第3話-2 異世界でダンジョン攻略に挑んでみた
リザードマンが巣くうという洞窟は村から森の中を1時間ほど歩いた所にあった。道中聞いたところによれば、だいぶ昔にやはりリザードマンが掘って巣くった後なのだとの事。モンスターが住み着かないように定期的に検査はしていたのだが、僅かな隙を突かれてしまったらしい。
討伐部隊は村の男7名と俺とカエデの9人。リザードマンの数は確認出来ているだけで10匹。まぁ、問題は無いだろう。リザードマンが情報通りのモンスターなら熊竜よりも強いということは無さそうだから、カエデの戦闘能力なら一撃でやっつけられるだろう。
だが、カエデはあまり楽観視していないようだった。彼女は昨日、わざわざ道具屋で少し値の張る鎖帷子を購入して自分も俺にもそれを装備させた。さらにその上から革の服を着る。そして革のヘルメットも買って被り、篭手も付けた。
いぶかしむ俺にカエデは言った。
「動物相手にするなら何よりもスピードが大事。だけど人間相手なら防御が大事になってくると思う」
「なんで?」
「うーん、動物はね戦う時に無駄な攻撃はしないものよ。必ず一撃で相手の急所を狙ってくる。でもね、人間はフェイントや脅しや嫌がらせのために相手を傷つけたりするからね」
リザードマンにそこまでの知恵があるかは兎も角、用心に越したことはないというのがカエデの意見だった。戦闘の素人たる俺にはよく分からないが、カエデが言うならそうなのだろう。
おかげで装備重量が増えたが、10日も徒歩旅をやった後なのでさすがに俺も歩き慣れしており。一時間では醜態を晒さずに済んだ。
リザードマンの巣は崖の岩の透き間を掘って広げた物らしく、奥行き10mほど。リザードマン用にしては人間が立って入れるくらいの高さがある。それを聞いてカエデは嫌そうな顔をした。
「それ、たぶん、リザードマンにも大きい奴がいるって事よね」
確かにそうでなきゃわざわざ手間掛けて大きな穴にする必要がない。村人の話ではあまり見られたことは無いが、大きめな種類も確かにいるとのことだった。今回の穴にいるかどうかは分からないが。
とりあえず状況把握のため俺たちは少し離れた所から巣穴を観察してみた。とはいっても双眼鏡など無いので、かなり接近しなければならなかったが。
1時間ほど掛けての偵察の結果、幾つかの情報が得られた。
リザードマンの数は最低でも十五匹。サイズはほとんどが普通サイズで二匹くらいやや大きめがいる。とりあえず守衛らしい二匹が盾と剣で武装しており、他の奴らはツルハシとかシャベルのようなものでせっせと穴を掘っている。穴の出口の周囲には掘り出された土が積み上げられており、その土の量からすると聞いていたよりも穴はかなり大きくなっているのではないかと思われる。
事前情報よりも数が多く、ダンジョン内部の地図も役に立たない。俺はようやくカエデが何を危惧していたのか分かってきた。
今回俺たちは、報酬を約束されて正式に依頼を受けている。ということは成功は義務なのである。失敗は許されない。その割に情報は当てにならず、俺たちはまだまだこの世界のことを知らない。
不確定要素が多すぎる。確かにこんなふわふわした状況で人と約束などすべきではない。俺は何となくで依頼を受けてしまった甘さを後悔した。同時に、こんな事でカエデに危険を冒させるわけにはいかないとも思う。俺は俺に出来る事でカエデを助けなければならない。
俺たちと村人はとりあえず作戦を検討することにした。
リザードマンは昼行性で、基本的には夜は寝てしまうらしい(竜種はほとんど昼行性。そのため道中夜は安心して寝ていられた)。なので夜襲は有効なのだが、残念ながら俺たちも村人も夜間戦闘の経験も知識もない。そんな中で暗いダンジョンで乱戦になるのは危険過ぎる。
そもそも広くもない上に詳しい地図も無いダンジョンに、大人数で突入するのはリスクが高すぎる。かといってリザードマンが全員自由に動ける状況で戦ったら数の優位でどうなるか分からない。
俺は考えた。
「奴らが巣穴から一匹づつ出てくるのをモグラ叩き出来れば最高だね」
「そうね。出来れば複数を相手にしたくない。でも、結構出入りが激しいじゃない。出掛けていた奴が後ろから攻撃してきても困るわ」
俺は少し考え、村人に幾つか確認し、一つの作戦を提案した。
時間は夕方。日が傾き始め、風景がオレンジ色に染まり始めた頃合い。
動物の死骸らしきモノを抱えたリザードマンが帰ってきて巣穴に入ると、穴掘り作業に従事していた連中は目に見えてそわそわし始めた。やがて道具を放り出してぞろぞろと巣穴に引き上げていく。予想通りだ。
