第1話 移動は、最短で

しかし、意外と移動距離はなく、俺の泊まっていた七重旅館にある関係者以外立ち入り禁止の場所に入ると、そこには、居住空間が広がっていた。

「ありゃ、ここは……えーと」

「どうした宗吾?早く中に入らんか?挨拶前に固まるなど愚の骨頂であるぞ」

物凄く嫌な予感がしたが、俺は、七重が促すままにふすまを開けると、そこには、巫女服を着た三人の女性と神主のような服を着た体が大きい男性が十二畳ほどの和室に正座していた。俺は、その中で、二人の顔に見覚えがあった。

「君たちは……那奈美に美夜じゃないか!」

「へ?宗吾さん?」

「糞男!じゃなくて宗吾!」

ポカンとする美夜は、驚きが隠せないようで顔に表情が出ていた。対して、俺の顔を見て露骨にいやそうな顔をする那奈美。

「なんじゃ、二人とも、宗吾とはもう顔見知りだったのか」

そして暢気にしっぽをフリフリする七重……このしっぽ掴んでやろうか迷うが、俺も大人だ、クールになり、しっかりとあいさつをする。

「あの初めまして……有馬宗吾です。この度は、七重の器という良く分からない立場になりました」

「この度は、うちの娘が大変な粗相をしたのにお顔向けできず申し訳ございませんでした。私は、黒川家当主、黒川美湖(みこ)と申します!ご事情は、七重様から聞いております」

「私は、夫の黒川幸(こう)です。昨日は、出先に居りましたゆえに顔を出せず申し訳ございませんでした。我々の不徳をどうかお許しください」

俺が挨拶をすると、ご両親は、深々と頭を下げた。ジャパニーズ土下座を目上の方にされてしまうと俺も戸惑ってしまう。

「あ、あの!頭を上げてください!理由はどうあれ原因は、俺にもあるのですから!」

「そうよ!悪いのは、宗吾なんだから、パパもママもあんまり恥ずかしいことしないでよ!」

俺がそう言うと、不機嫌そうに那奈美は、御両親に苦言を言う。

しかし、それに対して美湖さんは、頭を上げると、痛そうな拳骨を那奈美に浴びせる。

「痛い!なによ、ママ!DV!?訴えるわよ!」

「そもそも、アンタが、宗吾さんにビンタしたからこんなことになっているのでしょう!」

すみません美湖さん。それ、多分、俺が原因なんです!本当にすみません!

美湖さんは、おっとりた見た目とは違い、中身は、肝っ玉母さんそのもので、今にでも那奈美と喧嘩しそうな二人を、幸さんと美夜が止めている。

まさしく、理想の親子像だったが、今は、そんなことに付き合っていられないのか、七重は、わざとらしく咳払いをする。

「ごほん!ええい!お前ら、巫女の家系としての意識が足りないのではないか!沈まれ!まずは、宗吾に説明をするのが先じゃ!」

七重は、見た目に反し、威厳のあるセリフに黒川家の皆様は、動きを止め元の位置に座り、姿勢を正す。

「あ……あの俺も座っていいですか?」

「ど……どうぞ」

わずかな沈黙に耐えられなかった俺は、美湖さんに聞くと美湖さんも俺の質問に答えてくれたのでしっかりと正座をする。七重は、てきとうに胡坐をかき、無作法に座るが、自称神だから許される行いなのだろうと、自己解釈をしておくことにした。

「まあ、よい。まずは、宗吾への説明じゃ、黒川家についてじゃ。黒川家は代々湯上の地で巫女の家系として妾の代弁者をしておる家系じゃ。と言っても、このご時世、神を信じる人間などほとんどいないからのう……今じゃ、町の顔役程度の役割である」

真面目な話をしている七重であるが、俺を睨む那奈美が気になって、話を強引に進める。

「なら、俺が、この街を立て直すより、黒川さんに任せればいいじゃないか」

「ぶっちゃけたところそうしたいのだが妾は、由緒正しい神様ではない。湯上の地には、前任の神様がいた。神としての力関係で言えば、妾の数十倍は強かった」

「前任ねぇ……けど、前任だろう。この件とは関係ないんじゃないか」

「そうもいかぬ前任土地神は、たいそう頭がおかしくてのう。黒川の巫女は、慎ましやかじゃが、苦労のしない幸福の代わりに、この地の風習を守る。そしてこの地に縛るという二つの契約をしておる。故に長時間湯上の地を離れて活動ができないのじゃ。……故に行動に制限があってのう……結果的に今の黒川は、町の復興をろくに出来ない状況なのじゃ、なんと時代遅れな考えだったのだろうか、同じ神として恥ずかしいばかりじゃ」

