第12話 交渉
——…………——
——……て……ね?——
——聞こえているかね?——
ふと気がつくと、頭の中に繰り返し声が届いていた。
——ここは……どこだ。ゆき、大丈夫か?——
全く視界が効かないため、手探りで周りを探そうとして
まるで水中や宇宙空間にいるかのように、身体の周囲で触れられるものが何も無い。
いや、それどころか己の身体の存在すら感じられなかった。
ふん、こうきたか。これなら昔、何度か経験した事がある。
——梶さん、大丈夫ですか? 私はここです——
不意に俺自身を、居心地の良い温かい気配が包み込んだ。ああ、この気配を俺は知っている。
ゆきといる時の、あの感じだ。
——私達、どうも魂だけがここにいるそうなんです——
困惑したゆきの感情が伝わってくる。そりゃそうだよな。俺だって初めてだったら戸惑うわ、こんな状況。
——汝等が我々と話すためには、こうするより無い。受け入れられよ——
どこからか再び、声が聞こえてきた。
頭の中に直接聞こえてくるようで、声の出所は全く分からない。
しかし少しでも情報を得ようと、全身の神経を張り巡らせて周囲を探ってみる。
……なるほど。目に頼るのを止め、周囲の情報を身体全体で受け止めてみると、俺の主観の中での正面に、大きな気配を感じる事ができた。
——あんたらが
やばい、この状況はまずい。ここでは心を読まれちまう。
そんな風に考えた俺の思いは、早速相手に伝わったようだった。
——汝は少し勘違いをしているようだな。我々は心を読んでいる訳では無い。表層意識で思った事が、そのまま相手に伝わるだけだと思いたまえ——
——隠し事できないって意味じゃ一緒だろうが。俺達はそんな器用にはできてねえよ——
なるほど。思ったことは全て筒抜けか。上辺だけ敬意を払うフリなんかは出来ないって訳か。
そんな風にチラリと思った次の瞬間、相手がクスリと笑うようなニュアンスが伝わってきた。こりゃあ、やりにくいったら無いな。
——……ゆき、自分が作った料理のレシピは覚えてるんだよな? あいうえお順に全部思い出してみろ——
俺の言葉に一瞬ゆきの怒りの感情が伝わってくる。だが、あいつも馬鹿じゃない。
それが心を読まれないための防御法だと気がついたのだろう。すぐさま膨大なレシピが伝わってきた。いや、頭の回転早すぎだろ。
ふと味の記憶が蘇って余計な事を考えそうになるが、思考を
——俺達がここに来た理由も、もう把握してるんだろ?——
——然り。汝等が我らの
なるほどね、精霊を呼び出す呼び出さない以前に、御守り自体が一種の
——なら改めて言うまでも無いだろう。俺達としては問題を大きくする気は無い。子供達だけでも返してもらえないだろうか——
俺の発言に、ゆきから抗議の意思が伝わる。だからこっちの話聞いてんなよ。
悪いが俺は聖人君子じゃない。過去の被害者は可哀相だとは思うが、まず今回の問題を解決するのが最優先だ。
——残念ながらそれは出来かねる。何故なら、我々はその事態を感知しない——
……っ。そうきたか。確かに何も知らないと言われてしまえば、対処は出来ないよな。
——お前達の
——あれは道を見失った者の願いを叶え、前に進む手助けになるようにと、数多の世界に播いたもの。御守自体の所在は把握しているが、それによって誰の身に如何なる事態が起ころうとも、こちらの感知する所ではない——
その言葉に、俺より先にゆきがキレた。
激しい怒りが伝わってくる。
——それによって苦しむ人、悲しむ人が生まれても関係無いと? それは余りにも無責任過ぎませんか?——
——それは実際に使用したものの責任であろう。汝等の世界では違うのか? ナイフや銃を作ったものは罰せられるというのか?——
ああ、確かにそこだけ聞くなら、奴等の言い分は間違っちゃいない。確かにその通りだ。
だが、そんな詭弁が通ると思うなよ?
——違うだろ。お前等がやっているのは、飢えた人の前に麻薬入りの飯をばら撒いてるのと同じじゃねえか。それで許されると思うなよ——
——それは見解の相違である。我々に悪意があるという証拠でもあるのかね?——
驚くことに、奴等から伝わってくる感情に悪意というものは感じられなかった。
むしろその、悪意の無いのが恐ろしい。確かに食材に対してそんなもんを覚える生産者はいないわな。こいつらは我々を対等な存在とは考えてないのがよく分かる。
それから言葉を変え、幾度か奴らの行為を責め立てたが、その態度を変わらず、好意でやっているという姿勢を崩す事は出来なかった。
——……まあいい。ならば、逆に言えば彼らの身がどうなろうとお前らは感知しないと、そういう事だな?——
——然り——
——わかった。ならもう用は無い。帰らせて貰おうか——
……とは言うものの、帰り方が分からない。業腹だが奴らのアクションを待つしかない。
だが、奴らからのリアクションは無かった。
——おい、聞いてるのか? 俺達を解放してもらおうか——
——悪いが、それは出来かねる。汝等は心ゆくまでここで過ごしてもらおう……と言いたいところだが——
そこで初めて奴の声に忌々しいという感情が込められた。
——まさか黒姫に連なるものと一緒とは。しかも
苦々しげにそう呟いた次の瞬間、俺の視界は眩い光に包まれた。
どこからか、奴らの声が聞こえてくる。
——何処へなりとも去るがいい。汝等がいかに足掻こうと断絶した世界に辿り着く事などできぬ——
その言葉を最後に、俺は再び意識を失った。
✳︎
「おい。いい加減目を覚ませ」
そんな声で俺は再び意識を取り戻した。
そこは
目の前には先程会った……名前は何だったかな。大尉が腕組みをして立っている。
ゆきは俺の隣で気を失っていた。まだ目を覚ましていないようだ。
「……まさか招かれざる客が、神の御許から戻る事があるとは。聞いた事が無い」
「霊験あらたか、ご利益満点の御守りのお陰でね。あんたも一つどうだい?」
俺の軽口に応えず、大尉はサッサと歩き出した。
「来た所まで送ってやる。君達はとっとと自分の世界に戻るがいい」
こりゃ余計なとこには顔出さず、とっとと帰れって事だな。まあ厄介事をこれ以上抱え込む気は無い、ああ勿論言う通りにするともさ。
俺はゆきを背負うと、大尉の後を着いて行った。
……名前、もう一度聞くべきかね。まあ、いいか。
「そうだ大尉、帰り道は東口じゃないんだ。悪いが西口に連れて行ってくれないか?」
俺の言葉にこちらを振り返り、軽く眉を顰めたが、あごで右を指すと何も言わず歩き始めた。
ま、伝わったんで良しとしよう。
さあ、後は辿り着けないと言われた世界に子供達を迎えに行こうじゃないか。
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