いつもの三時

道端道草

第1話 いつもの三時

 「大地だいち! くれ!」


 県大会ベスト4を掛けた試合の終了間際。

カウンターから一気にピッチを駆け上がる僕に、数メートル先の健太がボールを要求する。

しかし健太けんたにはディフェンスが二人付いて、とてもパスを出せる状況じゃない。

体力の限界も近く、0対0の接戦で僕はかなり疲弊していた。

だがこんな状況にも関わらず、僕の頭だけは冷静だった。


 周りがいつもよりもよく見える。


 右斜め後ろからチームメイトが追いかけてくる。


 すぐ横には今にもボールを奪いに来そうな相手選手。


 ベンチからはコーチが大声で指示を出し、ベンチメンバーは神様にでもお願いするように、不安そうな表情を浮かべていた。


 タイミングを計り、僕のボールを奪いにきた相手選手を交わす。

足元のボールはいつもより僕の足にフィットし、今ならどんな細く狭い所でも精密にパスを通せそうだ。

ハーフラインを超え、相手選手が一瞬だけ僕から目を離す。

その瞬間を狙っていたかのように、一気に加速する健太。

僕たちの間に特別な合図があった訳ではないが、僕の足から離れたそのボールは、相手のディフェンスの間を通り抜け、健太の足元にしっかりと収まる。

絶好の位置でボールを持った健太はご自慢のシュート力でそのままゴールネットを揺らす。


 湧き上がる歓声で空気が揺れている。

僕の鼓膜を揺らし、それを頭が理解するのには少し時間が掛かった。


 満面の笑みを浮かべ僕にハイタッチを求める彼は、あの頃と何も変わっていなかった。


                ※


 雪なんて滅多に降らない地域なのだが、今年はやけに雪が降り積もる。

小学生の頃は雪が降るとお気に入りの手袋を付けて、よく雪ダルマを作ったりしたものだ。

中学になってからは外で遊ぶ事もなくなり、友達の家でテレビゲームや携帯のオンラインゲームで遊ぶ事が増えた。

昔みたいに体を動かすような遊びはめっきりと減り、それが成長なのだろう、といつしかそう思うようになっていた。


「大地もこっちきて一緒にやろうぜ」


 窓際で外を眺める僕に、友達がそう呼びかける。

別にゲームが嫌いな訳ではないが、毎日する程好きでもない。

でもそんな事を口にすれば、「じゃあ今度から誘うのやめる」と言われそうで少し臆病になる。みんなの前ではゲームが好きな中学生を演じ、外で遊ぶ事を常に我慢するようになった。


