺は目の前の死よりも良平に必要とされなくなる方がよっぽど怖いよ。それこそ、死んじゃうくらいにね。人は忘れられたときに、記憶している人がいなくなったときに死ぬんだと思う。」


だから、良平、俺を信じてよ。


その言葉は喉の奥に埋め込んだ。すべてを言ってしまえば、強制を作り出す。


「じゃあさ、そろそろ過去に戻ろうよ。」


そう言って窓を見ようとしたときはじめて僕は、外に雨が降っていないことに気づいた。


良平は静かに僕にハンカチを手渡してきた。


「そうだな、そろそろ行かないとな。」


良平は日記帳の表紙に手をかけた。

さぁ、冒険というほど愉快なものじゃないが、冒険の書を書き換えに行こう。

きっと、僕の部屋の窓は太陽の光が差し込んでいるはずだ。

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