第16話 さんれんきゅー二日目

 怒涛の一日が終わり、泥の様に眠った俺達は、翌日の昼時、秋葉原の町に立っていた。

「秋葉原よ!私は帰ってきたァァァァ!」

秋葉原駅、電気街口。目の前には、ゲームセンターやアニメショップが立ち並ぶ歩道で、昨日の疲れが一切ない那奈美が普段見ないテンションで叫んでいた。

周りのオタクたちの視線が痛いが、那奈美女は一切気にしていないようで、手元には、リストのようなものがあった。

「ふへへへ、さてどう回ろうか。ラジ館とか駅前のアニメショップは、最後でも回れるし、ブックタワーも外せないけど……あぁぁ!迷うわ!どうしよう!やっぱり端の方から攻めようかしら!」

「那奈美は、どこからこんな元気が出ているのじゃ?」

「七重様!それは、心の底からあふれるオタクパワーですよ!」

なんなのだろうかオタクパワーとは……昨日もそうだったが、イベントに来るオタクは、小太りや、病的なガリガリが多く、普段運動していないような連中が、ひしめき合っていたのに、妙に統率されていたうえ、みんな大荷物なのにかなりのスピードで歩き回っていた。正直、恐怖しか感じない。

そんな那奈美は、耳や尻尾を隠した七重に絡んで余計にテンションが上がっていた。

そんなオタクパワーを発する那奈美と同じに思われたくない俺は、美夜に恐る恐る話しかける。

「な、なあ、本当に那奈美と美夜は、双子なのか?」

「あ、あはは、お姉ちゃんが秋葉原に来ると必ずこうなるので私は慣れましたが、宗吾さんは、秋葉原のお姉ちゃんを見るのは初めてでしたね」

美夜も、那奈美の変貌に少し引きながらも、慣れた様に美夜は笑う。

「いや、那奈美がオタクなのは知っていたし、俺も偏見はないが……ここまで、テンション上がるなんて思っていなかった。それに美夜は、そこまでアニメに興味はない気がするが、いつも那奈美のオタクイベントや秋葉原について行って楽しいのか?」

「確かに私は、オタクじゃないですが、楽しいですよ?それに私も、お姉ちゃんといるのは楽しいですし、それにお姉ちゃんは、次期巫女としての責任に苦しんでいますから、息抜きも大事なのですよ。それに私もお姉ちゃんの影響で、ボードゲームとかは多少たしなんでいますから」

あぁ、こういった人のために笑顔のできる様な人がいるなんて俺は、今まで何をしていたのだろう。美夜は、姉思いのいい子過ぎて、自分が恥ずかしくなってくる。

「そうか、美夜、無理してないか?」

しかし不安になる。美夜は、姉に合わせて無理に言っているのじゃないかと。

「そんなことないですよ。だって……」

美夜が最後まで言おうとする前に那奈美は、俺達に大声で話しかけてくる。

「おーい、宗吾!美夜行くわよ!はじめは、ボードゲームショップから行くわよ!美夜が欲しいって言っていたゲームが発売していたらしいから、買いに行くわよ!今日は、私の驕りよ!」

「ほら!お姉ちゃんは、すごく優しいですから!」

「お、おう」

美夜の笑顔は、心の底からの笑顔であり、その笑顔は眩しいものだった。俺は、どちらにしても今は、休暇を取っている身、楽しんでいこう。


 そして、ボードゲームショップやアニメショップに寄った俺達は、ゲームセンターに来ていた。泉田市にもゲーセンは、あったが、秋葉原のゲームセンターの大きさは桁違いであり、フロアごとにゲームがジャンル分けされている。

