過去からのメッセージ 前編



 学校の午後の帰宅のチャイムが鳴りひびき、少女は校門から友達と別れ、病院へと向かう。

 ドアをくぐり、早足で病室のある階へと階段を駆けあがった。


 病室の入り口にはネームプレートに、『浜中はまなかアイナ』と書かれていた。

 スライドドアを開けると、ふわりと風が舞いあがりスカートが持ち上がる。窓が細開きになっているのが遠目からわかった。

 カーテン越しから川端実奈かわばたみなが窓辺に立つボブヘアの少女に呼びかけた。

「アイナ!」

 童顔の少女が反応し、笑顔の表情を見せた。柔らかい微笑みだが、すこし元気のない雰囲気があった。

「実奈、本当にきちゃったんだ。でも、3日連続だけど、部活は大丈夫なの?」

「へーき、ヘーキ! 美術部なんてあのガッコウは、男子がほとんどを占めているし、ちゃんと部長には断ってきてるわ!」

「意外だね、実奈が美術なんて。中学生の頃は運動系が得意で、高校に行ってもソッチ系に行くと思っていたのに」

 実奈は表情を少し曇らせた。

「うん、ちょっとね。将来のことも見据えようと思って」

 椅子に座ると、

「それより、ねぇ、昨日も話したけど、アイナのビョーキのこと」

 落ち込みの表情でアイナが、かほそく声をだす。

「うん……」

 アイナが重い口をあけた。

「実は、詳しい病状はわからないのだけど、遺伝性の病気らしいの」

「遺伝性の……?」

 こくりとうなずき、

「私の父方の家系で、命を落とした人がいるほどの病気なの」

「ウィルス性のもの?」

「わからない。先天性がつよいらしくて、早い歳だと15歳に発症するみたい。だから、10歳から特別な診断を毎年やっていたのだけど」

「特効薬とかが作りにくいのかな?」

 首を捻った。

「さあ……? でも、カワサキ先生に訊いたら、安静にしていれば良くなるって」

「カワサキ、先生?」

「わたしの主治医」

 ああ、なるほどと相槌あいづちを打った。メールのメッセージにも時々でてくるイケメンの白衣医師かと納得の表情をする。

「そうだ、忘れるところだった。ここにくる時に、江藤さんがもうすぐしたら回診に行くって」

「もうそんなに時間が経ったのかな……」

 アイナが部屋の掛け時計をみる。ちょうど針が15時を差していた。

「うん、今日はきのうと違って、くるのが遅くなったからかも」

 スライドドアが、ゆっくりと開く音が聞こえてくる。

「ねぇ、実奈。いつもメールで面白いこと書いてくれてありがとうね」

「よしてよ、あたし達子供の頃からの親友でしょ」

「最近、なんだか小学校の頃のことを夢に見ることが多くて……」

 江藤看護師が、タイミングを見定めたようにあらわれる。アイナの話し声を聞いていたようだった。彼女(看護師)に気づいてベッドから少し距離をおく。

「あら、その話、サッカーボールを池に落として怒られた話だったわよね?」

 歩み寄るとタブレットを操作し、アイナの指に脈拍を測る小型機器を取り付けはじめる。

「そうです、そうです。江藤さんには、何度も話してるから今さら新鮮味がないですよ」

「何度でも大歓迎よ。私の仕事がはかどるから」

 今度は小型機器の体温計を肌にあてがい、測定値をタブレットに記載する。

「もしかして、タダシと一緒に遊んだときのこと?」

「うん、掲示板やベンチにイタズラ書きしたことがときどき夢に出てくることがあるの」

「ふぅん」

 そういえば、という面持ちの顔でアイナは、思い返した。

「今でも、ってあるのかな?」

 タブレットの操作を中断して江藤が、

「近所の子よね? 昭内あきうちくん。むかし酒屋をしていたところの男の子よね?」

 興味深そうに尋ねた。

「はい、中学まで一緒だったンですけど、わたし、実奈とはちがう高校を受験して」

 江藤が納得して実奈に振り向く。彼女は愛想のいい顔でにこりと答えた。

「そうなんだ。でも、実奈ちゃんは昭内くんと同じ高校になったわけなのね」

「ええ、まあ……」

 タブレットの操作を終えると、江藤は羨ましそうな表情で実奈にささやいた。

「実奈ちゃん、三角関係を続けるのは案外難しいわよ。友情は大切にしてね」

 江藤は、ドアの方へと歩き部屋を出ていった。

 実奈は、看護師が言った意味を軽く考えていた。アイナが違う高校になっても、タダシが好きであることには変わりない。中学生の3年間でもはっきりしていたことだった。いま自分がアイナにできることはタダシの近況報告なのだと思った。

