第2話 悪魔が棲む家
休日 日曜、年末年始
これが先週金曜日まで僕が勤めていた会社の求人に記された条件である。
それでも、高校を卒業したあとに就職した会社も長く続かず長い期間フリーターをしていた僕が、頭金なしで都内に戸建て住宅を買うローン審査を一発で通過できるだけの年収を得ていたのも事実だ。
入社して10年、人生の時間の大半を会社に捧げることで、それ相応の給料をもらう毎日も、娘が生まれたことを境に歪が生まれてきた。
これまで僕のやりかたについて一切口出ししなかった妻だが、はじめての育児にストレスを感じているのは明らかで、不満を口にするようになった。
土曜日。平日なら絶対に座れない通勤電車も、この朝だけは座って通勤することが出来る。この僅かな時間に缶コーヒーを飲むのが
唯一の安らぎだったが、妻にはそんなひと粒の安らぎも与えることができなかった。
6時に家を出て22時近くに帰宅する毎日ならば、1歳にもならない娘の中の登場人物に僕が出てくるはずもない。
日曜日、ただただ家にいる僕を悪魔を見るような瞳で見て、その日は一切目を合わすことがなくなった。
家族3人での外出も妻の傍を離れることはなかった。同じテーブルを3人で囲み、妻と僕が言葉を交わす間も、娘は何かを我慢するように口を閉じ、テーブルクロスの模様を指でなぞった。
「児童館から帰ろうとしないのよ」
娘が寝静った食卓で、妻は何気なく話してくれた。
週3で遊びに行く児童館の職員のお兄さんが大好きらしく、無理やり引き剥がすまでお兄さんから離れないらしい。
妻も、父親のように遊んでくれるお兄さんに娘を任せている間が、唯一安らげる時間だと言った。
そんな言葉の意味を自分のなかで消化しきれず、それでもやってくる朝に疑問を持つようになった。
悪魔が棲む家は、かろうじて正気を保っている妻が作ってくれる空気感だけで成り立っていた。
悪魔がいた足跡を残さぬよう、僕が家を出て娘が起きてくるまでの僅かな時間に、空気を入れ替えることが妻の日課になる。
この家に、この家族に僕は存在するのだろうか?
妻のとなりで寝息を立てる娘の寝顔を見てから自分の寝室に移動し、眠りにつくまでのほんの僅かな時間。こんなことを考えてしまう。
娘も、妻も、僕も本当の意味での父親を欲しがっているのではないか。
家族を構成する3人が、同じ未来を夢みるようになったと感じた。
クリスマスが近づく街。
建物から漏れてくるジングルベルを背中で聞きながら、娘のことを考える。
何が好きで何が欲しいかなんて想像もつかないけどサンタさんからのプレゼントなら受け取ってくれるはず、なんて淡い期待を抱きながら閉店間際の百貨店を出た。
...仕事辞めるかなぁ
そんなことをはじめて考えた。
無数のLEDで飾られた街路樹が眩しすぎて、不意に涙が出た。
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