そんな中、俺達は、音ゲーのフロアに来ている。他のフロアと違い様々な歌が鳴り響き少し、耳に響くうるささがある。

「うおぉぉぉ!」

そんな中、那奈美は、ボタンをタッチしてやる箱型の音ゲーに、歌以上のうるささでプレーしていた。

「うわ、うるせえ……主に那奈美が」

「そうか?妾は、こんなに元気な那奈美を見てホッとしておる」

「まあ、お姉ちゃんが秋葉原に来てテンションが上がらないことが無いですからなねぇ、ゲームでも何でも楽しめるのはいいことです」

そんなくだらない話をしていると、那奈美が汗を拭き、一番難しい難易度で、曲をフルコンボして帰ってきた。

「ふいーただいま。やっぱりゲームは楽しいわ……ねえ次は、誰か対戦しない?」

「あ、な、七重様、一緒にユーフォーキャッチャーしません?と言う訳でお姉ちゃんゴメンね。私は、欲しいぬいぐるみ取りに行きますー」

「お、おい美夜、引っ張るのでない!」

美夜は、七重を引っ張り、ユーフォーキャッチャーのあるコーナーに逃げて行った。なぜ逃げるかは、分からず、那奈美も心当たりはないようだ。

「?どうしたのかしら、あの子たち」

「さあ、那奈美の方が二人と長くいるから分かるんじゃないか?」

「分かりませぬ!」

「おい」

まだ微妙にテンションの高い那奈美女でも二人の行動は分からないのかと思っていると、俺のケータイにメッセージが届く、美夜からだった。

『すみません、テンションの上がったお姉ちゃんは、大変なので後は任せます!ご冥福を』

なんとも不謹慎なメッセージであったが、一体俺は、なにを任されたのだろう。

しかしゲームセンターに来て、ゲームをしないのも何だかおかしいので、俺は、七重の挑戦を受けることにした。

「まあいいや。で、何のゲームをやるんだ?何でもいいが、一度は絶対に練習させてくれよ。流石に初見だと意味わからないミスするから」

「いいわよ。じゃあ、音ボックスしない?アニソンも多いし楽しいわよ」

那奈美は、さっきまでやっていた小さい筐体を進めてくる。やはりやったことのないゲームだったが、要領さえわかれば、きっとできるはず。

俺は、筐体に付属していた説明書を手に取ろうとするのだが……

「ん、じゃあ、とりあえず説明書を」

「いいのよ!こういうのは、やって慣れろ、って言うじゃない!えい!」

「あ、なに百円入れているんだよ!」

「いいのよ、ほいほい、ほほいの、ほいっと、さてと、始まるわよ。妹ペロペロ日記オープニングテーマ『ブラコン妹ペロリンヌ第一楽章』」

那奈美は、勝手に筐体を操作し、とんでもない電波ソングを入れる。しかし気が付いているのだろうか、小さい筐体に二人で立つと距離が近いことに……

「うお!始まった!」

そんなことを思っていると筐体が音楽を流しだす。それにしても何度聞いても酷い歌詞だ。

いきなり、ペロペロッ!とか歌いだし、始まるなんて。

4×4の立方体のメロディーボックスは、どんどんタッチの指示をしてくる。

「えと、これが長押しで……同時押し!うお!キモい歌詞のくせして難しすぎるだろう!」

「キモい言うな!宗吾だって、一応全話視聴したんでしょ!」

いや、確かに一番くじの騒動の後、気になって七重と見たのだが……オープニングもさることながら、内容も兄のモノローグが、やけに気持ち悪く、七重は、喋りすぎるAV男優主人公とか言っていたし、俺も同じ印象を持った。飛びぬけていた。本当に良い意味で気持ち悪い作品だった。

