第2話-2 喧嘩するほど仲が良いというじゃない?

 準備の時に役に立たなかったので、旅立ったらもう少し役に立とうと俺は決意していたのだったが、まぁ、練習で役立たずだった者が本番で急に上手くなる訳が無い訳で、俺は残念ながら旅立ってからも徹頭徹尾役立たずだった。


 そりゃそうだろうな。とがっくりしたが、その理由の半分くらいは俺が出来ないからではなく伊藤さんが有能過ぎるからだった。


 キャンプの経験で勝てないのは兎も角、本来同レベルである筈のこの世界についての知識でも、俺は完全に劣っていた。彼女はノイツの村で入念なリサーチを行っており、道中で使えるキャンプ適地、水場、簡単に食料が手に入る場所、食べられる木の実野草の種類とその調理法、捕まえ易い可食動物などをリストアップしてあったのだ。


 彼女は長期の徒歩旅行で多量の食べ物を背負って歩くのは現実的で無い事を知っており、非常用の硬いパン以外は食糧を用意しなかった。道中はほとんどが豊かな森の間の街道であり、食料の自給がそれほど難しく無いと判断してのことだった。


 この辺の思い切りと判断力は優柔不断な俺には真似の出来ないところであり、実際そのおかげで荷物が大幅に削減されて体力の無い俺は大変に助かっていた。


 しかも彼女は元の世界ではやったことも無かっただろうに、小動物を捕まえて捌いて調理して食べるという事も平然とやって見せた。何でも簡単な罠の仕掛け方を前に本を読んで知っていたとの事だが、それをぶっつけ本番で成功させることが既に凄く、捕まえた獲物をナイフで絶命させ、サクサク捌いてしまうところはもう驚愕の一言で、おまけに美味しく料理してしまうとなるともうこちらは平伏するしかない。


 おまけに道中で遭遇するモンスター相手の戦闘でも俺は役立たずだった。というか、出てくるなり伊藤さんがバッサバッサとやっつけてしまうので俺の出る幕が無かった。


 ちなみに、この世界のモンスターは古の邪神が世界を混乱するために振り撒いたという魔法生物で、厳密に言えば生き物ではない。このため、通常の武器で退治するのは出来なくはないが難しく、魔力を封じ込めたいわゆるマジックアイテムを使用するのが一般的だった。一番お手軽なのはお札を貼り付ける事らしいが、これは強過ぎるモンスター相手には効果が薄い。


 つまり俺と伊藤さんの剣はその手のマジックアイテムらしいとの事だった。マジックアイテムで退治されたモンスターは結晶化して宝石を残す。これはモンスター退治の証拠として使える他、マジックアイテムの原料にもなるため高く売れるとの事。


 ノイツの村に行くまではドラゴン以外のモンスターには出会わなかったが、今度の旅路では頻繁に、一日平均10回以上はモンスターとエンカウントした。これは例のドラゴンが他のモンスターを領域外に駆逐していたかららしい。

 

 モンスターの種類はほとんどが竜種で、犬サイズからクマサイズまでのドラゴンが色々出た。たまに毛の生えた系のライオンとヤギを混ぜたような奴も出たが、こいつは魔法生物なので結晶化してしまい肉は食べられず、伊藤さんがややがっかりした顔をした。


 食べられるのはトカゲ(竜種とは牙の生え方で見分けるらしい)と後はウサギみたいな生き物、それと大物では鹿みたいな奴がいた。こいつらはマジックアイテムたる剣では逆に殺し難く、罠で捕えた後にナイフで息の根を止める。俺にはそんな真似はいつまでたっても出来なかったが、伊藤さんは数日で達人の域に達したらしかった。


 つまり俺は彼女に、飯の世話から護衛から何から何までお世話になっている状態だったわけで、しかも体力が無いため休憩を頻繁に取らねばならず、荷物もむしろ伊藤さんの方が多く持っている有様で、情けないやらなんやらで少し落ち込んでいた。そして伊藤さんも次第にそんな俺の様子にいら立ちを覚え始めたようだった。


