乗り物降車_バス編 後編
高校生活から1ヶ月が過ぎ、ようやく朝のルーティンが安定して寝坊することがなくなる。
岬の推しに負け、結局、探偵クラブー正式名学校保安捜査部ーという部活に入らされてしまう。
その中でも麻衣は、捜査(?)活動に参加はせず、パソコンの操作に精通していることを買われ、書記のような事務作業に追われる毎日になった。
仮入部の際に岬恵は、数年前に起こった麻衣の関わった事件について調べたいと、長女である岬美穂に訴えるが、それはできないと断言される。岬恵は諦めてはいない表情で麻衣を説得した。
『必ず事件の内容を調べ上げるから、それまでは待ってて』
岬恵の言葉を麻衣は胸に刻み込んでいた。
連日の疲れから通学の帰りのバスは、居心地のいいうたた寝タイムになってしまった。
乗客の人数は、バス停によって差があるものの混雑することはなかった。
窓から見える夕日と街並みを見下ろすと、バスのエンジン音のわずかな響きと同時にまぶたも次第に重くなり睡魔がおそってくる。
『次は……団地前。……団地前。お降りの際は……』
(……団地?)
とっさに目覚め、ブザーを押した。
だが、正面の電光掲示板には、麻衣が住んでいるところとは違う団地名が表示されている。
また、やってしまった、と後悔してバスを降りようとしたが、幸運なことに降りる人がいたために、難を逃れる。
「ふぅ」
深呼吸して降りるべきバス停で麻衣は降りた。今度から慎重にならなければ、と自分に反省をうながし帰宅した。
翌朝、いつものようにバスを待っていると、見覚えのある男子学生が、元気な笑顔で麻衣の隣にやってくる。
「おっはよう! 麻衣ちゃん」
「おはよう……」
麻衣は素っ気ない態度で返事した。
「なんだよ、元気ないなぁ」
「あんたの顔みたら、余計に元気なくなったわ」
思わず岬恵が、皮肉たっぷりに口ばしりそうな言葉が出てくる。
「困るなぁ。せっかく麻衣ちゃんにとびっきりの情報を仕入れてきたっていうのに」
「おあいにく様。よっぽどの情報じゃないとわたしを喜ばせることはできないわよ」
「ニィヒッヒッヒ! その辺は抜かりはない!」
バスに乗り込みながら、箱羽の顔色を窺う。彼は、自信満々にふんぞり返り口角を最大にあげる。時折、鼻をくすぐり不気味な
しかしながら、麻衣は気になっていた。こいつがにやけるほど自信を持ってるということは、恵に聞いたわたしに関わっている例の事件の情報かもしれない、もしくは……、と考えた。
「もったいぶらずに言いなさいよ!」
小声でつぶやくと、
「ここじゃぁ、ちょっと言えるような内容じゃないんで、放課後、部活の時にでも」
混雑した乗客を気にして、口を細めて言った。
なんだ、結局
彼が探偵の助手として働いているために、プライバシーに関することは、公共の場では『NG』と自分に言い聞かせているのかもしれないと思った。
「代わりに、普段どんな依頼をこなしているか話してやるよ」
箱羽は、岬美穂探偵事務所---通称MMD--で普段どんなことを学んでいるかを事細か説明した。
始めは興味を持たないような、ペット探しからはじまり、人探しや素行調査、そして、誘拐の可能性があった事件やら、不可思議に解決した事件まで言葉が枯れそうになるくらいしゃべり続けた。いつのまにか、麻衣は、興味がわき、ひとつ一つの事件を貪欲に聞き入った。
あっという間に高校前のバス停まで時間を消化した。気がつくと教室に入っていたほどだった。
「……そのあと、どうなったの?」
「……ん、ん、と……」
箱羽は話しつかれ、周囲を気にしはじめた。話を強制的に打ち切った。
「今回は、ここまでな!」
と言い残すと、3、4人グループで固まっている男子生徒たちの中へと足早に入っていく。
「ちょ、ちょっと……」
(逃げたな……)
麻衣は大きく頬をふくらませ、不満を露わにした。一部始終を見て麻衣に近寄ってきた岬は、クスクスと笑っている。
「あ、おはよう、めぐ! ン? どうかした?」
「もしかして……?」
「ん……?」
