第15話 さんれんきゅーしょにち
三連休の初日、俺達は、東京の某所にある展示場。普段はお堅いイベントをやっている様なホールであるが、今日に限っては、二次元美少女ポスターなどがひしめき合い、秋葉原の様な異質な空間になっていた。
そんな中、俺達は、イベントホールの一角、壁際に陣地を置き、那奈美の描いた七重をモデルにした女の子のポスターが、あられもない姿で壁に貼り付けられている。
「おい……これは良いのか?こんなの貼るのは、モラル違反な気がするが」
「乳首も女性器もギリギリで隠しているし、白濁汁もかかってないから健全よ!」
俺は、在庫のある段ボールを壁際に積みながらボソッとつぶやくが、忙しそうに、本を並べる那奈美は、俺の方を見ないで忙しそうにしていた。
普段の那奈美女より動いている気がしたが、あんまり言うと殺気だけで殺されそうなので、心に秘めている。
「むぅ……人前で、耳を隠さなくていいと言われたが、本当に大丈夫かの?妾、捕まって、解剖とか本当にされんのか」
「まあ、七重様も宗吾さんもこういったイベントには初参加でしたっけ、あんまり気にすると、ここにいる人たちの闇に飲まれますので、極力感情は殺すことをおすすめします」
「美夜が、中二病になった!」
「宗吾さん、いや、本当にそうなんですよ!」
美夜も慣れた手つきで、お品書きをそろえ、最後尾用のプラカードの準備をしている。プラカードの方は、女性器や乳首が丸出しの七重(あくまでモデル)が美夜によって貼られている。普段なら、一番恥ずかしがりそうな美夜が無表情になっていた。
「み、美夜さん……?」
「どうしました宗吾さん?意外とこの作業は、慎重にやらないと、イラストに皴が入ってしまうので少し待ってもらえますか?」
「お、おう」
失敗を許さないプロの顔になっている。見たことない美夜の顔だったが、正直見たくはなかったかもしれない。
「の、のう……宗吾、妾は、もしかしたら今恐ろしい所にいるのかもしれん。同人イベントとやらは、ここまで人を変えるものなのか」
「……ほ、ほら、三連休だから込むだろう。しょうがない」
俺と、七重は、美夜の変わりように驚いていたが、鬼気迫る表情の那奈美は、衝撃の事実を伝えてきた。
「夏と冬は、今日の数倍は、来るんだから!今日のイベントなんてまだまだ!」
「あ、あはは、三日で二十万人くらいの世界ですしね。もう慣れました」
「「二十万!?」」
どうりで二人とも慣れているわけだ。二十万って、湯上の町の十倍は、来るという事だろう……。
うん、湯上でも同人イベントを開けば全部解決するのではないだろうか……。
「はーい、白濁々イカ丸先生の最新刊!二限でお願いします!グッズ1~4は好評につき完売しましたぁ!」
「宗吾!次から一限にして!」
「あいさ!」
イベントが始まり、売れ行きは順調……どころか、一時間以上経つのに列が消えない。それどころか、列は伸びに伸び、段ボールにいくつも入っていた同人誌やグッズがみるみる消えていく。
「ほほ!妾も人気者じゃ!お、写真か?撮るが良いぞ」
「七重様ダメです!ブースでの撮影は、マナー違反……って、そこの貴方!写真は撮るなって言っているじゃないですか!ローアングルじゃない?ダメですよ!」
それもこれも売り子にいる七重が初めて会った時と同じく巫女服に耳や尻尾を惜しげもなく見せているからである。
売り子にコスプレをした人は、多々いたが、七重のリアルなしっぽや耳はオタクの心を引くらしく、イカ丸を知らない人まで並び、中規模らしいイベントには、中々みられないらしい行列に忙殺されていた。
「イカ丸先生!大ファンです!ぜひ、うちで専属契約を……」
「あーすみません、私は、プロデビューするつもりはありませんので」
中には、スーツ姿の人もいて、何枚もの名刺を渡されたりもするのだが、そんな人たちを雑に扱う那奈美女だった。
俺は、一枚の名刺を見るとその名刺には、俺ですら知っている企業最王手のサブカル事業の編集などがあり、俺は、変な声が出る。
「うべぇ!那奈美これ……」
「宗吾!こんな忙しい時に仕事の話を持ってくる奴らの事なんて気にしなくていいわ!そんな事より列を整理してきて、売り切れの商品は、お品書きに売り切れのシールを貼って」
「わ、分かった!」
こうして、鬼気迫る表情を元に戻さない那奈美の指示に従い、俺は、お品書きを回収したりし、時間が過ぎていく。
そして、それから一時間もしないうちに、あんなにあった在庫はすべて売り切れてしまったのであった……
「お……終わったな」
「いやー、やはり祭りは良いのう。人の活気に触れるのは、良いものじゃ」
ブースでの販売が終わり、残った時間で那奈美は、グッズを買うため、美夜と共に人混みの中に消えていった。
俺と七重は、休憩ついでに店番兼売上金の計算などをしていた。しかし七重は、なんでこんなに元気なのだろうか、俺にも元気を分けてほしい。