「もう少し進めば水場があるから頑張りましょう。秋川君」


「ダメよ、座り込まないで!もう少し行かないと予定の場所でキャンプ出来なくなる!ほら!」


「何やってるの!ぐずぐずしないでよ!え?足が痛い?少し我慢してよ!」


「ほら!おいてくわよ!全く愚図なんだから!」


 とまぁ日増しに内容も口調も厳しくなる一方であった。俺としても情けないので全力で頑張っているつもりなのだが、日ごろの修練の蓄積の差はいかんともしがたかった。


 長い黒髪をポニーテールにしてベージュの革の服に茶色のスパッツそして革ブーツの伊藤さんは制服姿とはまた違った意味で溌溂として素敵なのだが、日増しに眉間の皺が目立つようになっては可愛いよりも恐ろしい。単なる同級生なら距離を置けば済むが、一応二人は恋人同士でしかもこの世界では運命共同体だ。


 つまり逃げ場が無い。イライラを募らせる伊藤さんが棘のある言葉をぶつけてくると俺の方も売り言葉に買い言葉で文句を返してしまう場合がある。そうなればどこの世界、どこの恋人達でも必然的に起こるのは喧嘩である。


「仕方ないじゃないか!俺はウサギなんか捕まえた事無いんだよ!」


「捕まえたのは私じゃない!私はただ、逃がさないように抑えておいて、って言ったのにそれも出来なかったんじゃない!おかげで今日の夕食は無しよ!どうするのよ!」


「だからもっと村で食べ物買っておけば良かったんだよ!」


「何日前の話をしてるの!大体これ以上荷物を増やしたらあなたがもっと動けなくなるでしょ!今だってあんなにぐずぐずしてるのに!」


「そんな言い方無いだろ!俺だって頑張ってるのに!」


「頑張ってるなら弱音を吐かないでよ!すぐ疲れたとか足痛いとか!情けないったらありゃしないわ!」


 とまぁ、俺たちは様々な理由で口喧嘩をするようになってしまった。大体において原因は俺の不手際で、俺が悪いのだが、俺だって素直に謝れない事もある。


 喧嘩したってここはジャングルのど真ん中の街道で、夜になれば小さなテントでくっついて寝なければ仕方が無い(夜に突然雨が降る事も多かった)。ギスギスしながら顔を背けつつ背中をくっ付けながら眠るというのはそれなりに辛い事であった。



 口喧嘩が増えた頃に一つ気が付いた事があった。


 モンスターとの戦闘が発生すれば役立たずなりに俺も剣を抜く訳である。ほとんど使わないにしても。すると、その抜いた剣の重さが不思議と違う事に気が付いたのである。


 一番軽かったのはこの世界にやってきたあの日で、それから日によって増減するのだ。それに気が付いたのは伊藤さんと初めて口喧嘩した日の事で、その日は驚くほど重くなった。どのくらいかと言えばプラスチック製が木製になったくらいの差である。


 それからなんだか口喧嘩する度に重くなるのである。たまに道中、伊藤さんの機嫌が良い時(大きな獲物が獲れた時など)二人で楽しく話せた時などは逆に軽くなる事もあった。


 そしてどうもそれは伊藤さんも同じようだった。そして、その事はモンスター相手の戦闘で如実な影響として表れた。虎サイズの竜など、旅立った当初の伊藤さんなら一撃で倒せたものが、二撃三撃を必要とするようになってしまっていた。これではあの時の大ドラゴンはとても倒せまい。