「聞いてよ……アイツタダシとは、この間部活のことでケンカしちゃってさぁ。最近、アイツの顔見るだけでもムカついてくるンだよね」

「でも、メールで同じクラスになったンじゃないの」

「そうなのよ。それで、入学してすぐ、真顔で」

 低い声で昭内の声で真似をはじめる。


『サッカー部のマネージャーになってくれないか?』


「なんて言うのよ」

 ほくそ笑みアイナは明るい顔をのぞかせる。

うらやましいなぁ。タダシくん、実奈をすごく信頼していると思うよ。もしかしたら、……」

「まさかぁ……」

 ちょっとは嬉しい気持ちでいたが、バカバカしいとばかりに実奈は、明るく笑い声をあげる。あくまでもアイナにタダシの事を任せようとしていた。

「とりあえずになるけど、ここのところ、部活のことでバタバタしてて、まだ、アイツにはアイナが入院した事を話してないんだ。今度、ここに連れてくるよ。小学校からの幼馴染みなんだし……」

「そんな……タダシくんだって部活があって忙しいだろうし、それに……」

「大丈夫だって。アイナが元気になるようにアイツだって想ってるにきまってンだから」

「そ、そうかな?」

「きっとそうに決まってるよ」

 アイナの手には手作りで作られた男の子の人形があった。日本代表のサッカーチームのユニフォーム姿で、屈託のない笑顔がどことなく幼い昭内タダシに似ているところがあった。

