第2話

瞼の隙間から射し込む僅かな光。

その眩しさの違和感に気づいたのは、二回瞬きした後だった。


(あれ、死んだはずじゃ……生きてるのか)


二度と感じること出来ないはずの日の熱量を肌に感じ、違和感が現実である事を理解した。

俺は目を少しずつ開き、数秒の明順応ののち置かれている自分自身の状況に驚いた。


(ここは何処なんだ)


まず俺は赤いカーペットの上に描かれた魔法陣の中心に座っていた。

謁見の間のような場所。玉座に向かって左右対称に六つの柱があり、床も含め全て大理石だけで構築されていた。

そこまでは大丈夫だったが、顔を見げきると、目を疑った。


周りにいたのは──数え切れない程の『魔物』の集団。取り囲まれており、その上正面には玉座に座る『魔王』の存在があった。


ゴクリ、と思わず息を飲み込んだ。

それも無理はない。正面にはあの人間の敵である『魔物』の王がいるのだ。状況把握すら忘れ、俺は復讐の怒りをあらわに睨みつける。


半分飛び出した六つの目。縦に三個ずつ二列、真ん中にひし形の骨らしき物を挟んだ顔に、緩やかな装束に身を包んだ巨躯。骨らしき手に三メートル程もある杖持っていた。

魔王アルファード。

何度も教えられた憎き魔王の顔。見間違える訳がない。


一人の女性が魔物達の隙間を抜い、ハイヒールの足音を立てて歩いてくる。

前髪は口まで垂れ顔の半分が隠れている。長い黒髪ロングは床に触れるか触れないかの長さだ。

葵色の目。白き肌。整った顔。

赤と黒の一体ものの煌びやかなドレスを着していた。

女性は俺の正面まで来ると、手を広げ周りに聞こえるような響き渡る声で話しかけてきた。


「我が主人アルファード様に選ばれし者よ。そなたは転生の儀によって死から蘇り、この地に現れた。その恩義に答え、魔物として魔王の配下に加わり、命尽きるまで戦う事を誓うが良い」


転生の儀、蘇った?、魔物、突然の話に思考が追いつかない。

女は胸に手をいれると、一つの謎の文字が掘られたリングを取り出し、手を差し伸ばしてくる。


「さあ。このリングを受け取るのです。『魔物』としてのあなたの存在証明です」


周囲の魔物達から歓声が上がる。

新しき仲間ができる事に喜んでいるみたいだ。

俺はうつむき、沈黙を続けたまま震える手でゆっくりとリングを持つ手に近づけていく。

だが、途中で手が止まる。


「違う」


小さな声のはずだったが、雰囲気から察したのか魔物達の喜び声がピタリと鳴り止む。

手を引き戻し、立ち上がると息を吸い込み、目を魔王にのみ向け宣言する。


「俺は──『人間』だ。『魔物』じゃねえ。命尽きるのは、お前だ、魔王っ!」


叫んだ時には、身体既に動いていた。


(我が身体に風となる因子を。

──風魔法。風走ウインドドライブ


謁見の間に突風が吹か荒れる。

突風は俺の背中を押し、玉座までの距離を一瞬で詰め寄る。

跳躍からの剣帯から抜刀。空中に浮いたまま、剣を振りかぶる。


「いっけええええええええっ!」


(橘流神速剣術奥義──黒桜!)


黒色の桜が散る。桜は刹那の間、ゆるやかに空中を舞い踊り、次の瞬間、魔王に向かって一直線な竜巻が発生し桜は渦を巻き襲いかかる。


周りにいた魔物は驚きの顔を隠せず、ポカンとした顔で俺を見ていた。一部を除いては。

当たる──その直前だった。


魔物達の隙間から音も立てず、高速で飛び立つ影があった。


雷龍光斬ライトニングスラッシュ!」


掛け声と共に襲ったのは、蒼色のフルプレートを被った魔物の一閃であった。

その刃は突如として紅色の光を放ち、正確に剣を狙っていた。


キィンッ。


剣と剣が擦れ合い甲高い金属音を放つ。

これだけであればまだ耐えれたのだが、すぐさまに敵の追加攻撃が俺を襲った。

火花散る鍔迫り合い。敵の手元が少し光ったと気づいた時には何も出来なかった。


ズガン──ッ!


剣から剣へと電流が流れ込み、体内に届く。

俺の身体が一瞬眩しいほどの光を放ち、剣に込める力が弱まる。同時に黒桜の花弁は空中に霧散した。

敵に力負けし、俺は敵の剣に押されるまま大理石の床に叩きつけられた。


「ぐはっ…………!!」


吐血する。叩きつけられた威力により、大理石は割れ粉塵が空中を舞った。

もくもく、と煙が舞う中蒼色の鎧服の魔物はゆっくりと着地し、俺を一瞥すると剣を収め、魔王がいる玉座に顔を向ける。

手を腰と胸の中心に置くと、軽く体を傾ける。


「王よ。進言してよろしいでしょうか」


魔王は頷き、それを許可する。

鎧服の魔物は地面に這い蹲る俺がいる方を指差した。


「この者ですが。話も聞かず王を襲うなどあり得ません。許しがたい愚行です。この者は生かしておいても特になる事はないかと思われます。ずばりですが、このグラシアスに処罰する許しを頂けないでしょうか」


「……好きにしろ」


「はっ。感謝します」


鎧の魔物は踵を返すと、俺の方へ近づき抜剣。

喉元に剣先を当て、位置を確認すると振りかぶる。


「王に仇なす者め。せめて安らかに眠れ」


垂直に剣を振り下ろす。

刃が肌に触れるその寸前。

背後から声が聞こえた。


「安らかに眠るのはお前だよ。バーカ」


カチン、と剣先が大理石に弾かれ跳ね返る。

一閃は、そこにあるはずの身体をすり抜けていた。


「……何!?」


鎧の魔物は姿勢を崩す。

確実に首を落とす為に込めた力が仇になった。


(橘流神速剣術──弾武破斬)


背後から左横に腰を落としながらステップ。

手首を捻りながら、斜め下から上へ斬りあげる。

刃は敵の剣の鎬に当たり、そのまま鍔まで滑らせる。

捻った手首を元に戻すと、刀に回転がかかり敵の剣を巻き込んだ。


強力な反動。姿勢が崩されている状況で、敵は堪らず剣を手放してしまう。


「しまっ……た」


声が出るときには遅い。俺が振り終わり、残心をとる時には鎧の魔物の剣は空中を回転しながら吹き飛び、壁に突き刺さった。


「立場が逆転したな」

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