第4話-1 異世界の都でイチャイチャデートしてみた

 伊藤 楓は秋川 翔の事が出会った時から好きだったわけでは無い。むしろあまり好みでは無かったと言って良いほどだった。


 彼はおとなしい少年で、まぁ、クラスではオタクであると思われていた。漫画アニメの話をするメンバーに含まれ、教室の中でスマホやゲーム機で仲間と良く遊んでいるのを見たものだった。


 ただ、顔立ちが繊細で、身長はまぁまぁ高く身体付が細くて華奢。やや物憂げな表情をする事が多いのも相まって貴公子然とした雰囲気があった。そのため実は意外とクラスの女子に隠れファンが多かった(ショウには絶対に教えてやらないが)が、カエデはあまりそういう軟弱系の男は好みでは無かった。


 それが180度引っくり返ったのが例の文化祭実行委員の時だった。無理やり押し付けられたのだが、一緒に任命されたのがショウだったのだ。


 この仕事は結構忙しく、学校全体のいろいろな準備とクラス発表の準備が主な仕事だったのだが、10月の文化祭のひと月前くらいから毎日放課後に残らなければならなかった。カエデの方は部活があったのでとても毎日は出来ず、半ば帰宅部のショウに押し付けるような形になってしまったのだがショウは快く引き受けてくれた。準備が遅滞するような事も無く、カエデへの業務引き継ぎも分かり易かった。彼女はこの時点でショウの真面目さを知ってかなり印象が好転していた。


 更に彼は頭も良かった。文化祭前の追い込み時期、クラス展示(地域の特産物を調べるという展示だった)を作成する段階で、その日の放課後に残る筈だった男子生徒が逃げてしまった。暗幕に大きく引き伸ばした写真を張り付けたり説明文を掲示したりする作業が丸々残ってしまい、カエデはこれはもう自分とショウでやるしかない、と諦めた。


 しかし、ショウは少し考えた後「ちょっと人を連れてくる」と言って教室を出て行ってしまった。ショウなら逃げてしまう事はあるまいが・・・、と思いつつしばらく一人で作業していると、はたして話し声がしてショウが何人かの男子と一緒に戻ってきた。


 見れば運動部のユニフォームを着た数人の男子生徒で、一人は大変女子に人気のあるサッカー部の男子だった。


「や、伊藤さん!」


 と朗らかに声を掛けてくる彼は当時彼女もまぁまぁ好んでいた男子生徒だった。


「いや~、これから持久走トレーニングでさ、避難してきたんだ」


 などと言う。野球部の連中もエアコンの涼風に感動したように万歳の格好。そう。今はまだ9月で残暑が厳しい。後で聞いたが、ショウは暑さにうんざりしている運動部の男子生徒に手伝いを頼んだのだという。エアコンにつられて来てくれると考えたらしい。


 しかしそのショウはまたいなくなり、しばらくするとキャイキャイと女子の声が聞こえてきた。


「手伝いに来たよ○○君!」


 と入って来たのはクラスの女子生徒数名。真っ直ぐにそのサッカー部の人気者の方に向かう。


「おー、助かるよ。じゃぁ、これやって!」


「うん、任せて♡」


 とまぁ、あからさまに媚を売り出す女子生徒。これも聞いたところでは、人気者男子を餌にして文化部の彼に好意を持つ女子を引っ張ってきたのだとか。


 突然増えた人手を使って文化祭の準備はむしろ前倒しで終了。彼の頭の回転の良さに感心しながらお礼を言うとショウは凄く嬉しそうに「伊藤さんの役に立ててうれしいよ」と微笑んだのだった。その微笑みにきゅんとしてしまったカエデを誰が責められよう。