しかし、そんなことを考えているうちにサビに入る。コマンドがどんどん複雑になってくるのだが、なんとなくコツを覚え、どうにか、曲をクリアした。

「おら!クリアしてやったぞ!ボケェ!」

「お、おぉ……人のことはあんまり言えないけれど、宗吾もゲームをするとキャラが変わるのね……意外だったわ……、全然そう言うキャラには見えなかった」

クリアの喜びに喜んでいた俺は、那奈美の事はスルーし、次の曲を選ぶ。あんまり歌は聞かないから、知っているメジャー曲を選ぶ。

アニソンでなく、那奈美女は少し不満そうであったが、関係なく。二曲目は、しっかりと前で学んだことを実践したため、どうにかクリア。

「驚いた。まさか、少しやっただけでこんなスコアが出るなんて……宗吾、アンタ実は、ゲームを結構やり込んでいたの?」

「やってないぞ?あの頃は、ゲームをする暇なんぞなかったからな」

「……どうやら、私も本気で行かないと負けるわね……宗吾勝負よ!」

「受けて立つ!」

俺達は、百円を持ち、那奈美は、隣の台で、百円を入れる。

モードをvsセッションモードに選択し、挑戦者として、那奈美女と戦うことになった。

「さてと、曲は、『ブラコン妹ペロリンヌ第一楽章』でいいわよね」

「いいのか、もう俺は、譜面覚えたぞ」

俺は挑発をするが、那奈美は、その挑発に対して、鼻で笑う。

「フン、音ボックスは、そんなに簡単じゃないのよ。舐めて掛かって、吠え面をかくといいわ」

自信満々の那奈美だが、良いのだろうか……。俺達は、迷わずにエキスパート、音ボックスで一番難しい難易度でゲームを開始する。

「デュエル!」

「は?いや、なんだ、その掛け声」

「なによ、ノリが悪いわね」

ノリの問題なのだろうか。俺は、少し疑問に思ったが、そんなのは関係なく曲が始まる。

俺は、覚えた譜面通り、ボタンを押し、全てタイミング通り押す。

「フン、序盤は、パーフェクトなんて当たり前、ここからが勝負なんだから」

那奈美もすべての譜面を完璧に押すのだがそこまで喋っていて大丈夫なのだろうか。俺は、そんなことを考えながらも譜面をタッチする。

「おい、あのカップルスゲくね」

「うわ、音ボックス最高難易度の『ブラコン妹ペロリンヌ第一楽章』をカップルでノーミスとか、人間か?」

失礼な。

こんなの譜面さえ覚えれば、あとは触るだけだろう。ギャラリーを俺は無視して、譜面を触り続けるのだが、那奈美は、そうとも行かなかった。

「な!カップル!?」

余りの動揺に、一回だけ、譜面をタッチするタイミングずれ評価が少し下がった。チャンスだ。後は、俺がフルコンボ、オールパーフェクトでクリアすればいいだけであり。

曲が終わり、俺達は、二人そろってフルコンボを叩きだすが、この勝負は、コンボ数ではなくスコア勝負。

画面にスコアが表示されると、俺は、自然と笑い声が出てくる。

「うははは、俺の勝ちだな!」

「くぅ……あそこでミスさえしなければ、ドローに持ち込めたのに」

結果としては、俺がフルコンボ、オールパーフェクト。那奈美は、フルコンボだが一回だけ動揺してか一個だけ一つ下の評価が出てきていたので、俺が勝った。

「うおぉぉぉすげぇぇ!」

「なんぞこのカップル!?強すぎぃ!」

気が付くとギャラリーが俺達を囲み拍手をしてくる。俺は、久しぶりに味わう高揚感に表情が少し崩れそうになるが、那奈美は、悔しそうにしていた。

「ま、まだよ!次は、宗吾の知らない歌を……」

「俺が楽曲を決める番だな。じゃあさっきやった二曲目を入れよう。これなら、絶対にフルコンパーフェクトを狙えるからな」

「鬼ぃ!悪魔ぁ!この糞外道!」

いや、このゲームは、そう言うゲームだろう。相手に情を与えて負けたら、真剣にやっている相手に失礼になるだろうに。

結局、あの後も俺の完全勝利によって、勝負は終わった。気が付くと音ゲーフロアに居た外野が俺達に歓声を上げ、握手を求められたり、店員さんに写真を撮られたりでゲームセンターを脱出するのが一苦労だった。


