女神さまに愛の祝福を。
紫蛇 ノア
起編 私と火の女神ファイアラ。
私は孤独な女神様
私はこのお城でひとりぼっち
特技は燃やすことだけよ
ただ燃やして燃やし尽くすの
その後に残るのは白い灰
人間なんて一瞬よ 一瞬で灰になっちゃうの
太刀を振り回すとあら不思議
周りの景色が変わっちゃう
そんな私は血が嫌い
他人の血を見るのが嫌いなの
だから燃やすの 燃やし尽くすの
ルルル 私は孤独なお姫様
作詞・作曲ファイアラ
…………。なんて卑屈な歌なんだろう…。
原因はわかる。彼女は、ファイアラは、全種族に相性が悪い――つまり、コミュ障…の女神だし、他人の血を見るのが苦手だから、いざ喧嘩になると、その背に背負う太刀を触媒に、切るのではなく炎を操って消し炭にしてしまう。
そんな彼女につけられた名前は、全てを焼き尽くす破壊神ファイアラ。
女神にとって、名前とは自分のことをいると思ってくれる人が名付ける名だ。まあ、彼女はその人にとって畏怖すべき存在だろうが、今はそんなことはどうでもいい。
今日も今日とてあの歌を歌っているということは、彼女はこの二〇〇〇年近く続く日々の中で私のことを認識していない。
それは、物事を大袈裟に考えない私にとっては日常であり、常に変えたいと望んでいることである。
だって、ここに居るのに、話しかけたら答えてくれるのに、“私はこの城でたった一人”なんて歌われたら、悲しい。
だから今日も話しかける。変わらない日常が早く変わって欲しいと願って。
「ファイアラ、そこに居る?」
「ミーシャ? どうしてここに居るの?」
彼女は私を呼んだ。今の私は自分の名を呼んでくれることにでも、軽く浮かれてしまう。だって、覚えてもらうまで一〇〇〇年は軽く超えたのだから。
私たち女神の寿命は約五〇〇〇年。約五分の一を、名前に費やしてしまった。
「私はずっとここに居る」
「どうして?私は破壊神。いずれ、あなたも燃やしてしまうかもしれないわ」
ファイアラは、先程まで歌っていた部屋から出て、私のもとへとやってきた。ここまで慣らすのに二〇〇年。
夜空に浮かぶ星々を写し取ったかのように儚げで綺麗な銀の瞳に、草原の草木のような黄緑色の髪。見かけは完璧な女神の目に、未だかつて活力が宿ったところを私は見た事がない。
「大丈夫。私はあなたの力なんて相殺できるぐらいの力をつけたのだから」
「そうなの。ミーシャ。強くなったのね」
私の力は水を操ること。だから、ファイアラが怒っても、ずっと傍にいられる。それを知ってもらいたくて、そう言ったのに。
ファイアラは少し悲しげに長い睫毛が伏せた。
話を間違えた。もう少し私と話すことを安心させようとこの言葉を選んだのに。私の言葉はいつも素っ気なくなってしまうのだ。
「調理室を借りて、昼食を作った。一緒に食べよ」
別にいいわ、と言い出すファイアラの細い手を引いて、私は食卓へと向かった。
今日の昼食は腕によりをかけた!大丈夫。平常心、平常心。
「んっ。美味しい」
ふっと綻ぶファイアラの口元。もう、今日は何もいらない。いやいやいや、まだ一日は半分しか過ぎていない。頑張れ、私。
「よかった。少し心配だったけど、口にあったみたいだね」
ようやっと口に入れてくれるようになった私の手料理。それがファイアラの口に入っていくだけで嬉しくなる。
「そう言えば、ファイアラ。最近夜遅くまで起きているようだけど、何かしているの?」
そう、話題話題。人と、いや、女神と仲良くなるためには、会話が必要。
「最近……。あ、そうだ。これを始めてみたの」
そう言うと、ファイアラはおずおずと懐から白い板を出てきた。渡された白い板はほんのりと暖かく……、ではなくて、最近下界で流行っているタブレットなるものだった。
「ファイアラ、ここって、下界で言う空の上なんだけど、WiFi飛んでたっけ」
「それもついでに買ったの」
いつの間に…。いつどうやって買ったのか。ツッコミどころは多かったが、そこに表示されている下界の言葉に目がいき、それ以上は問いただすことができなかった。
『ファイアラちゃん、だっけ?それ、本名?外国人?』
『いえ、女神ですわ』
『なになに?女神ちゃんなのwまじウケるんですけどw可愛すぎじゃんwww天然www』
から始まって……。
『なあなあ、ファイアラちゃんw最近俺ら仲良しじゃんw』
『ええ、そうですね。私、男の人と話すのは始めてでして、本当に勉強になります』
『なあなあ、もうそろそろさ、顔見せてくんないwwもうイイっしょw』
『ですが、私は写真というものも撮り方が分からないのです。』
『マジかよwwウケるwじゃあさ、今日は夜遅いし、明日教えるわww』
……………………。
「ファイアラ……、これは?」
ひうっ、というファイアラの小さな悲鳴が聞こえた。多分私は、怒りに燃えている。それこそ、私の自慢の蒼色の髪が紅くなりそうな程に。
「こ、これは…、その、タブレットを買って人付き合いの仕方を調べていたら、その、“出合い系サイト”なるものが、あると知って。でも、ただ会話しただけなのですよ!ミーシャが怒ることなんて、少しも」
ファイアラが私を認識して私に怯えてくれている。これは大層な進歩だが、褒める気にも嬉しくなることもなかった。
純粋なファイアラが、下界の意地クソ悪い軟派男に絡まれて……!
「ファイアラ!このアプリはアンインストールする!今なら、有り体な話しかしていないし、取り返しはつく!今後このようなことがないようにして!危ないから!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私がアホでグズでのろまで、なんでも燃やしちゃう破壊神だから、迷惑をかけて、ごめんなさいぃぃ!」
ファイアラが太刀を引き抜き、私に向ける。ごおおぉぉっっ!と放たれた高温の炎を、私は反射的に自分の能力、高圧の水でかき消した。
周りは水蒸気で覆われ、視界が悪くなる
バァァンンン!
気づいたら、ファイアラは目の前からいなくなっていた。お皿の上にはぽつりと残された、丹精込めて作った、無花果のコンポート。
やってしまったと気づいたのは、そのあとだった。
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