過去からのメッセージ 後編


 暖かい空気に混じり、冷たい空気がふたりのあいだを抜けていく。

 事の経緯を話しはじめた。

「俺、ここ最近、サッカーの練習のことばかり頭にあって、メールのやり取りはしてないんだ!」

 アイナが言ったことは当たっていた。それなら今誰が? 実奈は疑問に思った。

「じゃぁ、いったい誰がアイナとメッセージを交わしてるっていうの?」

「そのことなんだけどよ……」

 タダシは申し訳なさそうな表情で弁解をはじめた。

「俺、文章をつくるの苦手でさぁ。すこし文芸部や友達に返信を任せていたんだ!」

「えっ……、そんな……」

 実奈にはわかっていたことだが、許せないところがあった。

「待ってよ、私はてっきりアイナを元気づけることが目的だったのに。アイナはね、昔からあんたのことが好きなのよ!!」

 実奈の大声は、頭上の黒雲にひびいた。

 赤らめる彼の表情は、彼女の勢いに反発するように、

「……んなこと、急に言われても……俺は、の方が気になっていたんだ!」

「えっ……?」

 突然の告白に驚きの表情になる。真剣そのものの彼の表情に、実奈の心にはそんなはずない、という感情があった。アイナを裏切るわけにはいかない。心は揺らいだ。

「俺じゃ、ダメなのか……」

 彼と同じく『急に言われても』と口に出しそうになる。

 実奈の脳裏に一瞬、アイナの言葉が浮かんでくる。


『……タダシくん、実奈をすごく信頼していると思うよ。もしかしたら、好きなのかも……』


 心臓の鼓動が速くなり、身体中に熱さが湧き上がってくる。中学生の頃、授業中にいつも視線を送ってくる彼に違和感を持っていた。てっきり、手前の席に座っているアイナを注視していると思っていたのだ。アイナと楽しくおしゃべりをする彼が、実奈にはまぶしく思えた。

「こ、こんな時に変な冗談、言わないでよ!」

「俺がいま、冗談を言ってるように見えるか?」

 真剣な表情をするタダシの顔を注視する事ができないでいた。その度に、アイナの言葉が響いてくる。

「誰かつきあってるヤツでもいるのか?」

「そんな……いるはずない……じゃん」

「だったら……」

 タダシの強引な告白に実奈は、拒み続ける勇気がなかった。

「タダシのこと、好きだけど……。すこし……考えさせて」

 タダシに背を向け、たたずんだ。

「おねがい……」

「わかったよ……」

 タダシは校庭の方に去っていった。

 冷たい雨が実奈の心に染み込んでくる。その場でしゃがみ込んだ。容赦ない雨が実奈の身体を湿らせていく。


 しゃがみこむ彼女に紺色の傘を被せる男子生徒がいた。足をすこしひきずり中腰に話しかけた。

「濡れるよ、川端さん」

 男子生徒は棚橋たなはしサトルだった。タダシと同じサッカー部に所属する彼は、中庭で言い争う声を聞いて一部始終をみていた。

「川端さん。君のあだ名にメッセージを送っていたのは、実は……僕なんだ」

 うつむいて顔を伏せていた彼女がふいに、

「聞いていたの?」と問いかけてくる。

「君に会うチャンスは何度もあったのに、結局こんな結果になるなんて……ゴメン」

「…………」

「川端さん……」

「ごめんなさい、ひとりにして」

 実奈は雨の中を去っていった。



 実奈はアイナに返事ができないまま、次の日から風邪で寝込み、アイナからのメッセージもみないまま高熱にうなされた。

 夢の中で、アイナがしきりに何かを訴えかけていた。

 熱が下がってきた実奈は、2日ぶりにメールの着信をながめる。3日前の夕方からアイナからのメッセージでいっぱいになっているのがわかった。最後に送られてきたメッセージの日付は、3日前の夜中だった。『ありがとう』というタイトルがつけられ、本文には今までのことが、こと細かに綴られていた。

