地方創生すれば死ねますか?

優白 未侑

プロローグ

プロローグ

 女の子と約束をした。記憶にはもう無いけれど、そんなこと今の俺は、思い出そうとしなかった。俺は決意したから。

「死にますか」

今日俺は、死ぬと決意した。

理由は簡単だ。多額の生命保険や多額の財産を残して両親が死に、俺は、親族に盥回しにされながら、暮らしていた。

そんな生活が嫌で俺は、十歳で両親の遺産を投資。

気が付いたら億単位の金を動かしていた。もちろん金に卑しい親族たちは、その金まで搾取しようとしたので、俺は、後見人を稼いだ金で立てて、12歳から一人暮らしを始める。

そんな、小学生には、不相応な生活をして来たから何を約束したのかは忘れた。

そこからの生活は、自由だった。

中学生で億単位の金を動かす俺は、その不幸な生い立ちも相まって、ある程度は有名になって行ったが高校一年の秋、こんな記事が一世を風靡した。

『高校生資産家、有馬宗吾(ありまそうご)破産間近!?』

今までがうまく行き過ぎたのかもしれない。

俺の投資していた会社が不況によって、軒並み倒産していった。もちろん、破産間近ではあったが、多少の金は、回収できた。

しかし、その頃には、もう俺の心は、限界を迎えていた。

「もう、死のう……死ねばきっと異世界転生とかできるかもしれないし」

俺は、そんな馬鹿なことを言い、残った金を持ち出し、人生最後、人生お疲れ様旅行のため俺は、両親と最後に行った旅行先、北関東にある温泉街、湯上(ゆかみ)温泉町に向かう。

これが終わりだと思っていた。

しかしこれが始まりだという事を俺は、この時まだ知らなかった。


 湯上温泉町は、東京から電車を乗り継ぎ二時間ほどで着くド田舎にある温泉街。近くには日本一の温泉街などが数ある中、温泉好きな両親は、マイナーな温泉街に来たのだろうか俺にはわからない。

