第2話-1 異世界で冒険の旅に出ることにした
俺がひっくり返ったせいでその日はそこで野宿する羽目になったものの、次の日はどうにか動けるようになったので、俺たち二人は移動を再開し、半日ほど歩いたところで漸く人家のあるところに到着した。
かやぶき屋根に土壁という、今となっては資料館とか再現村にしか無いような家々が二十戸ほど立ち並ぶ村だった。簡単な柵で周囲を巡らせてあったが入り口に門番などはいなかったのでそのまま入った。
出会った人々はなんだか派手な色彩の、なんとなくファンタジーっぽい服を着ていた。ファンタジーとは俺の頭の中ではヨーロッパかどっかの中世っぽいという意味である。勿論、そんなに詳しいわけでは無い。
人々はあからさまに俺たちを警戒していた。というか、進入してきた俺たちに驚愕し、女子供は避難し、男たちは棒のような物を持って集まってきた。やばいな。やっぱり勝手に入ってはまずかったのか?
俺はとりあえず敵意は無い事を示すために両手を軽く上げ(もっとも剣とブレザーを両手で持っていたのでそれを持ったまま上げたので、相手に意図が伝わったかは分からない)手近な人に声を掛けてみる。
「えっと、ちょっと道に迷っている。ここに来たのも偶然だ。ここがどこなんだか教えて欲しい」
言ってから言葉は通じるのか?と不安になったが、一応反応があった。ざわざわとお互い何かを言い合った後、代表者っぽい男が言った。
「ここはノイツの村だ。お前らはどこから来た?」
?明らかに日本語ではないのに意味は通じるな。それに向こうもこっちの日本語が理解出来るらしい。詳しい理屈は分からないけど、通じるならいいや。
「ニホンだ。多分、凄く遠い所。俺たちは飛ばされてきた」
ニホンという単語には全く心当たりは無さそうだったが、飛ばされてきたとという事には得心がいったらしかった。
「迷い人か。ならばその言葉や格好には納得だ。しかし、運が良かったな。このところこの辺りの街道には人食い竜が出て通行出来なくなっているのに。出会わなかったか」
ああ、あのドラゴンの事か。つうか、やっぱりアイツ人間喰うのかよ。
「ああ、出会った。でも倒せた」
俺がそう言うとどよめきが起きた。
「倒した?竜をか?本当か?」
「ああ、正確には倒したのは彼女だけど…」
「余計な事言わなくていいわよ」
伊藤さんが俺の背中を叩く。代表者の男は半信半疑で俺の事を見ていたが、思い付いたように言った。
「竜を倒したなら証が出ただろう。見せて見ろ」
証?言われて俺は例のドラゴンを倒した時の宝石を思い出す。ブレザーのポケットから取り出してハンカチを開く。光が脈動するような妖しい宝石。それを見て村人たちが本格的に驚愕した。
「ど、ドラゴンドロップだ!」
「凄い!本当にあれを倒したというのか!」
「やった、これで街道が通れる!交易が出来るぞ!」
大歓声が起こり、村人たちが躍り上がる。代表者の男は駆け寄って俺の手を握った。感激の面持ちで叫ぶ。
「ありがとう!良くやってくれた!君たちは村の恩人だ!」
なんでもあのドラゴンのおかげで街道が通れなくなり、交易が出来ず、物資が足りなくなって大変困っていたとのこと。
村の男たちではどうにも出来ないレベルのモンスターだったらしい。そんなレベルのモンスターを一撃で倒した伊藤さん何者だよ、という事になってしまうが。
何しろ感謝されたので村の宿屋に無料で泊まらせてもらった上に歓迎の宴まで開いてもらった。残念ながら未成年なので酒は遠慮したが。
報酬代わりに当座の生活費と衣服などの提供も受けた。至れり尽くせりだ。俺と伊藤さんはしばらくこのノイツの村に滞在することにし、色々この世界についての情報収集もしてみた。
どうも話を聞くところによれば、この世界ではどこか遠くから飛ばされてくる迷い人はそれほど珍しい存在では無いらしく、十年に一度くらいはやってきた記録が残っているらしい。
そういう迷い人はこの世界に根付いた者も多いが、ほとんどは元の世界に戻るために、大神殿があるクスリュピースという都市へと向かうのだという。そこには大神殿だけに大神官がおり、大神官は世界の理に詳しいのだそうだ。
行けば元の世界に戻れるのかどうかは定かでは無いらしいが、とりあえず元の世界に戻りたがる迷い人のはクスリュピース行きを勧めるそうだ。
当たり前だが俺も伊藤さんも元の世界に帰りたかったので必然的にクスリュピースを目指す事になった。ところがこのクスリュピースとやら。聞けばノイツの村から途方も無く遠いらしい。何でも海を越える必要もあるという事で、この世界の距離感覚が分からない現状では雲を掴むような話だった。