「あいつに、探偵事務所でどんな仕事で、色んな依頼が来てるとかの長話を聞かされた、とか?」
「よくわかったわね!」
でも、なぜ、わかったの? と言い返すことなく、岬の言葉を待った。
「あいつの話はほとんどホラ話よ。信じちゃダメ」
「……ウソってこと?」
「絶対ウソ、というわけじゃないけど、美穂姉が手がけた事件に、後付けで脚色してるっていうのが正しいのかな。都合のいいように作り替えているっていうのかしら。2、3年前、あなたと同じように、真剣に信じた人がいたのを思い出して吹き出して笑ってしまったわ! ごめんなさい」
真剣になって聞いていた自分がなんだか馬鹿馬鹿しく思えてきた。だが、本当にホラ話なのかすこし気になった。
放課後になると麻衣は、職員室から張り切って部室へと向かった。
カーテンを開け、外の空気を取り入れるとテーブルに置かれた薄い冊子が風で
しばらくして箱羽と話しこみながら、岬恵と一緒に生徒会長の恵の姉である
「お久しぶりね! 麻衣さん」
「生徒会長!」
(生徒会長自らが出向いてくるなんて……)
「恵にどうしても出席してって頼まれてね。『誘拐された事件』のおおよその内容がわかったって聞いて。私も結構事件のことは気にしていたの」
ホワイトボードを前にして箱羽を除き、全員がパイプ椅子に座る。箱羽がボードの前に立ちマジックペンでデカデカと『報告内容』と書き記し、なにやら小冊子をみんなに配布する。
表紙のタイトルは『バスジャック監禁事件の考察』という表題になっている。4枚の紙をホッチキスでまとめたものだった。
麻衣はPCを立ち上げ内容を記録する準備を整えた。
「えっと、それでは報告会を始めたいと思います。まずはお手持ちの小冊子を開いてください」
箱羽は、普段とは違う面持ちの話し方でぎこちない態度だった。
「ヒデくん、ふつうに喋ってくれる? あなたがそんな喋り方をするのは、なんだか気持ち悪く感じるわ!」
生徒会長の岬莉央が、横柄な態度で言った。
「そうね。莉央姉のごきげん取りはかえって、あなたのミスに繋がりかねないわ!」
付け加えて恵がいった。
「へぃ、へぃ、仰せのままに」
大きく深呼吸すると箱羽は、普段の顔つきで喋りはじめる。3人の女子を前にして落ち着いていた。
「麻衣ちゃん、今日は小冊子を使うから無理に記録しなくてもいいぜ」
「うん!」
「じゃあ、生徒会長もいるので、簡単に経緯を説明した上で、本題に入るから」
咳払いを一つすると、
「昨日、
簡潔に述べると、箱羽は、ボードに『バス内部』『監禁場所』と区分けして、事件の細かい経緯を丁寧に説明した。長々と彼は小冊子をもとに事件の全体像を余すことなく話した。
しゃべり疲れ、彼は用意していたコップでペットボトルから水を注ぎ一気に飲み干した。
「……と、ここまでが麻衣ちゃんでも把握していると思う事件のあらましなんだ。ここまでで、何か質問ある?」
「ちょっといい?」
恵が腑に落ちない顔つきで言った。
「今のあなたの説明だと、メディアで報道されたことと一致しないわ! つまり、最初の犯人と監禁後の犯人と容疑者は、はじめから複数人だったってことなの?」
マジックペンで恵を差すと
「さすが、メグミッチ。鋭いなぁ。ここが単純に見えて複雑になったトコかもしれない」
箱羽が恵に言った。
「珍しいケースでもないと思うわ。指示役がいたとヒデくんは言いたいのでしょ! でも……そうなると」
莉央も全体の筋書きをすでに推測していた。だが、すぐに考え込んだ顔になる。
「……指示役の目的ってことですよね?」
負けじと麻衣も補足してこたえた。
「そこで次のページを開いてくれ!」
彼女たち3人は小冊子の文字をうたがった。
「えっ?!」
興奮した様子で叫んだのは麻衣だった。
「そんな……ありえないわ! 何かの間違いでしょ?」
「麻衣、落ち着いて!」
恵は興奮を抑えようと麻衣をなだめた。
「だって、あの[校長先生]が指示して誘拐事件を計画したなんて……」
「麻衣ちゃん、落ち着いて、最後まで聞いてくれ! 校長先生も実は被害者なんだ!」
「勝葦事務所の
