手袋_その2 後編
「ほぅ、窺いましょう」
「校長も教頭もご存知と思いますが、今週の週末にイベント祭が開催されますよね」
興味津々に聞く耳を立てている様子だ。
「ほぅ、ほぅ」
とフクロウの鳴き声のように教頭は繰り返した。
「そこに面接の3人を誘ってボランティア活動をさせるのです。もちろん、私も参加して野外での一次面接と言う具合にすると言うのは……」
「いかがでしょうか、この提案は」と続けることもなく、教頭が高々と指を鳴らした。
「名案ですね! 今年はわたしも家族とイベント祭に行こうと思っていたところだったのですよ!」
教頭は、晴れやかな顔に満足している。だが、校長は、すこし難色の顔色であった。
付け加えるように真史は、
「もちろん、二次面接という形をとって、後日正式な対面形式をとってもいいのでは、と思いますが」
と補足を重ねて校長に話しかけた。
校長は、それでもまだ何か納得がいかない顔で彩られていた。
教頭が、浮かない顔の校長に説得の言葉をかける。
「岩熊さん、妥協も必要だと思いますがね。わたしとしても、一度きりの面接よりかは、緊張がほぐれて本心を打ち明けやすくなると思うのですが、これは今の時期限定の面接方法だと思いますよ」
黙り込んでいた校長が口火をきった。
「うむ、掛房さんの提案は、私としても採用はしたい。だがね、3人が3人とも採用だと思い込まないだろうか。それに加え二次面接というのも……」
憤慨した表情で教頭は、岩熊を睨んだ。
「この期に及んでまだそんな心配を!? あなたは優しすぎるんです。掛房さんに判断を任せると仰られておきなが……」
すべて言う前に憤怒に満ち始めた顔で、
「ああ、わかってるよ。くつがえすことを言うなと、君は言いたいのだろっ!」
とソファから立ち上がり窓辺まで歩んだ。
「それなら、校長」
背中を向けていた彼に再度、真史は呼びかけた。ふり返り、威厳にみちた眼鏡の奥に、大きく開かれた瞳が真史をにらみつけている。
「なんだね?」
「一次面接には、私だけでなく他の先生方にも協力してもらい、総合的に判断するというのは?」
真史の提案に教頭は、校長に振り向き応えを求めた。
「それはいい。先生方の人選はわたしが担当させていただきますよ」
「うむ、その方向で今回の面接をやってみましょうか」
まだ満足のいく提案ではなかったのか、渋い顔つきで校長は頷きをみせた。
校長室をあとにした真史は、足早に用務員室へと急いで戻った。1日の仕事を記載する時間になっていたからだった。
作成がひと段落を迎えると、教頭がドアをたたき室内に出向いてくる。「いやぁ、ここにおられましたか」と忙しく話しかけてきた。
教頭は、作成途中の書類の空きスペースにポスターサイズの紙をひろげる。
「この時期にイベント祭を開催されていたのがあなたの言った今週末のこのイベント祭しか残ってなかったのですよ。どこも終了したあとでして」
「ええ、そうらしいですね。以前、このイベントにボランティアとして参加したのですが、この地域のお祭りは、1年の締めくくりのお祭りだとか、聞いてます」
「そうなのですか。それでですね」
教頭は関心すらせず、に話し出した。
「先ほど応募者3人に連絡したところ、都合はいいそうです」
「それはよかった。集合時間も決められたのですよね」
「イベント祭は、午後の催しの方が忙しいということで、14時になりました」
「14時……というと午後の2時ですか」
真史は声のトーンを落とした。
「何か不都合でも?」
「ああ、いえ、その日は午前中に私用がありまして……大丈夫です。少し遅れるかもしれませんが、必ず行きます」
「それじゃ、そういう手筈でお願いしますよ」
ドアノブに手をかけて、教頭は振り返りもう一言付け加えた。
「ああ、そうだ。掛房さん、中庭で何か作業をされていましたか」
「ああ、そういえば……うっかりしてました」
「本間先生が待ってましたよ」
廊下に出ると急いで中庭へと向かった。
中庭に面していたもみじの紅葉が色づき始めている。北東より入ってきた冷たい風にさらされ一層色味が濃くなってくる。
急いで中庭へと向かった掛房は、花壇のそばで二人の女性が草木を手入れしながら、おしゃべりをしている光景をしばらくの間眺めていた。本巻教師と本間教諭であった。
