第5話

(俺の悲劇が全て仕組まれた物だった?)


死んでいった両親や、友人達は『天象会』に殺されたというのか。

震える手を何とか押さえつけ、体を奮い起こし立ち上がる。


「ふざけるなよ。その『逸脱者』が全て操れる訳がないんだ。人の死だぞ、罪のない人がどれだけ死んだと思っているんだ。それなら、何で組織は俺のような魔物を倒す為の戦士を作ったというんだ。それは何の意味を成さないはずだ!」


「それは、貴方も魔物と同じように人の命を奪っていたからよ」


「そんな訳が! 俺は人を救っている側だ!」


「見てなさい」


ミーティアは指を鳴らす。

瞬きの早さで視界が暗くなり、目に映るのは自分自身とミーティアと死んだ騎士の亡骸だ。

そして微かに自らの周りを囲うような薄く光る青色の粒子が漂っている。


「これは?」


「魔力よ。身体からはみ出ているのは魔力の残量を可視化したものよ。よく、見なさい」


心を落ち着かせ感覚を鋭くすると、魔力が回復していくのが分かる。

だけど、自然で回復していく感じではなく、何かから供給しているように感じる。

その時、亡骸と自分自身を繋ぐ一本の線が出来ているのが理解できた。それは俺に向かい絶え間なく供給され続けている。

蒼色の騎士は正確にはまだ死んでいなかった。

虫の息ながら生き続けていたのだった。

生気のある肌をしていたが、この瞬間俺の魔力が回復していく度に肌は萎み色味を失っていき、一本の線が途切れる時には、奴は完全に生き絶えていた。

それを見た時、ミーティアが言った自身が人を殺しているという発言の意味を認識できた。

己の震える手を見る。


「魔法を使えば人の命を奪ってしまう。だけど、魔物を倒す為には魔法を使わないといけない。魔物は自然発生する魔力の残滓で魔力回復できる。だけど人間にはそれは出来ない。代わりに人の生気を吸い取る事で回復するのよ」


この手は人の為に使ってきたつもりだった。

だけど、真実は異なった。

俺が魔法で魔物を倒す度、世界中の誰かが魔力の犠牲となっている。

魔物に襲われていた誰かが助かっても、少なくとも名も知らぬ人がその代償を受け続けてきたのだ。


「……違う。そんなのは正義じゃない。誰かの為に誰かが犠牲になる。そんな理不尽な事があって言い訳がないんだ」


目の前が暗くなり、頭を抱え膝から崩れ落ちる。

今まで肯定していた正義が根本から瓦解する。

人が笑っていられるように努力し、魔法を学び力を付けた。泣き崩れる人が一人でも少なくなる為に時間を惜しみ身体を鍛え技を磨いた。

魔物から救って喜ぶ人がいた。だから全てが無駄だった訳ではない。

が、代わりに誰かが人知れず命を奪われ死んだ──俺が殺していたんだ。


「うわあああああああああっ!!」


地に伏し絶叫する。

たった一つの事実を信じられない。

相手が魔物だからという訳でもなく、本能で理解し納得している。反論出来ないからこそ、これが本当なんだと認識出来てしまったのだと。

後悔するには遅すぎたのだと。


「あなた何をしているのかしら。立ちなさい。座る事は許可していないわ」


ミーティアは俺の感情なぞ無視し当たり前のように催促してくる。鬼かと思った。

感情な行動を許さない魔物の言動にも腹が立つが、それ以上に何も言い返さない自分を恥ずかしいと思った。

拳で何度か床を叩いた後、顔だけを上げ歯を噛み締め女の魔物を睨む。


「俺に一体何をしろと言うんだ」


「それはあなた自身が望む事よ」


望む事。

そんな事、決まっている。

一度死んだ人生だ。

二回目は絶対に後悔はしたくない。

心に誓いを立て、立ち上がる。


「復讐だ。俺は犠牲になった人達の為に魔物と繋がった『天象会』を壊す、いやブッ潰す。

その為なら『人間』をやめて『魔物』となり俺が世界を変えてやる!」


ミーティアは広間に反響した声が静まるのを待ってから顔を少し歪ませ、リングを差し出した。


「あなたの決意受け取ったわ。それならばリングを受け取りなさい」


『魔物』として生きていく。

他に方法はもう絶対にない。

覚悟を決めろ。もう後には引けない。

『人間』には戻れないんだ。


「受け取るよ」


手を差し出し、銀色に輝くリングを手に持つ。

唾を飲み込む。『人間』じゃなくなると考えるとそれだけで何とも言えない恐怖が体の中を走る。


「どうしたの。早くそのリングを右腕に通すのです」


「すまない」


手感だけで手首に通した。

同時に、大きめだったリングが手首とピッタリのサイズに締め付ける。床面に魔法陣が表れ五芒星の順に白き光が通った後、全体を包む広大な光に包まれた。


(さあ。どうなんるだ)


目を閉じて、静かに魔法が終わるのを待つ。

十数秒後、白き光が減少していき、空中に待った光の粒が全部舞い落ちるのを待ってからゆっくりと目を開けた。


「……ってあれ? 何にも無いんだけど」


慌てて身体全身を見渡し確認するが、変化は見受けられなかった。


「ってきり、急に狼人間とか、オークみたいに身体が変形するもんだと」


「そんな事にはなりませんよ。これはあくまでも儀式の一環でしかないんですから。っと、先に名前を決めなければならないですね。あなたの名は?」


「橘零也」


「橘零也……。少し長いわね」


考慮の後、女の魔物は両手を上げたからかに宣言した。


「今、この瞬間から新たなる『魔物』が一人誕生しました。彼の者の名はレイ。魔の者よ、彼の生誕を祝おうでわないか」


その宣言は広間全体に広がり、魔物達の心を揺さぶり奮い立たせたようだ。

静寂の中に小さな歓声が生まれ、次第に制御出来ない程の大歓声に包まれた。


「レイ! レイ!レイ!レイ!」


拍手と賛辞の言葉が混ざっている。

おめでたいやつらだな、と内心思いつつ暖かな雰囲気に落ち着き緊張の糸が少し緩んだ。


二度目の人生は『天象会』への復讐。

俺はまだこの時自自分身の発言の重さに気付いていない。

死んだ方がマシだと思える程の地獄があり、苦悩の連続が幾度とかく待っている。

これが果てしない戦いの始まりになる事を予期できてなかった。

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