 僕は大きなテレビに映る奇妙なモンスターを、三人の友人が笑いながら倒すのを眺め、大きくため息を吐いた。

小学生の頃に使っていたスパイクやボールは今も家の隅に転がり、いつ使われるか分からないのに、彼らは健気にその時を待っているように見えた。

昔はがむしゃらにボールを追いかけていたのに、今ではゲームのコントローラーを握り、相手の操作するキャラクターを追いかけている自分に嫌気がさす。


 僕たちの通う中学にも当たり前のようにサッカー部はある。

でもあるだけだ。学校の決まりで必ずどこかに所属しなくてはいけないので、とりあえず入部した人が溢れかえっている。もちろん練習なんてない。

部室は先輩たちが占領し、ゲームを持ち込みやりたい放題やっていた。

顧問もバレないようにしろよ、と特に注意する訳ではなく、サッカー部は事実上存在しないものだった。


 僕はそんなサッカー部の現状を目の当たりにし、幻滅したのを今でも忘れない。

それでも自分がその部を変えればいいと思い、最初は同級生を集め練習をしたりしたが、結局それも長くは続かなかった。

みんな先輩たちのように、サッカーよりも画面の中の敵を倒すことに夢中になっていく。


「大地もさ、サッカーなんてやめて一緒にゲームしようぜ」


 友人から掛けられる言葉に「僕はサッカーがやりたい!」と意地を通す事も出来ず、コントローラーを握る。

人の意見に流され、嫌われないように上手く自分を演じ、その場に適した行動を取る。

そんな自分が大嫌いで仕方ない。


「また明日なー」


 ゲームのボスを倒す頃、時刻は既に十七時を過ぎていた。

明日は新発売のゲームをみんなでやる約束をし、僕らは友人の家を後にした。

ザクザクと雪を踏みしめると徐々に靴の中が湿る。

冬の冷たい風は頬を逆なで、僕は身を丸めながら家路を急ぐ。


 僕の家は母校である小学校の近く。

大きなグラウンドにある長い石段を登り、校舎を横切り、学校を抜けるとすぐに家が見えてくる。いつものようにグラウンド側から軽快に石段を登る。

普段はサッカーや野球で賑わっているグラウンドも、今日は真っ白な雪で覆われ、静寂なグラウンドになっていた。

こんな天気だからどこのチームも休みなのだろう。

そう思った矢先、雪の上を力強く走る人影が目に入った。


 身長は僕よりも少し高いだろうか。

見た目は大人びて見えるが、高校生のようにも見えない。

近所の子供ならすぐに分かるはずなのだが、彼はどうも見覚えが無い。

どこか違う地区から遊びにでも来たのだろうか。


 大きく蹴り出したボールに向かって走る彼は、僕の前にあるサッカーゴールに向かってシュートをしようとしている事はすぐに分かった。

ボールに追いついた彼は、左足で踏ん張り右足を大きく振り上げる。

そのまま勢いよく蹴ったボールはゴールの枠を大きく外れ、なぜか僕の方へと飛んできた。


「危ない!」


 そう叫ばれた時には既に遅かった。

彼の蹴ったボールはゴールのネットではなく、僕の脳を揺らす。


「おい! 大丈夫か?」


 彼は慌ただしく駆け寄ってきた。


「大丈夫です」


 なんとか返事をする。


「まさか人に当たるとは思ってなかったよ。すまんな」


 僕の返事を聞いて安心したのか、彼は大きな声で笑い僕を立ち上がらせた。

横に並んでみると、身長は僕とそう変わらず、顔立ちも幼いように見える。


「サッカー好きなんですか?」


 なんでこんな事を聞いたのか分からない。

でも一人でも夢中でボールを追いかけている彼を見ていると、なぜだか元気を貰えた。

僕も好きなようにしてもいいんじゃないかって。


「好きじゃなかったらこんな雪の中やんないだろ」


 彼は白い歯を見せ笑った。


「シュートしてたけど、パス出しましょうか?」


「お前もサッカーやってんの? でもその靴じゃ無理だろ」


 初対面の相手になんでこうも馴れ馴れしいのだろう、と疑問に思ったが彼に指摘する勇気もないので放っておく。