「すみません、途中で教頭先生に呼ばれてコスモスの手入れをすっかり忘れていました」
「いいえ、いいえ、コスモスの花を生き生きと咲かせるには、鉢植えじゃ可哀想ですものね」
「とりあえず、ブロックで補強をしてありますけど、仕上げは掛房さんにお任せします」
「ありがとうございます!」
軍手をパンパンとはたくと水道のある方へとふたりは歩きはじめようとする。が、本巻がくるりとふり返り呼びかけた。
「掛房さん、イベント祭に行かれるんですよね?」
「ええ、用事で」
「私たちもボランティアで参加するのでよろしくお願いします」
本間も笑顔で言い寄ってきた。
「催し店の売り子で頼まれちゃったので、宜しくお願いします!」
「こちらこそ」
真史は丁寧にお辞儀をした。
イベント祭当日がおとずれた。
息を切らして真史は、入り口までたどり着く。注目が彼に集まった。
「すみません、遅くなってしまいました」
教頭に話しかけた。
「いやぁ、一時はどうなるかと冷や冷やしたが、とりあえず、君以外は自己紹介を済ませてある。あとは、本間教諭と本巻教諭に任せてあるから、しっかり宜しくたのむよ」
「教頭は?」
「家族サービスをせざるを得なくなってしまってな。すでに主催者側には伝えてある。報告を待ってますよ」
それじゃ、と教頭はみんなを一瞥すると人混みに消えていった。
「教頭先生から経緯を伺ってます」
本巻が小声で話しかけた。
「えっ!?」
「1次面接で集まったメンバーですよね。私たちも教頭先生にオブザーバーとして参加することになったんです」
「そうでしたか」
本間が応募者3人を集合させると、真史に自己紹介するよう促してくる。
「初めまして、小学校の用務を担当している掛房真史ともうします。本日は、用務員の雇用一次審査に集まっていただきありがとうございます。審査ではありますが、どうぞ緊張なさらずに普段通りの行動で、ボランティアに臨んでいただければと思います」
本巻が率先して前に出てくる。
「掛房さん以外はもう紹介が終わっているんですけど、仕事の段取りと持ち場を話しますね」
本巻がイベント祭の紹介パンフレットをひろげると事細かに仕事の持ち場と担当する名前が手書きで書かれていた。
本巻の左一列に並び、応募者たちが真史に目を向ける。彼女の隣から女性、男性、女性の順番になった。どの人も熟年の経験を持ち合わせている標準的な60代の顔立ちに、真史にはみえた。
「私の隣の女性が【カナツキみどり】さんは掛房さんでイベント全般のサポートを。その横の【カギハラアツシ】さんは私と出店の売り子係。そして、【イケミネスズカ】さんは隣の本間さんと舞台のお手伝いをお願いします」
「ペアで、ということですか?」
真史の質問に、
「臨機応変であなたは見てまわればいいと思います。とりあえずの持ち場ですので」
と本巻は即興で返事をした。
「なるほど」
カナツキが真史に近寄ってきた。人懐こい笑顔で、深々とお辞儀をした。真史もつられて会釈をかえす。
「宜しくお願いします!」
「わたしね、いつもこのイベント祭のボランティアを勤めているんですよ」
「それなら、行動がしやすいかもしれませんね」
本間教諭が号令をかけ、真史たちはイベント祭の門をくぐった。
14時からはじまったコスチュームのファッションショーは大いに盛り上がりをみせる。場内は、コスチュームに包まれた来場者でごった返していた。派手な衣裳を着る物やゴシック調の衣裳、何かのアニメヒロイン、映画の主人公の衣裳などさまざまな鮮やかに色をなしていた。
真史たちもてんやわんやに動き回っていた。
3人の中でいちばんにテキパキと動いていたカナツキみどりだった。彼女の働きぶりに真史は感心させられる場面も目撃する。彼女が誰よりも子供に好かれ、子供の世話好きであるということに、真史は気付かされる。
翌翌週の月曜日、いつもの時間に赴き、用務の仕事をしていく中で、1次面接と2次面接の報告書を取りまとめていく。放課後に報告会をするという教頭からメールを通じて送られてきた。
仕事のひと段落を終え、校長室へと真史は向かった。本間と本巻に廊下で声をかけられた。
「掛房さん、校長室へと行かれるのですか?」
「あ、はい!」