 これはどうやら深刻な事態だという事に気が付いた俺と伊藤さんはある夜、たき火の傍で話合った。


「…どうもこの剣、私と秋川君の好感度で切れ味とか重さとかが変わるみたいね」


 その日の戦闘では犬サイズの竜種まで一撃でやっつけられなくなっていた。昨日また俺がへまをして、彼女と結構大きな喧嘩をしたのだった。


「好感度、なのか、仲良し度?なのかは分からないけど、そうだと思う」


「どういう仕掛けになってるのよ。どうやって私とあなたが喧嘩してるとか読み取ってるの?」


「分からないよ異世界のマジックアイテムの仕組みなんて」


「簡単に諦めないで少しは考えなさいよ!役に立たないんだから!」


「そういう言い方しなくてもいいじゃないか!ほら、喧嘩するとまた剣が弱くなっちゃう!」


 伊藤さんは更に言い募ろうとした口をむぐぐと無理やり閉じた。何かを飲み込むようにして、深呼吸をし、小さな声で言った。


「じゃぁどうするのよ」


「なるべく喧嘩しないように心掛けるしかないよ。お互いを怒らせないように考える」


「あなたがもっとちゃんとしてたら私は怒らないわよ!」


「いや、そういう問題じゃ無くて!」


 伊藤さんは立ち上がり俺の方へと詰め寄ってきた。炎に下から照らされる怒り顔が少し怖い。


「私ばっかり悪いみたいじゃない!そもそも秋川君が何もしてくれないから…!」


 ヤバイ。かえって彼女の怒りに火を付けてしまったらしい。そもそも彼女の言い分は事実なだけに反論出来ないのだが、俺が反論しないで縮こまってしまうとそれはそれで彼女の癪に障るらしいという事は分かってきていた。


 さりとて無理に反論してまた喧嘩になってしまえばそれはそれでまずい事になる。これ以上頼みの剣の威力が落ちれば旅路が危うくなる。


 俺の男女関係経験値の少なさでこのピンチを打開する方法なんて考え付くものではない。なので俺はもう必死で、それしか思い浮かばなかったので、頭の上で両手を打ち合わせて深々と頭を下げた。


「こめんなさい!」


 沈黙が森の中に満ちた。少なくとも俺の耳には何も届かなかった。伊藤さんの声がピタッと止み、聞こえなくなった。俺は頭を下げたままじっとしていた。彼女が何かを言うのを待っていた。


 やがて、何か変な音が聞こえてきた。やがてそれがはっきり聞こえるようになり、それが何の音かが分かってきて、俺は慌てて顔を上げた。


 俺を見下ろしている伊藤さんが涙を流していた。駄々漏れの涙、滂沱の涙を流していた。顔も覆わずべそべそと泣いている。美人が台無しだ。俺は慌てて、慌て過ぎたおかげでいつもなら絶対出来ないような事をした。すなわち彼女を抱きしめたのだ。


「伊藤さん!」


 伊藤さんは俺の肩に顔をうずめてしばらくグズグズと泣いた後、唸るような大きな声で言った。


「わ、わだしこぞ…、ごべんなざい…!」


 そして大声で、俺にしがみつきながら泣いた。うかつにも俺はこの時、伊藤さんが何について怒っていたのかに気が付いたのだった。


 彼女だって異世界に飛ばされ、世間と切り離され、しかもいきなり旅立ってやったことも無い徒歩の旅や野宿生活を強いられ、恐ろしいモンスターと毎日戦うような生活にストレスが溜まっていない筈は無かったのだ。寂しかったし、苦しかったし辛かったのだ。誰かに頼りたかったのだ。


 それが俺はまるで自分の事に一杯いっぱいで、彼女の様子に気を配ろうとしなかった。役立たずなりに彼女を慰めるなり支えるなりしなければならなかったのだ。俺は彼女を抱きしめながら自分の不甲斐なさと彼女の愛おしさに、少し涙が出た。


 なんとか、これからは伊藤さんを出来る範囲で助けていけるように頑張ろう。俺はそう決意した。



 次の日からしばらくは、伊藤さんの調子も剣の調子も絶好調だった事は言うまでも無い。

 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る