少なくとも三日四日で元の世界に帰り、春休み明けには学校に戻れるという程お手軽な冒険にはならなそうだぞ。という事だけは分かった。
そういう話を伊藤さんとしたのだが、伊藤さんは予定される旅路の壮大さにウンザリしたような顔こそしたものの、あっさり現状を受け入れた。
少なくとも表面上はホームシック囚われ泣きわめいたり、現代に比べれ遙かに不便な生活(なにせ水道からして無い)に癇癪を起こす事もなく淡々としていた。むしろPCもマンガもアニメも無いこの世界にがっくりしていた俺の方が少し平常心では無かったかも知れない。
この世界風の衣服。肩のところが少し膨らんだ白いシャツの上から臙脂色のエプロンドレスを着た彼女はこの世界では黒髪が珍しくないこともあってこの世界の人間と見分けが付かなくなっている。ただし、農村の女性としては腰に剣帯で下げた剣が異彩を放っていた。
もしも旅に出るのであれば俺たちの生命線はこの妖しげな剣となる。いつでもあの時のように凄い力を発揮してくれるのであれば何よりだが、そうでなかった場合すぐさまゲームオーバーになってしまうだろう。俺と伊藤さんは剣のことを調べることにし、色々と実験してみた。
その結果、いくつかのことが’判明した。
まず、この剣は俺と伊藤さんにしか使えない。他の人に持たせようとしたのだが、余りの重さに持ち上げられないとのことであった。これは俺が伊東さんの剣を持とうとしても同じ事だった。
そして、二本の剣はあまり引き離すことが出来ない。10m引き離すだけで両方とも重くなり始め、100m離れると持つのも困難な重量になる。
つまりこの剣を使用する際にはお互いが自分の剣を装備した状態で10m以内に近接した状態に居なければならないという事である。これはお互いの単独行動が不可能になることを表しており、なかなか地味に難しい運用条件と言えた。
実際にはもう一つ、困った特性をこの双剣は有していたのだったが、この時はまだ分からなかった。
とりあえずノイツの村からこの国の都までの地図はあるとの事であったのでそれを貰い、当面は都へと向かう事にした。
とはいえ、交通手段は徒歩。いったい何日掛かるか分からない。それに途中にいくつか村や町が挟まるとはいえ、かなりの晩を野宿しなければならない事は確実。
インドア派には厳しい旅路になりそうで早くも俺は心が折れ掛けたが、伊藤さんはなんだか楽しそうに旅の装備を買い集めていた。正直、キャンプ経験がほぼ無い俺は役に立たず彼女に準備は丸投げすることになった。
テントや寝袋代わりの毛布、持ち運びの容易なサイズの鍋釜ならまだ用途が想像出来るが、ぼろ切れやハッカ油などは何に使うのか首を傾げてしまう。
「ぼろ切れは焚き付けに良いし、ハッカ油は虫除け」
と言われて、ははあ成る程とは思うが、その必要性がイマイチ理解出来ないのがベテランと素人の差というものである。実際、たき火は簡単には起きないものだし、虫刺されだけで腫れたり時には熱病に感染したりもするのだからこういう準備は大事なのだと後で知った。
ぶっちゃけゲームなら武器防具を整え、ポーションの類さえあればキャラクターは冒険に出てしまうのでその感覚でいた俺はまぁ、クソの役にも立たなかったと言って良く、そのせいで伊藤さんが俺をみる視線が日に日に冷たくなったのも無理からぬ話であった。
武器防具も無論買った。正直RPG大好き人間としては心躍るお買い物であったのだが、残念なことにこの村にはいわゆる武器屋は無く、道具屋の隅っこに僅かにあるものから選ばなければならなかった。
しかも、亜熱帯という気候の条件と徒歩で旅するという条件からして重装備の鎧甲は選択として論外。となると革の衣服に多少鋼板が張り付けてある程度の鎧とも言えないものしか選べなかった。まさに初期装備「革の服」だ。
武器は例の剣だけではやや心許ないし、キャンプではあると便利だと伊藤さんが主張したので大きめのナイフを購入。腰の後ろに装備した。
残念ながらこの世界には飲めば体力が回復するようなポーションなどはなく(魔法はあって聖職者がいれば治療魔法を掛けられるらしい。それが医者代わりな由だがこの村にはいないそうだし、居ても同行してはくれまい)怪我に効く薬草を摺り潰した軟膏や毒に効くという木の樹液を煮詰めたものという怪しげな薬で満足するしかなかった。
とりあえず装備が整ったと判断した俺たちは、ノイツの村を後にした。村に入ってから8日後のことである。
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