「これから私たちもいくところだったのです」
「2次面接はどうでしたか?」
廊下を歩きながら本巻教師が尋ねてきた。
「皆さん、意欲を感じました。やはり、一次面接で緊張感を緩和させておいて正解でした」
「功を奏したわけですね」
本間と本巻は笑顔で満ち溢れていた。
真史は校長室にノックをすると軽い挨拶のもと室内に入った。
「失礼します!」
教頭が愛想良く3人を誘導した。
「待ちかねておりました。さあ、皆さん、ソファへ」
岩熊校長は、席から立つとゆっくりとソファに腰掛ける。
「皆さん、先週のイベント祭でのボランティア活動ならびに1次面接、お疲れ様でした。特に掛房さんには、2次面接にも参加していただきありがとうございます」
いつの間に、というキョトンとした表情に彼女たちはなっている。
「それじゃあ、今日私たちが呼ばれたのは!」
教頭が頷きをみせた。
「採用合格者を掛房さんから発表していただくためです。こういう場であれば君たちなら掛房さんに意見ができると思ってね」
「教頭先生も意地が悪いですね。意見だけなら直接掛房さんに伝えられますよ!」
本巻教師の批判に真史が、横やりを入れた。
「すみません、私が提案したことです」
「えっ!?」
本巻だけでなく本間も驚いていた
「確かに、本巻先生の仰ることもごもっともです。でも、校長先生と教頭先生にも応募者3人の人柄を聞いてほしかった。特に、校長先生の知り合いが参加している、ということもあって意欲を確かめたいと校長からの申し出もありましたし」
ふたりは顔を見合わせ、なるほど、と納得の顔をみせた。
教頭が気になる様子で真史に訊いてくる。
「それで? 応募者の三人の意見でも感想でも聞かせてください!」
本巻が何やらメモ帳を取り出す。自前のノートらしく、使い込まれているところが見てとれた。
「私から話しますね。皆さん、とてもよく気がつく方でした。とくに私が見た中では、カナツキさんが、慣れた様に資材の運ぶ場所や、次にどういうことが起きるかを察知していたみたいで、段取りがうまく取れていたように感じました」
隣で聞いていた本間教諭も共感して頷きをみせる。
「あの人、イベント祭に毎回ボランティアとして活動しているようで、土壇場でも次にどうすればいいかを事前に知っているくらい活躍してました」
「……」
校長は黙って聞きいっている様子だった。沈黙を破り、教頭が真史に問いかけた。
「掛房さんは、どうお感じになられましたか?」
「そうですね。3人が3人とも長所、短所がはっきりしていました。カギハラさんは積極性に欠ける面を参加者と交流を深めていました」
「ほぉ……」
「イケミネさんは人一倍おしゃべりが好きな方らしく、趣味の合う人がいると、つい長話しに没頭する性格のように見受けられました」
本間が笑顔で何度も頷いていた。補足のように本巻が話し出す。
「あの方は料理が得意らしく、出店で出していたたこ焼きのひっくり返しはうまかったですよ」
少し間を置き、校長が、
「そうですか……」
とぼそりとつぶやいた。
「最後にカナツキさんですが、彼女は、本巻先生が仰るように、何度もイベント祭のボランティアで活躍をされているようで。同じボランティア仲間の中では、【カナ】ちゃんと呼び合っているようです。ただ、気になったのは、時折、【忘れ癖】があるそうです」
岩熊校長は、聞き入っていた様子で眼を開けた。
「そうですか……大体の性格は分かりました。掛房さんは、もう決められているようですね。2次面接の終了後でも、おっしゃられていたことに変わりがないような顔つきになっておられる」
「はい、お察しの通りです。彼女は、子ども好きとも言っておられたので」
「どなたですか?」
「カナツキみどりさんです」
本巻と本間は、同時に声を上げた。
「やっぱり!!」
とふたりは笑顔ではにかんだ。
数週間後、カナツキみどりが用務員室に入ってきた。
「掛房さん、これから宜しくお願いします」
カナツキは、ひと組の軍手をなぜか持っている。
「あの、早速ですけど、忘れ物ようですよ!」
しわの寄った満面の笑顔に、おなじ笑顔で返した。
完
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