「ふむ、では、その契約を七重は、すぐには、破棄できないんだな」

「そうじゃ……時間を掛ければやれんことも無いが、今は、まだできない。数十倍も力の差があるとなると契約破棄には、100年かかる」

とんだポンコツ神様だった。

しかし、そんな七重に美湖さんは、深々と土下座

「七重様ごめんなさい……私たち巫女の家系が不甲斐ないばかりに」

「美湖、頭を下げなくてもよい。悪いのは、前任の神なのじゃから……はぁ」

ため息をつく七重。神様の事情というのは分からないが、黒川家が、この土地で、俺の任された街の復興……よは、地方創生が出来ないのは、理解できたが、分からないこともあった。

「契約ってなんだ?黒川家は何ができないんだ」

そう、契約だ。よくあるものでは、願いを叶える代わりに、怪物と戦ったり、海を泳げなくなったりなどある。きっと、そう言った事情が黒川さんたちにもあるはずだった。

しかし、七重の代わりに口を開いたのは、意外にも那奈美だった。

「長期間湯上を離れられないの。私達、黒川家の巫女とその婿入りした夫が対象。正確には、三日程度しか離れられない。一週間以上離れると死に至る……おかげで、今まで、町を復興するための大事な話が合ってもろくに外に出られないうえ、地方行政にも主体的には関われない。おかげでどんだけ苦労しているやら」

「いや、耳が痛いのう……これでも妾も頑張ったと思うぞ。前任の神は、そもそも出ることすら許さなかったのだからな。なにぶん契約の破棄は、神が変わっても大変なんじゃ」

申し訳なさそうに頭を下げる七重。

見るからに、那奈美は、今の状況を非常に良く思っていない様だった。しかし、矛盾が生まれる。

「なら、那奈美や美夜は、外に出られるのではないか?」

「そうもいかんのじゃ、巫女は、黒川家の長女が代々次ぐことになっておってのう。長女は、生まれた瞬間から巫女の使命を担うゆえ、那奈美は、生まれた時から、この地に縛られておる。まあ、美夜は、特に縛りは、無いが幼いころは、両親同伴じゃないと外に出ることはできないから、同じようなものじゃ」

意外と面倒だな、神様って。

しかし、なんとなく分かってきた。黒川家は、湯上を離れられない。しかし、長期間の外出は不可能。

「つまり、俺は、湯上の地に縛られず、かつ、七重の事情も知っている地方創生にはうってつけという存在なんだな」

「まあ、そう言う事だ。宗吾には、この地の復興。地方創生をしてもらう。そのうえで、衣食住を黒川家と一緒にしてもらおうと思って居る。安心せい、それ以外にも学校への復学などは、黒川家で口利きしてもらえ」

なんとも不遜な態度であったが、確かに俺は、もともと死のうとしていたし、この町を市に変えることさえできれば死ぬことも可能になってくる。

「断る理由も無い」

「そうですね七重様。黒川家当主、黒川美湖全力でご要望に沿わせてもらいます」

「うむ、よきに計らえ」

話しが纏まろうとしたが、それに異論を唱えたのは、那奈美だった。

「待ってよ!事情は分かったけれどうちで暮らすのは反対!絶対嫌!」

「お姉ちゃん!落ち着いて!」

今にも、俺や七重に手を出しそうな勢いの那奈美を止める美夜。俺は驚き、七重は、動じないと思っていたが、意外にも悲しそうな顔をしていた。

「那奈美すまんのう。本当にすまんが、手伝ってくれ」

前任の神が犯した愚行とはいえ、きっと七重も罪悪感があるのかもしれない。とにもかくにも、俺は、黒川家の厄介になる上での話になる頃には、美夜が、那奈美を部屋に連れていき、スムーズに進んでいった。

一度、那奈美とは、話をしないと思いながらも、話が終わる頃には、深夜になっていて、とりあえず今日の所は、客室に戻り睡眠をとることにした。

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