「脅迫?! いったいだれに?」
「それをいま全力で調査しているらしい」
「それじゃぁ、まだ事件は続いているっていうの?」
箱羽はゆっくりとうなずいた。
「難航してるらしい」
「それで、指示した真犯人の目的は何だったの? 当時の麻衣のクラスに関係する人物ってことは想像つくけど……」
「あ、それはもしかすると、クラスメイトだった『木波ちゃん』が関係してるかも」
「キナミ? どうしてそう思うの?」
「うん、2つ根拠があるわ。ひとつは『木波サナエ』っていうんだけど、その人のおじいちゃんがスゴイ人らしくて、一度だけ私たちのクラスに来たことがあったの。もう一つは犯人がサナエちゃんと話しているのを見たから、それに『からくり時計』と『なんとかカード』っていうのも言ってた記憶がある」
箱羽も興味があるように聴き入る。
「へぇ、それはさすがに知らなかった」
箱羽さえ知りえない情報だったようだ。
生徒会長が訊ねてきた。
「からくり時計? その人、どういう人なの?」
「からくり時計の職人さんだとか……言ってたような……?」
「ああ、間違いない。名前は『
ボードに『木波藤十郎』と『なんとかカード』と箱羽は書き記した。
「ひょっとしたら、その職人が自分の作ったからくり時計に何か大事なものを埋め込んで、それを狙ってサナエさんのクラス全員を?」
岬莉央が推理した。
「俺もそれは考えました。けど、クラス全員というのが引っかかった。それなら、登下校時に彼女だけ誘拐すればいいはずです。もっと他に要因が重なった可能性が……」
今まで沈黙していた恵が麻衣に問い詰める。
「ねぇ、麻衣。当時クラスで話題になったことってなかったの?」
麻衣は強く首を振った。
「そう……」
咳払いひとつすると箱羽は、
「それで、麻衣ちゃんに朝話したとっておきの情報をここで言っちゃいます」
麻衣は一瞬ドキッとした。急に自分に対することになり動揺する。
「メグミッチから依頼されていた麻衣ちゃんの夢に出てくる男の人の正体が、わっかりました!!」
補足して恵が話しはじめる。
「麻衣のイメージというか話を聞いて、たぶんこの人かも、って思った人物がいたの」
「えっ!? いったい誰なの?」
「勝葦探偵事務所に在籍している乾さんだと思うの」
「イヌイ、さん?」
「彼が誘拐監禁事件を解決にみちびいて、唯一、刑事さん以外であなたのクラスメイト全員と接した人物だからよ」
「乾さんも麻衣ちゃんのことは憶えてるらしくて、比良坂絵理という子と親しく話していたのが印象的だったみたい」
「ヒラサカ……エリ!!」
麻衣にとって、忘れていた名前だった。
「絵理ちゃん……」
当時の思い出が麻衣の中で蘇ってきた。
「そうだったんだ! 間違いないわ! その人で」
「どうやら、あなたの中でひとつ悩み事が解決したようね」
生徒会長は、席を立つと部室を出ようと扉まで行った。
「ヒデくん、続きはまた今度ってことにして。これから用事があるから失礼するわ!」
「とりあえず、お開きにしますか」
満面の笑顔で箱羽はいった。
下校時、箱羽の泊まり込む事務所によることになる。運が良ければ、乾さん本人に会えるかもしれない、という期待を膨らませた。
ただ、麻衣はその前に自宅に帰りたいと思っていた。どうせなら、制服よりも身なりをきちんと整えて行きたかったからだ。
だが、大きい悩みを解決して安心したのか、睡魔がおそい、自分の降りるバス停で降りるのを忘れてしまう。
「まい、麻衣、降りるよ」
恵に肩を軽くたたかれ、目を擦り上げた。
窓を見るとビルが立ち並ぶ街中だった。
「えっ?! えぇぇ?!」
がっかりして顔を垂れた。
(せっかく家に寄って着替えようと思ったのに……)
しばらく考えていたが、
「麻衣、何してんの?」
すっくと立ち上がり恵の後についていく。
「ま、いっか……」
晴れた顔つきでバスを降りた。
完
わすれもの 短編集 芝樹 享 @sibaki2017
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