転職日記
鷹宮 茉綾
第1話 青い空
「ほなら、行ってくるわ」
朝6時。
娘はまだ寝ている。飼い猫にごはんをあげに玄関に降りてきた妻は何も疑うことなく僕を送り出した。
普段なら最低限剃っていく髭を、今日は伸ばしっぱなしにしていることさえ妻は気がついていない。
いつもの朝。
まだ夜が明けきらない冷えた道をひとりトボトボ歩き出す。
行く場所なんてない。
しばらく歩くと最寄の駅が近づいて来た。
いつもなら特快に乗る時間を気にしてペースを上げるところだが、今日は駅へと急ぐ人々に道を譲った。
乗るべき電車がないからだ。
トロトロ歩く僕を通勤の人は軽蔑の眼差しで見た。
僕も負けずに社会の末端で働く社畜たちを軽蔑の眼差しで見る。
その社畜ですらなく、35年の住宅ローンを2年払っただけの無職である僕は、行く場所もないのに駅の改札に向かう階段を登り、反対口に出ると、マクドナルドに吸い込まれた。
混み合うカウンターでモーニングセットを注文し席に着く。
熱いコーヒーを舐めて、ハッシュドポテトをかぶりつく僕には無限の時間がある。
浅いため息を吐くと、スマートフォンを取り出しスーパー銭湯の開店時間を調べた。
「空が青いなあ...」
スーパー銭湯。
早速露天風呂に浸かり、東京からでも富士山が見えるくらいに澄んだ空を見上げた。
ご年配の方々が朝風呂を楽しんでいる。
平日朝9時に露天風呂に浸かれるのは、定年を迎えおおよそ人生をあがった人か、はたまたあまりある富を手にし、ひとつの意味での人生をあがれた人のどちらかだと思っていた。
そのどちらでもない僕が、人生の先輩方と肩をならべ風呂に浸かっている。
雲ひとつない空。すべての人を平等に照らしてくれる陽が、僕には眩しかった。
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