「うん、そうかも……」

 人形を見つめアイナは、自分に信じ込ませるような表情をした。

 実奈は満足そうな笑顔で接した。



 翌日、実奈は職員室の用事から戻ろうとした時、渡り廊下で昭内タダシに呼び止められる。運動のできるユニフォーム姿で手には、白黒のサッカーボールを持っている。

「川端!」

 突然に大声に叫ばれたことで、実奈は体を一瞬硬直させる。アイナの言葉もあったのか、間をおき、ゆっくりと振り返った。

「どこに行ってたんだよ!」

「別にどこでもいいでしょ。何か用なの? マネージャーの事なら断ったでしょ」

「そのことは解決した。あのさぁ、ちょっと訊きたいことがあってさ」

 足をとめ実奈はタダシに向き直した。

「おまえって、今でもスマホを2台持ってるのか?」

 半分呆れた顔を実奈はする。

「はぁ? どうしてよ、どうしてそう思うの? たしかに前はあったけど」

「俺のメルアド、中学からの知り合いが人数限られてっからさ」

「メルアド? それがどうかしたの? 最近、あんたとはメールも交わしてなかったと思うんだけど……」

 腕組みをして親身に考え込んだ。スマホを操作して実奈は確かめた。メッセージを入れた覚えはない。

「だよな……」

 訊きたいことの回答がうやむやで実奈には、気持ち悪かった。何か魂胆でもあるのかと訊きかえす。

「ちょっとどういうこと? 説明してよ!」

「じつはさ。最近、変なメールがあってよ」

「変なメール? どう変なの?」

「俺のスマホに使で、メッセージがあったんだ! お前の「ムカシ」を知ってるやつ限定じゃなきゃ、メッセージなんて送ってこねぇだろ」

 直感で心あたりを考えた。昔のニックネームなんて知っている人は、タダシが言うように限定的だ。送られてきたメッセージの内容が気になった。

「どういうの? 内容を教えてよ」

「あ、いや、その……絵文字が多かったからさ。感覚で女子だと気づいて」

 戸惑うタダシを実奈は、不審に感じた。いつの間にか実奈は、睨みつけるように顔を近づけている。

「スマホ、見せて」

 しぶしぶとタダシが、スマホを差し出す。

 メッセージには、当り障りのない内容が羅列している。その一つの文章の癖がアイナによく似ていると推理した。

「俺、てっきり実奈からのメッセージだと思って送ってしまったんだ」

「届いてないわ。そもそも、あんたからのメッセージは……あ、でも……」

 実奈は、アイナとのメッセージ交換をしてもらうチャンスだと悟った。

「そういえば、最近、浜中さんに貸してるスマホが1台あることを思い出したわ!」

「はまなか……?」

「ほら、アイナよ。中学まで一緒の幼馴染みだよ。あの子、いま入院してるの」

「マジか?! 最近、お前が教室からいなくなるのは、お見舞いに行ってるからなのか?」

「まぁね……。だから、メッセージがきたら、なるべく返事してあげて」

「アイナか……」

「じゃ……」

 すぐその場から離れ、校舎へと入った。


『……友情は大切にしてね』


 江藤看護師の言葉が浮かんだ。

 彼女はその場から動かない彼の様子を窓越しに見つめていた。


 あれから、アイナがタダシとメッセージのやり取りをしていることを、彼女とのメールを通じて知らせが入ってくる。病院に向かっていた実奈は、数週間ぶりのアイナの顔を見るのが楽しみだった。

 病室に入った実奈は、人の気配がないことに気づいた。検査に行っているのだろうか、と様子をみる。ベッド脇の台の上には、分厚い本らしきものと、彼女が握っていた手づくりの人形が一緒にある。よくみると“Diary“と書かれた日記だった。

 手を触れると同時だった。勢いよくスライドドアの開く音が、後方から聞こえてきた。カーテン越しに人の気配がした。

「なんだ、来てたんだね」

 実奈は何事もなかったかのように簡易椅子に腰をかけ、スマホを操作するフリをした。

「検査に行ってたの?」

「うん……」

 アイナのか細い声が、実奈には落ち込んでいるように聞こえてくる。

「あれから、タダシ、メッセージを送ってきた?」

「うん、何度かメッセージ、来たよ。でも……」

 アイナが浮かない顔をする。

「何かあったの?」

「ねぇ、実奈に訊きたいことがあるんだけど」

 ベッドに横たわりスマホを持ち出す。

「メッセージを送ってくる人って本当にタダシくんなのよね?」

 実奈には、アイナの言っている意味を理解していた。同時にありえないとも感じでいた。メッセージのやり取りだけで本人を特定することは、さすがに難しい。だが、タダシの名前でなりすますことは、考えにくいとも思っていたのだ。

「えっ!?」

 実奈は一瞬拍子抜けの顔になる。何を根拠に、と口から言いかけたが押し黙った。

「タダシに決まってるよ。アイツにもアイナが入院してるからって伝えたんだから」

 だが、真面目に彩られているアイナの顔に実奈は真剣な表情に変化した。

「でも……」

 いまだに晴れないくもり空を眺めるような顔をアイナがする。はっきりと疑いがある瞳だった。アイナのいう事が冗談抜きだと悟った。

「マジ!?」

「うん、はじめの頃の何回かは、タダシくんだって確信が持てそうなメッセージ文だと思ったんだけど、なんだか最近の、ここ数日のメッセージ文が違う人が考えてるように思っちゃって」

「メールの相手って、アイナにはわかるの?」

 首を横に振って否定した。

「正直わからない。でも、何度もメッセージを交換してると相手の文章の癖ってあると思うの。タダシくんはどちらかと言うと、スマホに文章を入力するのは得意じゃないと思うから。顔文字とか絵文字って多用しないとおもうのに……」

「最近送られてくる文は、多用している? そう言いたいわけ?」

 頷きをみせる彼女は確信の表情で実奈に訴えかける。

「ちょっと見せてもらってもいい?」

 スマホを操作して、アイナのいうタダシのメッセージ文を読んでみた。小学校の頃、アイツの文章を直近で何度も読んでいた。アイナに識別できるなら私にだって、と過去数日の文章と比べてみる。

「……!」

 彼女のいう通りだった。履歴に残る2週間前と

昨日今日の文章では、明らかに特徴とメッセージの内容が異なっている。

「わかったわ。月曜日にでも訊いてみるよ」

「うん……」

 アイナが屈託のない笑顔でこたえた。


 翌週、実奈は昼休みを利用してタダシを中庭に呼び出す。彼自身も何か言いたそうな表情だった。

「昭内、アイナとのメールのやり取りはどう? うまくいってる?」

「川端、ゴメン。俺、お前に謝っておく必要がある」

「えっ!?」

 一瞬身体が硬直した。どういうこと? 脳裏にその言葉が浮かんでくる。


 後編に続く






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