集団生活をしているのであれば、当然だが役割分担がある筈で、穴掘りに従事していない奴はおそらく食料を探しに行ったのだろうと考えたのだ。食い扶持を保証しなければ労働を強制出来ない。
となれば狩りから帰ってきたリザードマンが帰ってくれば食事タイムだろう。奴らが料理をするかどうかは知らないが。動物は食事と排泄の瞬間が一番油断しているものだし、今なら巣穴にすべてのリザードマンが入っていると考えて良いだろう。
俺がねらったのはこの瞬間だった。
「よし!やろう!」
俺は剣を抜いた。カエデも頷いて抜剣する。とりあえず見張りの二匹を中の連中が出てくる前に倒さなければならない。
俺たちは出来るだけ身を隠しながら巣穴に接近。最後の10mは一気に走った。
「たぁあああ!」
カエデが気合いを込めて剣を振り下ろし、腹が減っていたのか、ぼんやりしていた見張りのリザードマンを一刀で斬り伏せた。瞬時に結晶化が起こりドロップが残る。
しかし見張りはもう一匹いる。そっちには俺と村人二人が襲い掛かった。三人同時に打ち込むが情けないことにそれだけでは倒せず、さらに追い打ちで俺が突き込んだ剣が急所を捕らえ、ようやく結晶化が起こる。
冷や汗を拭いながらダンジョンの奥を伺うが奥からリザードマンが出てくる様子はなかった。俺がこっそり驚いたことにダンジョンの中には灯りが灯っていた。さもありなん。昼行性なら洞窟暮らしするには灯りがいるわけだ。
しばらく待ったが、気が付かれた様子は無い。ほっとした俺はすぐに気を引き締め、予定の行動を村人に指示した。
巣穴の出口に幅1m深さ50cmくらいの穴を掘る。その辺りにリザードマンが使っている穴掘り用具が山ほど捨ててあったのでそれを使う。そしてロープを30cmくらいの高さで巣穴の出口に張り渡す。それから集めてきた生木を集めて火を付ける。もくもくと白い煙が立ち上る。準備良し。
俺はカエデと視線を合わせ頷くと、手に持った鍋を思い切り叩いた。
ガンガンゴンゴンゲンゲンと何人かで大音響を立てる。すると一気にダンジョンの中が騒がしくなり、足音がし出した。ちょうどその頃には生木は盛大に煙を噴出しており、村人二人が自分の上着を団扇代わりに振って煙を送り込んでいる事もあり、ダンジョンの中は白く染まっている。
怒号が響き足音が大きくなる。そして遂に最初のリザードマンがダンジョンを飛び出し・・・。
盛大にこけた。ロープに足を取られ、更にその先には溝。顔から地面に叩きつけられる。その後頭部に俺と村人がえいやと剣を振り下ろす。ビキーンと何かが割れるような音がして結晶化が起こる。
もちろん、一匹では済まない。次々とリザードマンが飛び出すが面白いようにコロコロ転げてそれをボコボコにする回みたいな感じで非常に楽な戦闘となった。これなら俺にもモンスターが倒せる。実際、上手く抜けだした奴を倒そうと待ち構えるカエデの出番は無く、13匹のリザードマンは結局すべて俺の剣によって結晶化させる事が出来た。
カエデは目を丸くしていた。
「凄い。ショウ!すごい!」
褒められれば嬉しいが、まぁ、上手く行って良かったよ。これで全部終わりなら楽だったんだけどな。
というのは、13匹で出てくるリザードマンが打ち止めになってしまったからである。後最低でも二匹いる筈。しかも出て来てないのはどうも大型のリザードマン。ラージ・リザードマンらしかった。
生木のたき火をどけて、煙が落ち着くのを待つ。中が見えるようになったが出てくる気配が無い。これはどうも困ったな。
「大きい奴は知能が他より高いのかも知れない」
「そうなの?」
「爬虫類は長生きすれば長生きするほど大きくなるからね。長生きすれば経験を積んで賢くなるんじゃないかな。まぁあれが爬虫類かどうかは知らないけど」
本当は踏み込みたくは無い。ガソリンでもあれば流し込んで燃やしてしまうという方法もあるのだが、そんなものは無いので、どうしても残りを退治するなら踏み込むしかない。
「大丈夫よ!ショウ!」
カエデがなぜか目を輝かせて叫んだ。
「ショウには格好良い所見せてもらったから、次は私の番!見てて!」
やる気満々である。手に持った剣が見るからに輝き、全身すらうっすらとオーラを漂わせている。ポニーテールに結った髪がパチパチと音を立てながら逆立って周囲の村人がドン引きしている。おいおい。
まぁ、これなら余程のことが無い限りリザードマンに遅れは取らないだろう。俺たちはカエデを先頭にダンジョンの中に踏み込んだ。
