承編 弱小女神と破壊神の卵。

 私がファイアラを認識したのは、女神の学校――女神の力の使い方を学んだりする学校――だった。

 当時一番力を持つと言われていた火の女神の娘ファイアラは、学校ではほかの女神からとてもちやほやされていた。今思えば、当の本人はそれをプレッシャーに思ってか、嬉しそうではなかったけれど。


 かく言う私はというと、水の神から生み出された女神だというのに、ほんの少ししか、その効力を発揮できず、周りの女神によくからかわれていた。


 片やチヤホヤされる火の女神と、片や蔑まれる水の女神とでは、大きく立場が違った。


「皆さんが正しく女神の力を扱えるように、授業します。まずは、目の前にある的に当ててご覧なさい」


 その日は初めて学校で力を使う日。

 知の女神の先生が私たち生徒にそう告げた。

 ちなみに、ここでは物理的な能力を扱う女神のみがこの講座を受け、物理的な能力でない女神は作法講座を受けて卒業する。


 名前の順から、テストを行う。


 私は名前の順が嫌いだった。だって目の前にはファイアラが居るから。


 二人ずつテストを行う。


 隣に並ぶのはファイアラ。


 見慣れてしまった黄緑色の髪が風になびいた。

 私はその美しさに嫉妬して、全力で水の力を放った。


 的がただ濡れただけ。ただそれだけの力。

 そこかしこから嘲笑する声がする。きっと、ファイアラだって。


 そう思って、ふっと見眇めたそのファイアラは、驚いたことに小鹿にように小刻みに震えていた。


 両手をぎゅっと握りしめて、瞼を閉じて。


「あの、ファイアラ?」


 気づけば、私から声をかけていた。


「……………ゎぃ」


 ファイアラが小さな声でつぶやく。


 私には聞き取れた。聞き取れてしまった。


“こわい”


 彼女はそう言ったのだ。


「あの、先生。ファイアラさんは体調が悪いそうです」


 先生から直ぐに許可がおりた。私は礼を言ってファイアラを訓練場から外に連れ出す。

 他の子たちからの嫉妬の眼差しが痛く私の背に突き刺さったが、そんなのはいつものことだから、気にしなかった。


 保健室には向かわず、人気のない校舎裏に向かった。


「お母さまやお父さまにね、力を使うところをお見せして頂いたの。ちょうど、自分の御神体を汚されたから、という理由で天罰を下そうとしているときだったから」


 ファイアラは私が聞かなくても、まるで一人で話しているようにぽつぽつと語りだした。


「男の人、だったと思うわ。ちょうど人けのない道をフラフラと歩いていて……、お父さまが太刀を振り上げた瞬間……!焼けた鉾がその人に突き刺さって………、血を吹き上げて………!」


 ファイアラの独り言がか細い悲鳴に変わる。

 カタカタと震えだした彼女の背を、認識もされない弱いだけの私は摩ることしかできなかった。


 初めて見た美しい銀の瞳には大粒の涙が浮かび、ボロボロと零れて高級そうな彼女の私服を濡らしていった。


 それからだった。ファイアラを憎めなくなったのは。

 彼女もそう。そんな立場を手に入れようとして手に入れたのではない。


 私が彼女に認識してもらいたい。彼女と痛みを分け合いたい。と非力ながら考え出したのはその頃からだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る