 翌日。親から、を知らされる。実奈は悲しみの中でアイナと出会った。


 実奈は、告別式におもむいた。タダシや実奈の他、中学時代の友人が参列する。

 実奈の姿に気づいたタダシは、寺の隅に呼び寄せる。タダシの隣には同い年の男子生徒がいた。棚橋サトルだった。

「話ってなに?」

 棚橋サトルが、タダシに小脇をつつき、

川端かわばたさぁ、おまえ、浜中から最期のメッセージが届いてるか?」

「……うん」

 スマホを取り出して操作する。

「まだちゃんと読み終えてないけど、アイナからのメッセージは届いてる。それがどうかしたの?」

 指を差し示してタダシが棚橋サトルに目で合図をした。

「コイツが言いやがるんだ! ちょっと聞いてやってくれよ」

「へんなこと?」

「あ、あのさ……。この間、僕とアイナさんがメッセージを交わしてるって話したと思うんだけど」

 実奈は記憶をたどった。

 おどおどした表情の彼は、何度もタダシの方に向いては、自信のない顔つきで彼女をながめた。

「実は僕、アイナさんが入院している病院へ行ったことがあるんだ!」 

「えっ!?」

「川端さんは知らなかっただろうけど、メッセージで誘われたことがあって。もちろん、彼女も僕とメッセージをしているってことがわかってから」

「まぁ、コイツの場合、サッカーの練習中に足の捻挫でヘマをしたからだがな。それでよ……」

「それ言うか? ふつう……」

 ムッとした表情でサトルが、タダシに刃向かった。

「そう、なんだ……」

 だから、が出てきたのかと実奈は心にゆとりを持てるようになった。

「で……ここからが本題なんだけど」

 スマホを操作してサトルが、実奈に見える角度でメッセージをみせた。

「このって川端さんにわかる? アイナさんがとして僕に送ってきたみたいなんだ。だけど、タダシにみせてもわからないっていうんだ!」

 文面には奇妙にアルファベットとカタカナ文字が並んでいる。そして、アイナからのメッセージもあった。


【PA,LA(RK)ボード】


 “……この暗号のに、の思い出のメッセージがあるの。サトルくん、わたしのを誘って探して。きっと、ふたりにならわかるわ!”


「川端、おまえ、わかる……か?」

 テレビドラマの探偵役がよくやる仕草で、実奈は考え込んだ。過去の記憶を懸命に思い出そうとするが、頭に浮かぶメッセージがぼやけて読み取れなかった。やむなく、暗号の解読を試みる。

「ん〜……どこかの、だってことはわかるけど」 

「それぐらいなら俺でも、文芸部のイサキにも解けた」

「イサキ?」

「ああ、こう言う暗号ものに根っから強い文芸部員だ!」

「そのイサキって人は他に何か言ってなかった?」

って、言ってたような。俺にはなんのことか……」


 鳥……?


 実奈はアイナの言葉を思い出していた。おもむろに何かをスマホで調べはじめる。

「川端さん、何か気づいたの?」

「タダシの『鳥』のワードでアイナが口走った言葉があるの」

 調べ終わると「やっぱりだわ!」と実奈はささやいた。

「いい? “LARKラーク”って言葉は、日本語に訳すと『ひばり』っていう意味になるわけ」

「ひばり?」

 サトルがオウム調に繰り返す。タダシは何かを思い出した顔つきになった。

「と言うことは、“PAピーエーRKアールケー”と“LAエルエー(RKアールケー)”で考えて日本語に翻訳しろってこと、なのか?」

 タダシが言った。

「うん! アイナはもともと英語も数学も得意だったから。それに、ちゃんとヒント、添えてるから、間違いないと思う」

「ヒント? ヒントって?」

 ふたたびサトルが頭に疑問符を浮かべた表情をする。

「“親友”と“ふたりにはわかる”ってことは……」

 タダシが頭に電気がついたように気づく。

「俺たちが一度でも訪れたことがある場所!」

「あたりっ!」

「うん! そこから総合的にみて推測すると、この暗号の答えは『ひばり公園の掲示板』だと思うの」

「ねぇ、“ひばり”だけわかって、なんで“公園”?」

「おまえ、なぁ……ちょっとは頭を働かせろよ。俺らが子供の頃に眼にする掲示板があるところっつったら、“公園”しかねぇだろっ! それに“PAピーエー”と“RKアールケー”を合わせりゃ、『PARKパーク』になるだろうが」

「そっか。でも……『PARK』って“駐車場”にもなるんじゃ?」

 サトルの意見にも一理あった。だが、実奈は否定する。

「うん、そう意味にも取れるけど、そもそもメッセージを残せるとしたら、アイナがまだ入院する前だと思うし、おそらく子供のころのいたずら書き程度だと思うの。だとすれば、駐車場という可能性は低いと思う」