「お姉ちゃん、宗吾さん!流石にふざけすぎです!なぜゲームでそこまで白熱して周りが見えなくなってしまうのですか!」

俺と那奈美は、宿泊しているホテルの一室で正座をして、珍しくご立腹な美夜お説教を受けていた。内容は、今日のゲームセンターでの一端だった。

白熱しすぎで、ギャラリーは大混乱、脱出したのは良いが、その後も俺たちの話題は尽きなかったらしく、顔写真が拡散されたりした。

それ自体は問題ないと思ったが、ネットリテラシーに厳しい美夜は、俺達にやりすぎと最初は軽く注意をしていただけだったのだが……

「私は悪くないもん。宗吾が容赦ないから悪いのよ。それに、顔写真の拡散だって、私じゃなくて、外野の連中が勝手に写真を撮って投降しただけじゃない。私悪くないもん」

「そうではなく!やり過ぎなのです。いつもお姉ちゃんは、むきになって、ゲームをし出すから、こうやって話題に上がっちゃうんです!楽しむなとは言わないけど、やりすぎは、絶対にダメだよ」

「でも、私は、ゲームには全力で攻略しに行かないと失礼じゃない!私は、全力でゲームしただけ!」

怒られている立場のくせして、全く反省もせず、拗ねたようにそっぽを向く那奈美女の態度が姉妹喧嘩に発展し、一緒にいた俺もなぜかお説教に加わっていた。

「加減があります!熱の入れ過ぎは、何でも毒になるのですから!それに宗吾さん!」

「は、はい!なんでしょう!」

突然話題を振られて驚く俺、お、俺が何をしたって言うんだ。

「宗吾さんは、なんで頭が良いのに、手加減も後のことも考えられないのですか!?外野が増え始めた時点で、負けてあげれば、お姉ちゃんも気がすんでやめたかもしれないうえ、写真まで撮られて!写真を撮ろうとする人がいたら断ればよかったじゃないですか!」

「すみません反省しています」

とはいう俺も調子に乗りすぎてしまった。やりすぎたと反省していた。そんな俺達に、七重は助け舟を出してくれる。

「まあ、許してやれ……もう妾も眠いのじゃ……ふあ……」

「な、七重様!?」

七重が突然正座している膝の上で丸くなって眠そうに出てきた。七重は、秋葉原で買ったアニメキャラが来ている猫耳フードパジャマを着ていた。フードから垂れた耳が出て少し不思議だ。

「ほら……もう夜じゃ。夜は、体を休めなければ、体に悪い。それにふぁ……眠い」

「ですが……」

「それにホレ」

七重は、那奈美の方を指さすと、そこには、なにかブツブツと言い、怪しい那奈美がいた。

これは、那奈美が創作時に出す顔で、暗黒面と俺は、呼んでいた。

「ふ、ふへへ、七重様かわゆい、ヤバい思考が駆け巡る。ゴメン美夜!ちょっと新作のアイディアが浮かんできた!」

「あ、あー」

美夜も何かを察したようであった。

「早く、宗吾の部屋に行かないと今日は、新作とやらの手伝いをさせられて寝られないぞ」

「ですが、男性と同じ部屋で寝るのは……」

男性の部屋で寝るのは、美夜も気が引けるらしい。しかし、七重は、少しドヤ顔をした。

「安心せい、宗吾の部屋は、ツインと言う部屋らしい。なにも同じベッドで寝る訳じゃないし、万が一宗吾が、変な気を起こそうとしたら、妾が守る」

「なら安心するのですが……脱出しましょう」

うん、万が一どころか、億が一だって俺は、無防備な異性には手を出さない自信はあるが、そんなことをして、徹夜で作業を手伝わされたくないのは、美夜も同じらしく、七重の意見を飲んだ。

こうして、俺達は、那奈美のいる部屋から脱出し、俺の部屋に避難をしたのであった。

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