そんなことを思いながら、さびれた温泉街から、少しバスで行ったところ。両親と最後に行った旅館、湯上温泉街で一番大きな老舗温泉旅館、七重旅館。

森の中にある旅館は、とても雰囲気が良く、温泉が好きだった両親のセンスの高さには、頭が上がらない。

「はぁ……何をいまさらこんなに俺は、アンニュイになっているんだ。これから死ぬのに馬鹿らしい……」

俺は、両親との思い出を思い出しながら、ため息をついて、旅館に入っていく。

俺が入ると、着物を着た同い年ぐらいの女の子が俺を迎え入れた。

「いらっしゃいませ、お客様!お待ちしておりまし……え?嘘!宗吾君!?」

黒い髪を長く伸ばした着物を着た少女は、俺の顔を見て驚く。

しかし、俺は、そんな驚く彼女の事なんて一切覚えていなかった。

まあ、俺の顔は、多くの人が知っている。多少有名なことぐらい俺だって知っているから、きっと彼女もニュースか何かで俺のことを知ったのだろう。

「あー、すみません。今日は、オフで来ているので、このことはご内密にしていただけると助かるのですが」

「そ、そうじゃなくて!覚えてない!?私よ!私!黒川那奈美(くろかわななみ)!」

覚えていなかった。俺は、多くの人に会い過ぎているため、携帯電話に登録されている名前や、莫大な名刺以外の交友関係は一切覚えていなかった。

「いや、新手のオレオレ詐欺か何かですか?」

「宗吾君?覚えてないの?ほら……私だよ。約束したじゃない」

「すまないが、スケジュール帳に黒川さんという名前の人とのアポイントメントは、無いのですが……」

「アポイントメントなんて……」

悲しそうな顔をする黒川さん。

しかし、事実は伝えてあげないといけない。中途半端な嘘は、彼女を傷つける。これは、俺にとって最大の誠意である。

しかし、そんな目をされると俺も少し罪悪感が湧いてくる。

「そ……その……」

俺は、謝ろうとするが、それより先に黒川さんは、俺に全力でビンタをしてきた。

感情に任せてのビンタだったからか、バチンと大きな音があたりに鳴り響き、次に黒川さんの心からの叫びが聞こえる。

「なにがアポイントメントよ!最低!私があんたをどれだけ!どれだけ!うぅぅ!」

痛かった。

物理的では無く、心が痛かった。理由は分からないが俺は、女の子を泣かせてしまった。それは、最低な行為である。

しかし、そんな大きな音を聞きつけ、廊下の方から、一人の少女が駆け足でこっちに向かってくる。

「お!おねえちゃん!どうしたの!」

「美夜(みや)……別に、知らない。何でもない」

「なんでもなくないよ~!」

着物を着たもう一人の少女……美夜と呼ばれた少女は、黒川さんと瓜二つの顔だったが、黒川さんより短い髪は、ポニーテールに結わえられていて、背も黒川さんより高く胸も大きい。どっちが姉かと聞かれれば、きっと美夜と呼ばれた少女と俺は答えただろう。

そんな、少女は、この状態を見て察したのか慌てて深々と頭を下げてきた。

「お、お客様!申し訳ございませんでした!姉がご迷惑をかけたようで!ほら!お姉ちゃんも謝らないと!」

「やだ……絶対に謝らない」

黒川さんは、拗ねているのか、涙目になって子供の様に項垂れる。

「だ……大丈夫だから」

「あの!待っていてい下さい!一度、お姉ちゃんを裏に連れていくので!」

俺は、慌てて美夜を安心させるが、美夜は、黒川さんを見かねて、黒川さんを裏に連れていき、その後、耳にタコができるほどの謝罪を聞いた。

黒川さん……姉の方、那奈美は、美夜と双子の姉妹らしく、双子の姉の不徳は、妹の不徳とまで言われたが、俺は、そんな事聞こえていなかった。

きっと精神が参っているからと決めつけ、那奈美とあったことなど完全に忘れていった。


 それからは、至れり尽くせりだった。夕食の懐石料理は、グレードアップし、一番高い部屋に通される。俺は断ったのに美夜は、納得いかないということを聞いてはくれなかった。いい加減うんざりし、俺は、二日目の夜、ついに自殺を決行するため旅館の裏にあった神社の中に忍び込んだ。