「そうだよ、サトル。わかったか?」

 まるでタダシが解読したかのように、肩を叩きサトルを納得させた。

「よしっ! 善は急げだ!」

 タダシとサトルは寺を飛び出し、ひばり公園へ向かおうとする。

「先に行ってて、あとで合流しましょう」

 くるりと背を向けた彼女に、

「実奈、この間のことの返事。考えてくれたか?」

 実奈は終始黙っていた。

「アイナのメッセージがわかったら、聞かせてくれよ!」

「うん……」

 返事はしたものの実奈には自信がなかった。アイナが突然いなくなった今、自分の気持ちとどう向き合えばいいのか、自分に問いかけていた。


 池と遊歩道があるひばり公園は、江戸時代には代官屋敷の庭の一部だった。整備が行き届いており、今はちょっとした売店もある。

 タダシとサトルは手当たり次第に公園内をくまなく探して掲示板の位置を確かめ、ふるめかしい文字がないかを調べはじめた。

「サトル、どうだ?」

 首を振るサトルは、半分あきらめ顔の様子だ。無理もない。園内には池の周りに3箇所あり遊歩道に2箇所、園内から駐車場に1箇所、公園の出入り口に2箇所と計8箇所ある。手分けしたとはいえ、公園中を5箇所もめぐったタダシとサトルは、ヘトヘトになっていた。

「タダシィ!」

 ベンチで一休みしていた彼らのもとに実奈が現れる。さっきまでの制服姿とは異なり、動きやすそうなシャツと短パン姿で、後ろで結く髪が、胸の膨らみと一緒に揺らぐ。一瞬の見た目では中学生と思える彼女は、身長が低くみえる。

「ごめん、遅れて」

 ぐったりとしているふたりを見て、

「その様子じゃ、今のところ空振りみたいね」

 と皮肉そうに実奈が口走る。

「なぁ、ほんとにこの公園の掲示板なのか?」

「全部の掲示板みたの?」

 首を横に振るふたりが同時に、

「あと残ってるのは、の掲示板……」

「残ってるのはだけだよ」

 と声がハモる。

「わかったわ! そうなるとあと3箇所よね?」

 簡単にストレッチした実奈は、体をほぐして準備をはじめた。

「実奈。池のまわりは、慎重にたのむ!」

「任せておいて!」

 実奈は張り切っていた。まずはベンチから最も近い西に設置された掲示板へと赴く。錆の見える看板は、池の注意書きが事細かに書かれていた。だが、子供の字だとして、もう5年近く経っている。雨風にさらされてしまえば、消えているかもしれない。周囲を見回すものの見当たらない。


 次に向かったのは、北にある掲示板だった。

 いたずら書きらしき痕跡はあったが、メッセージというには、遠いものだ。愛愛傘にふたつの名前らしきものがうっすらとわかる。

 ちょうど貸しボート屋が目の前にあり、注意書きの掲示板であることがわかった。小さいながらも桟橋も設けられている。

「ここでもないか……」

 深いため息を漏らす。

「次で最後だわ!」

 本当にメッセージになるようなものが、この公園の掲示板にあるのだろうか、と不安な気持ちで次の東にある掲示板へと向かった。

 池の東側の掲示板にもやはり書かれたメッセージはなかった。


 おかしい。わたしの読みが外れたのかな?


 その時だった。強い西からの風が吹き、池にさざなみをたてた。

「あっ……」

 実奈の中で何かの記憶がよみがえった。子供の頃にタダシが池にサッカーボールを入れてしまった時の西風と同じだった。

「そうだわ。あの時……」

 子供の頃のことを思い出し、北にある貸しボートの桟橋へと向かった。

「かわばたぁ」

 タダシが叫んだ。

 貸しボート屋のある小屋へと向かう途中、タダシとサトルに実奈が気づく。

「タダシ、あの暗号の場所がわかったわ!」

「マジか?!」

 自信のある表情でこたえた。


 貸しボート屋の小屋には人気がなかった。小さい小屋の裏手に周り、実奈は板に書きなぐられて書かれた文字を指さした。

「思い出したの。アイナとわたしで書きなぐった文字を」

 木の板には、幼い字でかかれたカタカナがよめた。


 ダ イ ス キ


 うすくて読みづらい文字は、幼い手で懸命に字をつづったのがよくわかった。

 実奈とアイナがタダシにむけた忘れていた想いだった。

「アイナ。ありがとう!」

 実奈の心は晴れ渡った。



















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