「売り上げが……これ、JKが稼いで良い金額じゃないぞ」
「何を言う。宗吾も、数億単位を動かしていたろうに」
「元、だからな。今の俺は、いたって普通の高校生に戻った」
前の話だし、もうあの頃の俺はいない。
金に囚われていた。いや、金が原因で死にたがっている辺り今も囚われ続けているだろう。
しかし、今の生活は、身の丈に合っていて、過ごしやすい。過ごしやすいからこそ失って、あの美しさを自分で表現したいのかもしれない。
しかしそんな俺の表情を不思議に思ったのか、七重はふと聞いてきた。
「そうか?しかし、預金もまだだいぶ残っていたではないか。正直言うが、あれなら、再起も図れただろうに、死ぬ理由を探すなら金でなくても良かっただろう。妾は、いまだに宗吾の死の基準わからん」
基準か……。
俺とて、死にたがりだが人間だ。俺は、人に一切話したことのない基準を話したことがなかったが、七重になら話していい気がした。
「そうだな。ウチは、元々裕福な家庭だったからな。めちゃくちゃ高い死亡保障だったらしく、俺には、諸々を差し引いても一億円程度の金が入った。だから、一気に損失が、一億出たら死のうと、工場での一件があった時に決めていた」
「ふむ、で、結局、一億以上の損失をして死ぬと……人間とは分からんなあ」
個人的には、神様の方が分からん。元々、宗教は、無信であったため七重を見るまでは、神なんぞ信じていなかった。
「神様の方が分からないわ」
「いや!神は単純だぞ」
俺が呆れた様に言ったことに七重は、反論してくる。
「ほう、興味ある。神様ってなんだ?七重が近すぎて、疑問にも思わなかったが、改めて考えると神ってなんだ?基準ってなんだ?」
「ほう気になるか。よい、教えてやろう」
ドヤ顔の七重は、いつにもまして偉そうであった。ポンコツの癖に……
「そうだな。神様とは、意識を持った概念と思うと分かりやすい。時間の概念、感情の概念、物理的概念、これらの概念が人に多く認知される事によって概念は、時に意識を持つ理論を説明しろと言われても困るが」
「意識のある概念……それが神様なのか?」
「それだけだとまだ不完全じゃ。意識を持った概念は、さらにそこから、神に昇華するために、肉体を手に入れる必要がある。方法は様々、殺して奪うのでもよいし、自らを人間に認識させるのでもよいし、他の神に与えられるなどな。ポピュラーなのは、与えられることじゃ」
七重は、指を三本立てジェスチャーで伝えてくる。おかげでわかりやすい。
「じゃあ、七重は、与えられたのか?」
「そうじゃな。妾は、元々は、祭りごとなど賑わいの概念に意識が生まれた存在だったが、湯上温泉町の前任の土地から肉体を与えられて生まれた神じゃ」
不思議だった。湯上には、元々七重以外の神がいたということだが、俺が知っている神様は、七重だけだ。
「前任の神様なあ、消えたとは聞いたがなぜなんだろうか」
「当たり前じゃ、前任の神は、湯上の地が貧困で廃れたのが百五十年ほど前。それを憂いて、前任の神は、妾に肉体と名前を与えた後すぐに肉体も意識も捨てて概念に戻ったからのう。妾が神になってまだ百五十年ほど、おかげで今の妾は、肉体を持った祭りごと兼湯上の地そのものの概念でもある」
「概念か、しかし、百五十年なんて果てしない時間を生きているんだな七重は、見た目も行動も子供っぽいから、年下の気分だったよ」
「そうか?太陽の神アマテラスや、時間の神、ヨグソトースなんぞ軽く数万年以上は神として生きているから、宗吾の言う様に妾などまだまだ赤子じゃよ」
……どっちも聞いたことのあるような名前の神様。いるとは思っていたが、本当にいるとは思わなかった。
「じゃあ、器ってなんだ?俺は、器が神様の家の余殃なものだと聞いたが……」
「そうじゃのう……ご神木から、神具まで……神が宿り、肉体を朽ちぬようにするための機構とでもいおうか。形あるものは、全て、滅ぶ。それは、神の肉体も同じでのう。神になって初めての作業は、器を見つけることでもある。まあ、器も定期的な入れ替えが必要である。丁度、前居た妾の器ももう交換時じゃったから、丁度良く器に慣れそうな人間が居たからのう。ラッキーだった。器が無ければ、神とて、肉体が老化するからのう」
そうか、俺の様な器は、七重の肉体を保つために存在するのか。しかし器も、物体。いつかは、壊れる。
俺が、不死であっても不老にはなれない理由は分かったが一つだけ気が付かなくてもいいことにまで気が付いてしまった。
「……なあ、もしかしてとは、思うが俺が、器にならなくても良かったんじゃないか?器が無い神は、どれくらい生きられる?」
「それは、人間ベースの肉体なら、人間の寿命くらいの時間はあるぞ」
そう、俺が元もっと不死となってしまったきっかけは、七重の前の器である鏡を割ってしまったから。