 その他にも色々あって、彼に好意を抱いたカエデの想いは深まり、実行委員が終わってあまり話せなくなって悶々としていた想いは彼の告白によって臨界を迎えた。


 異世界に飛ばされてからは軟弱な彼に色々失望する時もあったのだが、この間のリザードマンとの戦いで、素晴らしい作戦立案と勇気を示し、しかも自分を頼りないながら守ってくれる姿を目にして彼女の想いはまた燃え上がり、絶賛大炎上中だった。



 ホロウの村を出て都までは7日で済んだ。


 距離的にはノイツからホロウまでと似たようなものだったので、やはりロバが大きかった。


 俺が「ロシナンテ号」と名付けたロバは大変大人しく、従順で、モンスターに動じない鈍感さを持っていた。荷物をすべてこいつに任せると、俺たちはびっくりするほど身軽になった。これは楽だ。


 さすがのカエデも「…これじゃあ、食べちゃったら勿体無い…」と呟いたほどだった。命拾いしたなロシナンテ。もっとも、こいつは唯一の悪癖として人を乗せたがらなかったので、道中半分くらいは乗って行こうと考えていた俺の企みは挫折した。


 この国の都の名は「フォラクマ」といい、意味は都という意味らしい。なので自動翻訳魔法では都としか聞き取れなかった。10m以上の高さの城壁をぐるりと巡らせた城塞都市で、人口は7万人ほど。現代では市にも達しない規模だが、この世界では十分に大都市だった。


 道路は石畳で舗装され、立ち並ぶ家々は石造り。計画都市であり、さすがに都会の雰囲気が漂っていた。俺たちは厩付きの宿を取るととりあえず二日ほど休養を取り、それから首都の探索を始めた。


 腕を組んで。


 …いや、久々にロシナンテ抜きの二人切りではあるが。人通りもそこそこある天下の往来で男女がベタベタしながら歩くというのはどうなのか。ほら、目立ってる目立ってる。しかしカエデは意に介さず、腕を組むというよりは俺の左腕を抱きしめるようにしてニコニコしている。


「だって、初デートじゃない!テンション上がらない?」


 彼女の格好は薄手の白いワンピースで胸元がやや手薄だった。上からのぞき込むと危ない。そんな格好で俺の半袖で剥き出しになった腕にしがみついているのである。


 うう、なんというか、俺的にも色々まずい。彼女はホロウの村を出る頃からもう何というか絶好調で、毎日毎日この調子でとことん甘えてくるのだった。


 勿論だが俺だってカエデとイチャイチャ出来るのは望むところだし、肉体的接触だって男なのだから嬉しく無いと言えば嘘になる。


 しかし、旅の間はほとんど抱き合うようにして狭いテントで寝るわけである。ホロウまでの間は二人とも流石に恥ずかしいので背中を向けあって寝ていたのだが、ホロウから都までは俄然積極的になったカエデは文字通り俺にしがみついて寝るようになっていた。


 まずいのである。流石に中学生には早過ぎるのである。むにむにふわふわと柔らかい彼女と抱き合って寝ていると、色々我慢できなくなりそうなのである。その悶々期間をどうにかくぐり抜け、宿屋で別のベッドに寝るようになったらこの有様だ。


 困るのはカエデの方は俺のことを誘惑している訳ではなさそうということなのだ。単純に甘えている。初めて出来た彼氏と単純にイチャイチャしたがっているのである。なので、俺がうっかり何かをしようものなら、たぶん一発で彼女の信頼を失うことになるだろう。


 なので俺はちょっとある意味残酷な我慢を強いられていたのだった。


 ちなみに、こんなデレデレ状態なのであるから剣の方も凄まじいパワーを出してしまっており、鞘に収めてさえ唸り立ち上るオーラに恐れをなしたのか、道中モンスターとほとんど出会わなかったくらいだった。


 雑魚は逃げてしまうのでそれでも出てくるのはかなり大型のドラゴン(さすがに一番最初に出てきた奴よりは小さかったが)だったのだが、カエデの剣技も勿論とんでもないことになっており、鎧袖一触。ずんばらりんと一刀両断。まるで苦戦することはなかった。



