第6話

昼下がりの廊下は、曇天の空により時間帯に対しやや薄暗い。

早足で歩くレイは、急な魔王からの呼び出しにより魔王城の二階にある会議室に向かっていた。

どうやら仕事の依頼らしい。

正直な所「やっとか」と安堵していた。

レイが魔物になってからというのも、かれこれ二週間は経過していた。

仕事らしい仕事がある訳でもなく、今日の今まで同じ魔王城に住む魔物達の手伝いや、生活の違いを教えて貰ったりしていた。

駄目だとは思わないが、レイが魔物になった目的とは離れており、ほんの少し不満に感じていた。

それ故に久しぶりの仕事にやる気が湧き、それが顔に出ている。


しかし無意味だった訳でもなく、人間なのに魔物となったレイに対する周囲の疑心の目はは少しずつ変わってきた。

最初こそ嫌な目で見られていた魔物達もコミュニケーションのおかげが、今ではすれ違う度に手を振り声をかけてくれるようになった。


廊下の途中、食料品の調達をしているガーゴイルのルーナタさんとすれ違う。


「レイ、仕事か? なら、これでも持ってけ」


「おう、ありがとな」


投げられたリンゴを受け取り、そのまま懐のポケットに入れる。

ここでの生活にも順応してきた。

十分程歩き、目的の会議室に到着した。

扉の前に立ち、服装を簡単に整えた後、「よしっ」と掛け声を言い扉を開ける。


「レイです。お待たせしました」


煌びやかなシャンデリアに、所々の備品に宝石が埋め込まれており一目で高いと分かるものばかり。床に赤いカーペットが敷かれ部屋の真ん中には円卓があった。


「遅かったわね。早く座りなさい」


正面の上座にはミーティア、左隣に魔王アルファードが座っている。部屋の端には赤色の鎧を身に纏う騎士クランテットが此方を睨めつけるように見ながら直立していた。


「はい。ではお言葉に甘えて」


微妙な違和感を感じつつレイは、扉から一番近い席に腰をかける。

何故ミーティアさんが上座に着席しているだろう、という素朴な疑問だ。

人間での文化と、魔物の文化に違いは当然ある。

気に掛ける事ではない、心ではそう考える。

だが、顔には表れていたみたいだ。


「何か私の顔についているのかしら」


やばい、と思い急いでポーカーフェイスに切り替える。


「いや、そう言う訳では……」


「…………。……ああ、なるほどね」


レイの視線の先から思考を読みとったようだった。

ミーティアは不思議がっている事柄に気づいたようで、立ち上がると魔王アルファードの方を向く。


「アルファード、ちょっと痛いけれ我慢しなさい。光魔法──閃光線フラッシュライト!」


「はっ?」


ミーティアは、あろうことか彼女より上位である魔王アルファードに向かって、魔法を放った。

紫色の光が一瞬で指先に集まり、発射。

「えっ?」という魔王アルファードの声がした時には時既に襲い。


──命中。小爆発が巻き起こる。

額に黒煙を巻き上げながら魔王アルファードは椅子から滑るように地に伏した。


(ええええええええっ!? 何で!)


信じらない状況にレイは一人唖然とする。

それもその筈である。

魔王。魔王軍の最高権力者であり、魔王城の主。

必然としてミーティアは、魔王アルファードとの関係は上司と部下という事になる。

だからこそ、上司への悪戯には度が過ぎる反逆行為にしか見えないこの行動に驚きを隠せなかった。


「安心しなさい、レイ。あなたが思っている状況と現実は違うから」


「いやいやいやいや。魔王倒れてるですよ!思いっきり、痛そうにしてるんですけど!」


顔面を抑え地面にゴロゴロと転がり痛がる魔王アルファード。

ミーティアは椅子に再び座ると、平然と何事も無かったように紅茶をゆっくりと頂いている。

レイは慌てて椅子から立ち上がり、魔王の元へと駆け寄ろうした時だ。


「まあ落ち着いて。見てなさい」


ボォン──。


弾ける音と共に魔王アルファードの姿が霧散し、代わりに二人のメイド少女達が額を抑え涙を浮かべながら現れた。


「……これは一体?」


少女達の名は鬼人族のラブル、リブル。

魔王軍の秘書兼メイドである。

鬼人であるが背丈は低い。

百三十センチ程度だしかないだろう。

縮れた金髪に土色の肌。

大きな瞳に、小さな唇。

結構可愛らしい顔つきをしている。

全身にはフリルのついた白と黒のメイド服を着ていた。


「痛いですよ、ミーティア様。この暴力上司」

「何するんですかー。跡が残ったらどうするんですかー」


「もう変身を解いたの。この程度で変身を解くなんて情け無い。痛がりすぎなのよ」


「「ちょっとミーティア様。それはひどいですよーー」」


二人のメイドの涙ながらの訴えを完全に無視しし、ミーティアは椅子をこちらに回しレイの質問に答える。


「簡単な話よ。魔王アルファードは架空の存在なのよ。外を欺く為のね。魔王は別にいるわ」


「……魔王アルファードが架空? そんな訳がだって──」


天象会の教えでは奴が魔王だと──。

そう言いかけ、言葉に詰まる。

人間の時強く教え込まれた記憶が、つい言葉にも出そうになった。


「ふふ、そう思っていたなんて人間達に与えた偽装情報は上手くいってる証拠ね」



「…………。じゃあ、魔王は一体誰なんだ?」


「レイ、あなたも大体予想はつくはずよ。

この魔王軍の魔王はね、──私なのよ。

魔王ミーティア=ガルディナ。これが私の真実の正体なのよ」


「マジか」とレイはショックを受ける。

だがふと冷静に二週間前の転生した日の事を覚え返すと辻褄が合う。

転生の儀。話しかけてきたのもミーティアだし終始今迄魔王アルファードの声は一度も聞いていない。

それにアイコンタクトや、首を振る等と何か悟られないように気にしていたように見受けられる。


「それはそれとして。仕事の話よ」


「ああ、はい。……魔王様」


(大事だったような事をあっさりと済まされた気がする)


喚くメイド少女達に遠くから簡単な治癒魔法をかけ、それから席に着いた。

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