ダンジョンは背の高い男でもかがまずに通れる寸法で、数か所に不思議な灯りが灯してあった。何でも魔法生物たるモンスターは自分らの血液に火を付けると魔力が燃えるのだという。熱も煙も出ない便利な灯りだが、人の身では真似しようが無い。モンスターの生き血を絞れば良いのか?でも倒すと結晶化してしまうからダメか。
事前の予想通り単純な洞窟であった筈が枝分かれしており、かなり広くなっていた。じりじりと進む。そして粗雑な木の扉の一つにカエデが手を掛けた瞬間、それの内側から刃が突き出された。当然それあるを予測していたカエデの反射神経を上回る速度の攻撃で、カエデに突きが当たったように見えた俺は真っ青になったが、高い音がして刃は弾かれた。見るとカエデの顔の数十cm手前に虹色の輝きがある。剣の効果である魔法障壁だろう。
カエデが飛びずさると扉が吹っ飛んで中から俺よりもやや背の高いくらいのリザードマン。ラージ・リザードマンが短いが太い剣を持って現れた。
「不意打ちとは卑怯な奴ね!」
カエデは剣を中段に構え、瞳を輝かせる。体中から光が立ち上るのがはっきり見える。何というか、凄いな俺の彼女。今のカエデは人間越えてるぞ。勇者みたい。
しかし、俺は同時に気が付いた。ラージ・リザードマンはもう一匹いる筈。どこへ行った?扉はあと二つ。一つは開いて中が見えるが、もう一つは閉まっている。あそこだろうか?いや・・・。俺は灯りを見た。魔法の灯りは煙も熱も無いが、見た目は炎のようだ。それが、揺れている。
ち、当然予想しておくべきだった。俺がそう考えたのと悲鳴が上がるのはほとんど同時だった。
村人の一人が血を流して倒れる。俺は慌てふためく村人を押しのけるようにしてダンジョンの出口へ向かう。夕日を背景に大きな影が立っている。ラージ・リザードマン。大きな斧を持っていた。
そう。巣穴を拡張したなら裏口も造っている事を考えておくべきだった。もっとも、俺の前に立つラージ・リザードマンは泥だらけなので出来かけのトンネルを無理やり潜ってきたのかもしれない。
しかし、挟み撃ち。頼みのカエデはもう一匹を相手にせねばならないので動けない。必然的に俺がこっちは相手にしなければならないという事だ。背中をぞわぞわしたものが這っていくような心地がした。
正直言って俺はこの村まで来た道中で、自分の戦闘能力の低さを大いに自覚しており、とてもではないがこんな大物を相手に出来るとは思えなかった。だがしかし、村人は魔法の剣を持っていない。うかつに一緒に戦わせれば死人が出るかも知れない。ここはもう、覚悟を決めるしかなかった。
「カエデ!こっちは何とかする。君はそっちに集中しろ!」
俺は叫んで剣を構えた。おおお、俺の剣もビリビリと唸るように輝いており、それと共に体中に物凄いエネルギーが巡るのを感じる。過信は禁物だが、これならばなんとかなるのでは…。
「大丈夫よ!」
ゴウ!っともの凄い音がした。バキバキ、ピキピキ、キーンというような音。あれは聞きなれたモンスターを結晶化する音だろう。俺の正面に立つラージ・リザードマンが驚いたような挙動を見せた。
???となっていると、すっと俺の横に細いシルエットが現れる。なんと一刀のもとにラージ・リザードマンを倒してきたのだろう。伊藤 楓。カエデはニコニコとそれはもう嬉しそうな顔をしながら俺の事を見ていた。
「大丈夫よ。ショウには指一本触れさせないわ」
俺の事を見ているのだからラージ・リザードマンの事は見ていない訳である。それを隙と見たのだろうラージ・リザードマンは戦斧を振り上げて竜巻のような斬撃を放った。放ったが俺とカエデの数メートルも手前でそれは弾かれた。何が起こったのかと呆然としているラージリザードマンを放置して、太陽のような笑みでカエデは俺を見ている。というか全身が輝いている。
「ショウ、凄く、すごーく格好良かった。私を守ってくれたんでしょう?凄い。しびれた!惚れ直した!大好き!!」
「か、カエデ…」
「私も頑張らなきゃ!」
輝く乙女は剣を振り上げ、当然離れすぎて届かないところにいるラージ・リザードマンへ向けて振り下ろす。するとその一瞬剣がグーンと伸び、バシャンとらーラージ・リザードマンを一刀両断。爆発的エフェクトが起こって結晶化が起きた。後で聞いたところによれば、ラージ・リザードマンは相当に強いモンスターで、それが複数となると俺たちが最初に出会ったドラゴンよりもやばい相手だったらしい。しかしながら今の輝く恋する乙女にとっては何の障害にもならなかったらしい。
なんというか、反則では?というようなトンデモ攻撃で俺たちのダンジョン攻略は終了した。
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