第5話 昔話をしようか その1
「ねえ、良平は何を隠してるの?」
僕は、ただ純粋に疑問だった。親友だと思っている良平は僕に嘘をつくことはほとんどない。嘘と言っても冗談で済むような簡単なものくらいしか言わない。
これは信じているとか、理解しているからとか言う臭い台詞ではなく、人間として良平を見てきた結果がその思考を張り巡らせている。
良平はしばらく目を反らす。
横顔がとてもきれいだ。男から見ても目を奪われるような、そんな容姿。一緒にいすぎて意識はしていなかったが、僕の見舞いに来る人としては特別な感じがする。
フゥ…。
静まり返った部屋の中には良平の呼吸の音だけが糸を引くように残った。悩ましげに僕に視線を落とす。
「あのさ、お前はどうして病室にいて、ベッドと車イスの生活をしているか覚えてないか?」
考えても出てこないものは出てこない。記憶をたどろうとすればするほど、どんどん霧深く、雲が増えていくようにさえ感じる。
「うん、何も覚えてない。ただ、過去に僕は足をなくしたから、さっき走ったときに違和感があったことに納得がいった。」
今の記憶と、過去にいるときの記憶が欠落している。この状況はきっと何かを変えるためのものだと直感的に感じた。何かを変えたときの修正がきくようにするには当事者の記憶を厚塗りしていく必要がある。神様はきっと苦労が嫌いなんだろう。
「神様はきっと苦労が嫌いなんだろうな。」
僕は良平をみて微笑みながら言った。
良平は僕を見て、本の少し驚いたような表情をした。一瞬だが、僕は見逃さなかった。
今にも雨が降りそうな雲行き、
「悠、お前は今から俺の言うことを信じなくていいから、信じなくていいから…。」
鉛筆の音で消えそうな声で
「聞いてくれないか。」
僕は良平の姿に首を閉められそうになった。
そして、
「うん。」
たったそれだけしか言えなかった。
良平は僕の目を見ていつも以上に、沈黙に響く綺麗なテノールの音で楽譜を描いていった。
「じゃあ、少し昔話をしようか。」
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