「さびれた神社だが、流石に戸締りがなっていないのは不用心じゃないだろうか」

俺の忍び込んだ神社の中には、仰々しい装飾過多な鏡が祀られており、電気で光るろうそく型のライトは、文明の進化か、少し寂しく感じる。

「……まあ、ここで死ねば、地獄行きだろうが、俺にはぴったりだ」

何の変哲もない武骨なカッターナイフがギチギチと出し刃を伸ばす。

俺の独り言に反応してなのか不意に声が聞こえた。

『本当に罰当たりな小僧じゃ』

「まさかな。死ぬ前に聞こえる幻聴にしては、少し変な感じだな」

俺は、少し怯えたが死ぬ前の幻聴だと思えばまだいいだろう。自殺志願者だって、やはり死ぬのは怖いんだと、俺は、思う。

しかし、このまま生き続けるのは、もっと怖い。

俺は、そんな逃避から、カッターナイフを首元に近づけるとまた声が聞こえた。

『だから!やめろと言っているじゃろう!』

幻聴ではない。これは、脳に直接喋りかけられている。

「ま……まさかな……本当にまさかな……」

俺は震えてくる。最後の最後でこんな怪現象が起きるなんてと思っていたのだが、さらに怪現象は続く。なにも無い所から、ボムッと音がする。

「うお!ラップ音!」

『やめい!やめい!』

ボム、と何度もなり続けたと思うと、俺は、音のしない方、鏡のある祭壇の方に逃げていく。

「死にたいが!殺されるのも、祟られるのも勘弁じゃあぁぁぁ!」

『ええい!お前は、人が減りつつある土地で面倒な騒ぎを起こすつもりか!許さん!そう言うふと届き者は、こうじゃ!』

「うげ!」

俺は、なにも無い所から何者かに足を掴まれると、祭壇の方に転んでいき、装飾過多な鏡に激突。その衝撃で鏡は、完全に割れてしまった。

「ひ……ひい!やっちまった!」

俺は、なんて罰当たりなことを!俺は、混乱していた。祟られるのか?もしくは器物破損で逮捕されるのだろうか。

どちらにしても破滅だ。俺は、ぐるぐると思考が駆け巡ると幼い女の子の声が、先ほどとは違い耳から聞こえてきた。

「うむ!ざまあみ……ぎゃあああ!鏡がぁ!鏡があぁぁぁ!」

俺が、声の方を見るとそこには、割れた鏡を必死に直そうとする巫女服を着た金髪ツインテールに狐耳のカチューシャを付けた幼女がいた。

「あ、あのー」

俺は、恐る恐る幼女に声をかけると幼女は、こちらを向き、ぴくっとカチューシャの耳を生物的に動かす……いやカチューシャではなく正真正銘狐の耳だった。

そして、幼女は、俺を睨むとこちらに向かって歩いてくる。

「どうするのじゃ!妾の器が!こうなったら、小僧!お前を器にさせてもらうぞ!」

「へ?ムググぅ!」

そして、躊躇なくディープキスをしてくる。愛を確かめる粘液交換と聞くが、俺の初めてのキスには、愛が無かった。

体が熱くなり、光が周りを走る。子供の笑い声、遊ぶ音、色々な声が聞こえる。そして気が付くと、キスを終えた幼女は、ドヤ顔で言った。

「ふう……これで契約は完了じゃ!妾は、七重(ななえ)!ここ湯上温泉町の土地神じゃ!悪いが、小僧おぬしは、妾の器として働いてもらう!なに安心せい、死なんように体は、不になっておるし、危ないことも一切ないからな!」

「いや……え……器……不死?」

訳が分からなかった。器?不死?俺は良く分からず、幼女の言葉を反芻してしまう。

「そうじゃ!不死じゃ!妾の手となり足となりこれから馬車馬のように働いてもらうからな!妾の器、壊した罪は重いぞ!」

不死……つまり死ねない。それは自殺志願者の俺にとっては、地獄より恐ろしいものであった。

「は!はあぁぁぁぁぁ!」

暗転、俺は、あまりの衝撃に気を失ってしまった。


 目が覚めると客室の天井と七重が心配そうに俺を見つめる顔があった。

「夢じゃ……ないよな……」

夢だと思いたかったが、一切そう言ったことはなく、目の前では、俺が起きたことを喜ぶ七重の耳がピコピコと動いていた。

「おお!起きたか宗吾!なんじゃ、いきなり倒れるとは貧弱な器じゃのう」

「あれ?俺、自己紹介したか?」

「神の力にかかれば名前を知るくらい容易いぞ!他にも、アイスの当たり棒を的確に買うことなども可能じゃ!」

神の力、せこすぎませんかね!

とにかく俺は、状況整理と情報を集めないといけなかったので、布団から起き上がり、七重に色々聞くことにした。

「えーと、七重でいいよな。七重は、ここの土地神って言っていたよな?」

「そうじゃ!偉いのじゃ!」

偉そうにふんぞり返る金髪ツインテール幼女こと七重。確かに人間ではない、狐の耳や尻尾からも分かる。

そして、問題はここからだった。

「まあ、七重が偉いとかはどうでもいいんだ。俺が、器って……それに不死ってなんだ」

「なんじゃ、いきなり核心に触れてくるとは、無粋じゃのう。まあ説明してやろう。まずは、宗吾が割った鏡。あれは、器と言って、簡単に言えば妾の家のようなものだ。あの家があって、初めて妾は、神としての権能が発揮できるのじゃが……割れてしまったのでな。新しい器が出来るまでは、宗吾の体を代理の器として有効活用してもらっている」

「それは分かった。しかしなぜ不死なんだ?」

「妾は、同じ轍は踏まぬ。次は壊れないように、主の体を不死にした。もちろん神の力じゃ。ナイフで首を切っても、脳みそが壊れても首を吊っても絶対に死なぬ!流石、妾。神過ぎてにやけてしまう」