しかし、器が無い神様も人間の寿命ほどは活動が出来る訳で、器が俺である必要はない。
「あれ?俺が無理に器になる必要はなかったのでは?」
「賢いくせに今更、気が付いたか!あはは!」
軽快に笑う七重だったが俺はそれどころではない。死ねたのに死にそこなってしまった。
これは、死にたがりの俺にとっては一大事であり……
「今からでも遅くない。他の器を探さないか?」
「いやじゃ死にたくないからな」
「いや死ぬって!あんた!器なんて俺が死んだ後でも探せるだろう!人間の寿命分あるなら!余裕じゃん!」
俺は、七重にすがるように懇願するが、七重は、首を縦には振らない。
「いや、妾は、母として宗吾の中から退く気も無い!それにあれも何かのめぐりあわせじゃ、大切にするのは当たり前じゃ」
「寿命くらいは生きられるんだろう。いくらでも俺以外の優良物件は、あったはずだ。七重が死にたくないにしろ……と言うか神様も死ぬんだな」
「まあ、神の明確な死は三種類あるからのう」
七重は先ほどと同じように三本指を立てて説明した。
「一つは、肉体の老朽化による死。二つ、妾に肉体を与えた神の様に肉体を捨てる。そして、三つ目が、自分の司る概念が物理的になくなる、もしくは、信仰自体をなくすことこと、どれも、意識のみになれば、神の権能も意識も失う」
俺は、三つの事柄を聞いて、肝が冷えてしまい恐る恐る聞いてみる。
「概念がなくなるって、七重は、土地神として湯上の地が合併されたりしても、本来の、祭りごと概念があれば生きられるのでは……」
「無理だ、一つでもなくなれば何にしても自分を構成していたものを一つでも失えば、肉体は必ずなくなる。概念としての元の姿……意思のないただの概念に戻る。そう言ったリスクがあるからこそ神は、肉体と神としての権能、そうじゃのう人には起こせぬ奇跡が扱える。妾が神だからこそ肉体はあるし、宗吾は、不死は保たれる」
「つまり泉田市に吸収合併されると」
「妾は死ぬ。宗吾は、不死性を失う。宗吾としては、願ったりかなったりかもしれんが妾は死にたくない。すまないな、妾のわがまま聞いてもらって」
俺の事情を知ったうえで神として自分のエゴを通そうとして、七重は、申し訳なさそうに耳を下に下げて、尻尾も少し元気がないのか、揺れが少ない。
七重は、神としては、まだ優しすぎるのかもしれない。
「確かに俺は、自分の死には憧れているし、もし湯上温泉町が泉田市に合併されたらすぐ死ぬだろうが、他の奴と心中するつもりはない。何もしないで死を待つのは、美しくない。美しい死は、一人で死ぬことだから、七重は気にしなくていい」
そう、俺は死に憧れている。しかし、他人を巻き込んだ死は、嫌だ。美しくない。死は、自分が選択するからこそ美しい。
両親の様に死を望まない者の死は、もう誰であろうと見たくない。死と言うのは、一人でひっそりと自分の選択によっての死こそ正義。俺の望む死は、決して泉田市に吸収された結果の俺の自殺は、あの時の美しい死は、決して迎えられない。
だから、俺は、落ち込んでいる七重の頭を撫でる。
「大丈夫だ。人を巻き込む死は、迷惑だからな、美しくない。俺はそんな死に方はしたくない。死ぬ時は、一人、最高のシチュエーションが必要だ。だから、七重が気を病むことはない。俺は、湯上がちゃんと独り立ちできるようになるまではちゃんと手伝うから安心しろ」
「死との生死感と言うのは、分からないが、宗吾の生死感は、より分からないのう……あと、頭をなでるのは、やめい!恥ずかしいじゃないか!」
恥ずかしがって、俺に文句を言う七重だが、尻尾は嬉しそうに振っている。そう言えば、那奈美女に聞いたな。ケモミミロリのツンデレほど可愛いものはないと……。
オタク文化も侮れん、確かにこれは、可愛い。土地神と言うよりは、妹の様で七重の悲しむ姿を見たくないと感じてしまう。
「まあ、安心しろ。俺は、七重との約束は破らない。絶対に湯上温泉をにぎわう街にしてやるからな。覚悟しておけ」
「はは、言ってくれるのう。十数年しか生きていないような童のくせして。ほれ」
俺は、七重を撫でていた手を放し、差し出す。握手をしようとしたのだが、ポカンとしている七重。
「ほえ?どうしたその手は?」
「握手だよ。これからは、巻き込まれて、受動的にやらされるんじゃない。湯上温泉街の復興は俺の意思だという決意と思っておけ。俺は、器という七重の奴隷かも知れないが、どんな立場だろうと絶対に裏切らないから。握手だ」
「奴隷……あぁ、最初に脅す時に妾が使った言葉か。気にしなくてもいいのに。あれは、例えじゃ。ほれ」
七重は、俺の差し出した手を握る。そしてお互いに短い言葉だけを交わした。
「よろしくな」
「こちらこそよろしくなのじゃ」
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