「あ、そうか」


 雪で濡れた靴を見て、アップシューズでも履いてくればよかったと後悔する。

だが、家を出る前の僕が、帰り道にこんな事になるとは予想出来るはずもないと思い、すぐに納得した。


「明日。三時に来いよ。一緒にやろうぜ」


 残念そうにしている僕に気を使ったのだろうか。

それとも彼も僕と一緒にサッカーをやりたいのだろうか。

彼の言葉にどう応えるのが正解か考えていると「ところでお前何年? 小学生?」と尋ねてきた。


「いや、中学一年です」


 彼から見た僕は、小学生に見えていたのかと思うと、少し悲しくなった。

中学に上がっても小学生に見られる事は多々あったが、同い年ぐらいの彼にそう訊かれると少しショックを受けてしまう。


「なんだ、俺と一緒じゃん。敬語使ってくるから、年下かと思った」


 彼は僕の肩をポンと叩くと「タメ語でいいよ」と優しく微笑む。

僕は「分かった」とぎこちなく返事をした。


「俺は健太。お前は?」


「僕は大地」


 サッカーの約束をした後に自己紹介するのはどこか違和感があったが、彼はそんな事気にもしていないようだ。

それよりも同い年の僕がサッカーに興味を持った事が嬉しかったのか「今日はもう帰るから、明日またやろうぜ」と楽しそうな表情を浮かべていた。

彼の表情をそのまま受け止めてもいいのだろうか。

僕は自分問いかけるが、納得の行く返事は返ってきそうもない。

結局彼に言われるがまま、明日の三時にここでサッカーをする事になった。


 翌日、友人の家にサッカーボールとスパイクを持って遊びに行った僕は、約束の三時を心待ちにしていた。

友人たちは僕がなんでサッカーボールを持って来たのか不思議そうにしていたが、深くは追及しなかった。

今日は新発売のゲームだけあって、いつもと盛り上がりが違う。

それは僕も同じだが、僕の場合はゲームの興奮よりも久しぶりのサッカーに対しての興奮だ。


 昼の二時を過ぎた頃。家の用事があると嘘を吐き、友人の家を飛び出した。

嘘を吐いてまで彼らとの遊びを中断する事は少し躊躇ったが、そんな気持ちはすぐに消え去った。

今日もまた深々と冷え込む中、グラウンドを雪が染めていた。

昨日とは違い、誰かが歩いた後がチラホラ残っている。


 久しぶりのスパイクは少し指先が窮屈に感じたが、そんな事は気にしない。

空気の抜けたボールは、昨日しっかりと補充してきた。

誰もいない冬休みのグラウンドを独占し、思う存分ボールを蹴るのはいつ以来だろうか。

思わず笑い声が溢れ出る。

ボールは昔みたいに僕のいう事を聞かないが、それもまた楽しい要因の一つだろう、とか考えながらシュートも打たずにひたすらドリブルを続けた。


 十分ぐらい走り回り体が温まってきたところで、ゴールを狙う。

ペナルティーエリアの数メートル前。

僕の一番得意な位置から、右上の隅を狙い放たれたボールは、大きく弧を描き、ゴールネットを揺らす。はずだった。


「下手くそー」


 大きく外れたシュートにダメ出しをする彼は、屈託ない笑顔をしていた。


 たった数カ月サッカーをしていないだけで、感覚が全く違う。

今まで当たり前と思っていた事が全然思うようにいかないのだけど、心臓は常に高鳴り続けていた。


「さっ! やろうぜ!」


 二人揃ったところで早速彼の足元にパスを出すと、彼はそのままシュートを放ちゴールネットを揺らした。

昨日見て思ったが、彼のシュートは中学生の物とは思えない程の威力があった。

あんなシュートを放たれたゴールキーパーは可哀想だなと同情してしまう。


「コーナーから上げれる?」


 そう尋ねる彼は何やら考えがあるようで、僕は指示通りコーナーからセンタリングを上げる。

大きく上がったボールをヘディングで対応しゴールを決めるが、彼の表情は不満そうだった。


「違う、違う。足元にちょうだい。それをドーンとボレーで決めたいんだ」