 俺たちはとりあえず現金を入手すべく魔法用具の店を訪れた。モンスタードロップを買いとって貰うためである。


 なかなか大きな店で格調も高かった。そんな店に腕を組んでイチャイチャしながら入店した子供二人に店員はあからさまに不審そうな顔をした。


「モンスタードロップを買いとって欲しいんだけど」


 俺が言うと更に眉をしかめる。なんでこんな子供がモンスタードロップを持っているのか?という顔だった。俺は素知らぬ顔をしながらポケットから袋を取り出し、中身をジャラジャラとテーブルの上に転がした。


 店員の顔色が変わった。


「お、お客様。ここではあれですので、奥へどうぞ」


 と、俺とカエデは奥の応接間へと通された。お茶を入れて貰い、しばらく待っていると、この店のオーナーだという男性が現れ、俺の前に座った。


「お客様、こちらはどこで入手なさいました?」


 と、詰問口調で言う。カエデがあからさまにむっとしたのが分かったが、俺はあえて鈍感な振りをした。


「ノイツからここまでの道中ですよ」


「ですから、どこでですか」


 あからさまに窃盗品を持ち込んできたのではないかと疑っているようだった。まぁ、無理も無かろう。俺はしっかりと男性の目を見ながらはっきりと言った。


「ですから、道中で、全部、自分たちで倒して手に入れたものですよ」


 男性は驚愕の表情を浮かべた。俺は腰の剣を外して彼に見せた。


「魔法用具を扱っているのなら分かるのではありませんか?この剣が」


 鞘に入れたまま左手でぐっと突き出して見せる。俺でも分かるくらいのオーラが漂い、僅かに振動している。男性は顎が外れたかのように口をあんぐりと開いた。


「し、失礼いたしました!直ちに査定させて頂きます!」


 男性は自分のお茶のカップをひっくり返しながら部屋を飛び出していった。


 俺たちが持ってきたモンスタードロップはなんと金貨320枚で換金された。多少は俺たちもこの世界の物価を知っているが、これは結構凄い額である。ロシナンテを譲って貰ったとき、持ち主は自慢げに「こいつなら銀貨5枚にはなる」と言ったのだが、金貨一枚はおおむね銀貨30枚相当なのである。


 そりゃ、疑うわけである。中学生が数千万円相当の宝石を持ってきたら俺だって「どこで盗んできた!」と叫ぶだろう。


 そんな金額で買い取ってなお店の主人はホクホクしていた。それだけモンスタードロップは入手し辛いのだ。中でも一番最初のドラゴンのドロップは「余りに高価過ぎて買い取り出来ない。というかそれはドラゴンスレイヤーの証になるので持っていた方が良い」とのことであった。あいつ、そんなに凄い奴だったのか。


 結局、サービスでやってくれるというので、そのドラゴンドロップはペンダントに加工して貰い、カエデにプレゼントした。カエデは「俺からのプレゼント」という点に非常に喜んだ。元のドロップはそもそもカエデがやっつけたのだから彼女の物だと思うのだが、まぁ、いいか。


 俺たちは当面金の心配をしなくて良くなったことに満足しつつ宿へ戻った。



 次の日、宿の主人が寝起きの俺たちの所に血相変えて飛んできた。なんだなんだと引っ張られて宿の入り口に行ってみると、そこには羽根飾りの付いた帽子を被った、物凄く身形の良い男が立っていた。


「ノイツの村のショウ殿とカエデ殿でよろしいか?」


 男は帽子を脱いで慇懃に頭を下げながら言った。


「まぁ、そうだけど」


 出身地は本当はノイツじゃないけど説明が面倒だ。


 男性は満足そうに頷くと、手に持っていた巻紙を開くと、直立不動の体勢で朗々と読み上げた。


「勅命である。ノイツの村のショウ、カエデの両名は王城へと出頭せよ。これは勅命である」


「…は?」

 




 


 


 

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