第4話 訪問者

真っ暗な世界から聞こえてくる波の音と、まだ鳴り響いているあの鐘の音が僕の肩を掴み激しく揺らす。

「…か?大丈夫か…?!悠(はるか)」

僕の名前を呼声がだんだんと大きくなる。聞き馴染みのある安心する声。

「起きないと。良平が待ってる。良平が僕を呼んでるんだ。」

「待って、ほんとに起きるの?起きたら、知らなくていいこと、思い出さなくていいことを…。」

袖口を引っ張る僕の影。口ごもって視線だけをまっすぐに送ってくる。

「大丈夫だよ、きっと、僕は君の望む方向へ進む。君も僕も正しいと思う道に。」

僕は、そんなことを言いながら自分自身が何を言っているのかわからなかった。繋ぎ会わせた単語一つ一つは安堵を促す。しかし、何に対して彼は恐怖しているのだろう。

「しらないよ!」

突然、叫んだ。どちらの声かはわからない。

また、黒い波が心の水面に流れた、起きた、できた。全身に力がこもった。

彼は後ろを向いて僕から遠ざかっていく。だんだんと見えなくなる彼を僕はただじっと見つめるしかなかった。

森に一人、ポツンといる感覚が神経を支配した。

良平に会いたい。

良平が僕を待ってるから。

僕は光へと向かう決意をした。

「悠、おい。悠!」

乱暴な言い方なのに何でこんなに暖かいのか、わかっているのに言葉にできない。

「ありがとう、良平。」

僕は影から抜けてきたそのときにそう第一声を発した。

「僕の名前を呼んでくれて。」

「悠?悠!大丈夫なんだよな?俺がお前の部屋に入ったときに急にこの本のなかに吸い込まれたんだ。で、しばらくして、悠の体だけが本から出てきたんだ。」

「ほ、本…?!」

手元にあるのは分厚い日記帳。

「あぁ、これね。これは日記帳だよ。僕はあのときのことをずっと記録してたんだ。…、あれ?僕はどうしてここにいるの?」

僕は日記帳の表紙に視線を落とした。どうして、記録していたのかも不吉なことが起きる予兆かのような朧気な雲が月の光を隠す。

良平に視線を向ける。

「お前は、ある事件に巻き込まれたんだ。それで記憶がない。ただそれだけだよ。」

良平は僕にいつもの普通の顔を見せて言った

「矛盾してるね。僕がもし、記憶喪失ならきっと良平のことも覚えていないはずだよ。ねえ、良平は何を隠してるの?」



そう、これはある病院の一室での話だ。

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