 プロみたいな要求をされる。

僕は心の中では無理だろと思ったが、とりあえず要求された所に、自分なりに蹴ってみる。

次は彼の前でワンバウンドし、それを無理やりな姿勢でシュートする。

またしても不満そうな表情を浮かべ「もっと上」と細かい指示が飛んでくる。


 結局その日は一度も納得のいくプレーが出来なかった。

僕がというよりは彼がだけど。


「また明日も同じ時間に集合な」


「分かった」


 半ば強引な約束でも僕からすれば嬉しかった。

好きな事に夢中になれる彼がどこか羨ましく、こんな時間がずっと続けばいいとさえ思った。

そう言えば彼は学校をどうしているのだろうか。

もしかすると三学期からうちの学校に転校でもしてくるのではないだろうか。

そんな淡い期待をしながら家に帰った。


 翌日。約束の時間よりも先に僕はグラウンドにいた。

昨日上手くいかなかったプレーの復讐もかねて、石段に向かって何度もボールを蹴る。

しばらくすると健太が小走りでやってきて、今日も謎の練習会が始める。


「だーかーら。ここだって。何で後ろに上げるんだよ」


「それを合わせるのがストライカーの仕事でしょ? どんなボールでも決めれるぐらいじゃなきゃダメだよ」


 不満を漏らす健太に反論する。

ここまで自然に自分の気持ちをぶつけたのはいつ以来だろう。


「相手はここにいるんだから、ここに上げたらクリアされるだろ?」


 砂に絵を描き、自分の理想を描写する健太。


「違うよ。ここでケンタがこう入ってきて」


 僕は彼の描いた絵に自分の理想を書き足す。

それを健太が否定し、また僕が訂正するというやり取りを何度も続けた。


「とにかく! 大地はどんな場面でも点を取れるパスをくれ」


 全く話が噛み合ってないし、結局どうするかなんて決まってないのに彼は無理やりに話を終わらせる。

だけど僕に要求するボールへのこだわりは捨てていないようにも見えた。


 舞台は全国大会決勝。後半ラスト一分で迎えたコーナーキック。

最後のチャンスを迎えた僕は、チームのエースである健太にボールを委ねることにする。

マークは厳しいが、彼ならそれを振り切って僕の思い描く場所に合わせにくるはず。

湧き上がる歓声に胸が大きく高鳴り、それを合図にしたように僕はボールを蹴り上げた。


 低く丁寧に上がったボールは、健太の足元に吸い込まれる。

遠目ではっきりと見えなかったが、彼の顔は待ってましたと言っているかのように、僕のパスを今日一番のシュートで応えた。


「おおおおおおお」


 思わず声を上げて喜ぶ。

こんなに感情的に自分を表現したのは久しぶりだ。

声を上げた後、らしくない自分が恥ずかしくてすぐに冷静さを取り戻した。

向こうで何の恥じらいもなく喜んでいる健太を見てると、そう思った自分が馬鹿らしくも思えた。


 気付けば辺りも随分暗くなり、今日は最高の形で練習を終えた。

二人の間には特に約束を交わす言葉は無かったが、明日もまたいつもの三時に集合する事はなんとなく理解出来ていた。



                 ※



 新年を迎え初めての練習。二人で会う事を僕らは練習と呼ぶのだが、僕には少し恥じらいがあった。

それを何の躊躇いもなく「年明けは二日から練習な」と放つ健太はやはり凄いな、と思う。


「これやろうぜ」


 そう言って携帯の画面を僕に見せる。

画面にはプロのサッカー選手が試合している映像が流れ、彼の好きなワンプレーが切り取られているものだった。

携帯画面に流れる映像は、パスを受けた選手が前を走る選手にスルーパスを出すというプレー。見るだけでは簡単に見えるが、味方とのタイミングや絶妙な力加減などが要求され、かなり難しいプレーでもあった。

何より、長年一緒にプレーしてきた選手たちでも、ミスをするシーンをテレビでよく見るのに、まだ数回しか会った事のない僕たちが、このプレーを再現するには少し自信がなかった。