嬉しそうにしっぽを振る七重だったが、非常に迷惑であった。俺は、これから死のうとしていたのに死ねなくなってしまった。

「出て行ってくれないか。お前は知っているかもしれないが、俺は自殺志願者だ。死ぬことができない体は、非常に迷惑だ」

「いやじゃ。お前が自殺志願者だということは、知っておるからな。だから不死にしたんじゃよ。言っただろう、同じ轍は踏まぬと」

なんとなく想像はしていた。おそらく、この神は、次の器とやらができるまで俺を生に縛る気満々だったのだ。

ここは、押しても変わらない。こういう時は、情報を引き出すのだ。そうやって俺は今まで生きて来たのだから。

「分かった。じゃあ、話を変えよう。目的はなんだ?ただ単に生きるだけなら、俺を器にしなくても良かっただろう。察するに器とやらは、生き物である必要はないんだろう」

「察しの良い男じゃ。良いのう、頭が良く立場も踏まえたうえでの質問。なら、教えてやろう妾の壮大なプロジェクトを!」

偉そうに言うが、純和風の神様が横文字を使うとなんか不思議だ。しかしこれで情報が引き出せるので、俺は黙っていることにした。

「まず、我々神は、信者の信仰やその土地に住まう人の感情を糧に生きる。しかし、妾の収める湯上温泉町は、人口が年々減っておってのぅ。ぶっちゃけると二万人を切っておる。まあ人口が減れば、神である妾も簡単におまんまにありつけなくなってしまう。事実、前任の土地神もそれが理由で職務放棄をしてしまっておる」

「つまり、今の七重は家がなくなり飯にもありつけない状況な訳なんだな」

「そうじゃ。完全に前者は、宗吾が悪いのだが。まあ、虫の知らせもあったし丁度良いと思ってのう。死ぬくらいなら、その命、妾によこせ」

とんだホームレス土地神様だった。

しかし、なんとなく分かってきた。もしかしたら、これは、俺の終活が成功するための要因なのかもしれない。

「読めたぞ。お前、俺を使って、この土地の人口を増やそうとしているな」

「そうじゃのう……とりあえず、この廃れた町を復活させてほしいのじゃ。そうじゃのう、湯上温泉町を市にしてくれたら、宗吾を開放してやろう」

「はぁ!二万人弱のこの街を市に変えるだって!?お前!最低でも五万に程度には増やせって!馬鹿じゃないか!そんなことできる訳……」

「これは、命令じゃ。勘違いするのでない。お前と妾は、対等な取引相手ではなく、主人と奴隷のような関係じゃ」

七重の目は、鉄の様に冷たく俺の言い分を聞こうとしていなかった。そんな雰囲気に俺は、気圧されてしまい何も言えなくなってしまっていた。

「分かった。しかし、俺はどこに住む?悪いが家はここに無いぞ」

「安心せい、それは手配済みじゃ。今から挨拶に行くから、連絡しておこう」

ぽっと笑顔に戻る七重は、袖口から、黄色いスマートフォンを取り出すと、見事に使いこなしていた。神の威厳もなんもねえ!

「なんじゃ不思議そうな顔をして」

「いや、なんかもっとミラクルパワー的な連絡方法かと思ったら神様も意外と現代に馴染んでいるんだなぁと思って」

「スマフォは便利じゃしのう。動画も見放題、通販でほしいものまで買え、ゲームまでできて月額三万円とは安いものじゃ」

絶対に安くない!めちゃくちゃぼったくられている!月額三万円って使い過ぎだろう。それに通販をする神様って……なんだか俺の中の神様像が段々壊れてくる。

「お!やはりラインは使いやすいのう!スタンプと!さて、宗吾、明日からの宿を貸してくれる者に挨拶に行くぞ、ついてまいれ!」

ルンルンと俺の手を引く七重。俺は、手を引っ張られながらついて行く。

とにかく俺は、この無理ゲーを制して、素晴らしい終活をするんだ!やけに現代に馴染んだ神様になんか負けるものか!

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