万年筆
夕方五時を告げるチャイムが、市民図書館内に鳴りひびく。窓から入ってくる陽の差す光が、だんだんと陰で濃くなってくる。書架が闇の中へと消え、眠りにつくようだった。
一日の仕事をおえ、ひとりの女性が館内を歩きまわり戸締りをしている。左胸にはネームプレートがある。『
突如、こすれる音が静寂を破った。女性は足元にほそい影があることに気づいた。
「あらっ? だれのかしら?」
形状はどうみても万年筆だった。女性はキャップを外し中を見る。尖端部が鋭くとがっている。字を書くというよりも違う用途でわざと加工している細工があった。
昼間ひとりの学生を思い浮かべた。男子高校生だ。彼が万年筆を持っていたことを思い起こす。ひょっとしたらあの高校生の持ち物では、と万年筆をたんねんに細部までみる。イニシャルでも彫ってあるかもしれないと思ったのだ。
だがそんな痕跡はなく、ちいさい傷跡がところどころにみえ、年季が入っているのが窺えるぐらいであった。
高校生がつかうにはどこか変なかんじがした。
毎日訪れている高校生だから、機会があれば訊いてみるのも面白いかもと、坂峰はひとりほくそ笑んで作業用のエプロンのポケットへと忍ばせた。
翌日、一段落ついた本を整理中、受付カウンターで男子高校生があわてた様子で入り口から入ってきた。司書に何かを訊ねている様子である。
司書のひとりが、坂峰を見つけると言い寄ってきた。
「坂峰さん、昨日、最後に戸締りしたんだよね?」
司書の女性が問いかけてきた
「ええ、わたしだけど、どうかしたの?」
「ちょっと、来てくれる?」
カウンターの前にいた男子高校生と目が合った。
「どうかされたんですか?」
「昨日の夕方、閉館まぎわに大事な万年筆を置き忘れてしまったんです。見ませんでしたか?」
焦り顔のあらわれた若い顔立ちが、坂峰に言い寄ってくる。
「ああ、あの万年筆、あなたのだったのね」
エプロンから万年筆をとりだした。
万年筆を高校生に渡すと歓喜の声をたかだかとあげる。
「よかった! やっぱ、ここだったのか!」
「ねぇ、そのペン、どこか変わっているわね!」
坂峰は、尖端部の加工と奇妙な傷跡に疑わずにはいられなかった。
「ごめんなさい。キャップを外して勝手に中を見せてもらったんだけど、どうみてもわざわざ加工されている形跡があったの」
高校生はキャップを外し、
「ああ、これですか? 僕が加工したわけじゃないです。統輔ジイちゃんが常に持っておけって、いわれて。だから、正直分からないです」
「おじいさんの?」
高校生はうなずいた。
「正確にはジイちゃんの友達が預かっといてくれって、渡された物だってことで、それ以上は」
「そうなのね」
坂峰は含み笑いを浮かべた。
「坂峰さん、拾っていただいてありがとうございました」
「これからは忘れないようにね」
「はい!」
高校生ははつらつとした笑顔で図書館をあとにした。
坂峰は、あの万年筆に懐かしさを思い出すように仕事へともどっていった。
完
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