 結局、その日は一度も成功しなかった。

僕は諦めて「また明日にしよう」と提案するが、彼は「もう少し」と何度も僕にパスを要求した。


 僕は自分で「また明日」と言ったが、僕たちにはいつまで明日があるのだろうかと疑問に思う。

そこで健太に学校の事を聞くのを忘れていた事を思い出す。


「ところでさ、健太って学校どこ?」


「あー、俺? 俺は県外だから」


 僕の予想はいつも悪い時に当たってしまう。

彼が地元の中学に引っ越してくるなんて期待、最初からしない方が良かった。


「もうすぐ帰るんだ。今は婆ちゃんの家に来てるだけだから」


 彼は少し俯き、いつもの元気はなかった。


「うん」


 何を返すのが正解なのだろうか。

慰めの言葉? いや、彼は僕にそんな事を求めてはいないだろう。


「だからさ、最後はあのプレー完成させたいんだ」


「いつ帰るの?」


「四日後」


 僕たちに残された時間。それを言葉に出すとどこか生々しかった。


「成功するかは大地次第なんだけどな!」


 彼はいつもの陽気な表情を浮かべ「帰ろうぜ」と僕に背を向けた。

その背中はどこか寂し気な空気が漂っていた。


 翌日。僕は残された時間内に健太が思い描くプレーを再現する為に必死だった。

今日はグラウンドの雪も溶け、砂地がしっかりと見える。雪の絨毯ではなく、いつもの地面は踏みしめると懐かしい感触がした。


 約束の三時。

健太はいつもの駆け足ではなく、ゆっくりと歩いて来た。


「健太。早くしようよ」


 残された時間が少ないので、早く二人で練習したい。

それは彼も一緒なのだろうと勝手に思い込んでいた。


「もう飽きたからお前とは一緒にやらない。今日はそれを言いに来た。じゃあな。もう会うこともないだろうし」


 いつもの陽気で弾けそうなテンションではなく、暗く重い表情を浮かべていた彼はその場を立ち去る。

何が起こったのか理解するのに数秒かかる。

ようやく脳内の情報が整理され、僕は彼から一方的に別れを告げられた事に気付く。


「ちょ、どういうこと? あのプレーはいいの?」


 僕の問い掛けに一瞬歩みを止める。だが、僕の質問に答えようとはしない。


「なんか理由があるなら言ってよ。勝手過ぎるよ」


「俺の勝手で始めたんだ。終わるのも俺の勝手でいいだろ」


 彼はそう言うと僕の返事を待たずに走り出してしまった。


 一人グラウンドに取り残された僕は、行き場のない想いをどこにぶつけていいか分からず、目の前に転がったボールを感情のまま思いっきり蹴り飛ばした。

大きく飛び上がったボールは、虚しく地面に叩きつけられた。



                ※



 健太が一方的に別れを告げてから三日が経った。

次の日になれば何事もなかったように彼が現れるのではないか、そう思っていた。


 でも彼は来ない。


 次の日も。


 その次の日も。


 とうとう冬休みも最終日を迎え、僕は来るはずもない健太をグラウンドで待っていた。


 彼が最後に放った言葉が本当なら、もう二度とここには現れないだろうし、嘘ならもう一度ここに来てくれる。

自分の中で勝手にそんなルールを作り出してしまう。

あれだけサッカーが好きだった彼が、おもちゃで遊ぶのに飽きた子供のように簡単に手放すとは思えない。

周りの子供に合わせて、自分の好きな物を手放すような事もしない。

彼は僕とは違うのだから。


 日が沈み、辺りが暗くなり始める。


 僕はこの時初めて、彼からの別れを受け入れる事が出来た。

あぁ、本当に僕とサッカーしたくなかったんだな、と。

夕暮れに染まる空は僕の影を長く伸ばしていた。

振り返るとそこにはもう一つの長い影があった。



 二人の間に会話があった訳でもない。だけどプレーが始まるのに合図なんていらなかった。

僕が蹴り出したボールをそいつは数メートル前に蹴り返し、僕もそれに合わせてボールを追う。

一度も成功した事のないプレー。

恐らくこれが本当に最後のプレーになる。

その事を僕たちはなんとなく理解していた。


 長く伸びた二つの影はゴールへと一直線に向かう。

僕の出したパスに合わせ、彼が絶妙なタイミングで飛び出す。

相手のディフェンスを振り切り、ピッチの先頭を独占しているような光景が目に浮かぶ。


 そのままゴールを決めフィニッシュと思いきや、彼の足が急に速度を緩め、最後には立ち止まってしまった。


「健太?」


 立ちすくむ彼に近寄ると、彼の眼から一粒の涙が流れ落ちた。


「大地……。この前あんな事言ってごめんな」


 彼は突然にそう呟く。


「全然平気。気にしてないよ」


「俺、膝を怪我してるんだ。三日前爺ちゃんの病院で中学ではサッカー諦めろって言われた。去年、利き足を怪我をしてからは反対の足でこっそり練習してたんだけど、上手くいかなくて。そんな時、偶然お前が来てやっぱサッカーって楽しいなって思ったんだ。けど、俺の膝はもう限界みたいなんだ。だからついあんな事」


 途切れ途切れに語るその言葉に嘘などないのだろう。


 約束の時間は必ず三時だった。

膝に怪我を抱えたまま長い時間プレーを出来ないからだ。

右足で蹴ったボールがやけに的を外すのもそれが理由なのかもしれない。

利き足で踏ん張ると膝が痛むのだろう。


「気にしてない!」僕は声を張り上げる。


「健太が満足いくまでやろう。僕はそこに何回でもパスを出すし、失敗してもまたやり直せばいい。健太が疲れたらちょっと休んでまたやろう」


 彼は声を出して泣いていた。たぶん僕も泣いていたんだと思う。

頬に伝う暖かい感触が涙なのだと気付くには時間が掛かったけど、そんな事どうでもいい。



                 ※



 あれから数日後。


 彼から一通のメールが届いた。

膝の怪我は手術により無事回復したようで、今はリハビリに励んでいると。


 雪の絨毯はすっかり溶けてしまい、春の暖かい風が頬を撫で季節の歩みを感じる。


 得意の位置からのフリーキックは右端のクロスバーに当たり、ボールは大きく跳ね上がる。


「下手くそー」


 松葉づえを付いた彼は昔のような満面の笑みを浮かべていた。

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いつもの三時 道端道草 @miyanmiyan

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