お守り袋
「誰のだろう?」
公園のベンチにお守り袋がぽつんと置かれていた。神社でよくみるオレンジ色に『御守』と示されているお正月に良く眼にするアレである。
ひとりの少年が、ベンチのそばで
少年は
「何やってんだよ! はやくボールよこせよ」
クラスメイトである
野球ボールもさることながら、『御守』も手に取った潤は、近寄ってきた一登にきいた。
「誰か落としていったのかな? この辺に神社ってあるのか?」
一登がお守り袋を見る。
潤には、通学途中で気になる女の子がいた。カバンからぶら下がったオレンジ色のお守り袋とそっくりだったことを思い出した。
「おまえこの辺、はじめてか? 隣町でも『鶴見の祭り』って案外有名だとおもったけど、そぉでもないんだな」
「鶴見のまつり?」
一登の指差す方向に灰色じみた鳥居がみえた。
潤には知らない神社だった。引越し前は、鶴見神社ではなく亀島神社が近かったのだ。
「うちのクラスにいただろ? 鶴見って女子が」
「つるみ?」
潤は首をひねった。
「しらねぇのかよ! 鶴見って、その神社の宮司の娘なんだって。ときおり巫女をやってるんだ! 髪がロング系でかわいい女子でさ。一度だけ声をかけられたことがあったんだ」
「へぇ」
と、それとなく潤はこたえるも思い返した。図書室でいつもすれちがう中にそういう女子がいることを思い出す。背中にたれる髪と横顔をなんとなく遠目から見たような記憶があった。
(そういえば、そんな女子いたなぁ)
「名前はなんていうんだ? 下のなまえ……しってっか?」
うーん、と上目でかんがえを絞っていた一登が、合点がいったように掌で叩いた。
「そうだ、たしか
「なつ、は! 夏葉なのか?」
指を顎の下に持ってくると、心当たりがあるような顔つきになる。
「あいつかぁ……」
ふて腐れた顔で一登がなんだよ、知ってんじゃねぇか、と口を尖らせた。
「たまたまだよ! あいつ友達に『なっちゃん』とか呼ばれてたから憶えてたんだ!」
お守り袋を睨みながら、一登が黙ったまま目を細くした。
「な、なんだよ。なんかいいたそうだな。一登」
不満そうな顔を潤が一登に向けた。にやける一登がヒジで小突いてくる。
「おまえ、あの子のこと好きなんだろ? 譲ってやるよ! 告ってこいよ!」
「な、何言ってんだよ!!」
おどけながら彼は頬を赤らめこたえた。
「お、お前はどうなんだ」
「遠慮するなって」
(いや、いや、遠慮とかの問題じゃなくって……)
「だいたい、
不安に駆られている。潤には自信がないようだ。
「当たって砕けろっていうだろ!」
「いいや、いみわかんねぇ。このお守り袋が鶴見のだって証拠がねぇだろ!」
「うんにゃ、鶴見のかが問題じゃないだろ!」
一登は真剣な目で訴えかける。
「神社で誰かが買ったことは確実なんだし、落とした人がとりにくるかもしれない。俺が神社まで案内してやっから」
ふざけたこというかと思えば、案外まともな事をいうんだな、と潤は考え込む。誰のであれ、どこかに届けることには同意した。
「だとしたら、警察の方がよくないか?」
「遠くの交番より、ちかくの神社っていうだろ!」
(なんだ、そりゃ?)
「交番の方が遠いのかよ!」
「神社の方が近いだけだ! それにおまえが鶴見に告れないだろ!」
(いや、いやべつに告るとかの問題じゃないし……)
「告ることが目的じゃないし」
いやがおうでも、一登は潤が鶴見に告白するところをみたいらしい。
お守り袋を拾ったことが、潤にとって運のつきだったようである。
もって帰るわけにも行かず、潤は一登に案内されながらも、鶴見神社をめざした。
階段をのぼりきると三百メートルほど奥に社殿があった。中央と右へ石畳がつづき、潤たちは右の奥にある建物へとむかった。どこにでもある二階建ての家が林の中に建っていた。
ここまで来てしまった以上、潤は覚悟を決めていた。―――もちろん、告白することが目的ではない。
潤は一世一代の緊張感がはしっているのか、心臓の鼓動がはやくなっていた。
(何を焦っているんだ、俺は)
深呼吸で息をととのえ呼び鈴に手をかけようとした。
「あら、梶綾くん、どうかしたの? 何かご用?」
女の子の声が聴こえてくる。狼狽してキョロキョロと辺りを見回した。
夏服に
「つ、鶴見」
「ん?」
と、首をかしげ潤を見つめている。
「あ、あのさ、近くの公園でここのお守りを拾ったから、届けにきたんだけど。これって、お前のか?」
ポケットからお守り袋をとりだし、彼女に渡した。驚きを隠せない顔で目を丸くし、
「えっ!? 公園のどこにあったの? ずっと探したんだけどなかったんだよ」
「探してた?」
驚いたかおになった。三十センチも満たない距離に彼女の顔が近づいてきたのだ。
「べ、ベンチに……おいてあったんだ」
潤は顔を赤らめる。
「おかしいなぁ……」
彼女がつぶやき、疑いのある表情を潤にむけてくる。さらに顔を近寄らせてきた。
「た、たまたまだって」
潤があせり顔をみせる一方で、彼女はほほえみを浮かべている。彼女が、お守り袋を胸に抱えるとやさしい安堵の表情になった。
「ありがとう、わざわざ持ってきてくれて……これ、あたしにとっては特別なものなの」
「とくべつ?」
「このお守り袋の中に、死んじゃったお父さんの髪の毛、入れてるの」
そういうと、鶴見は小さい巾着を器用に開き、中から白く丸めたモノをとりだした。さらに解くと五本ほどまとまった髪の毛があった。
「……」
彼女の話では、昔から神社にあるふるい風習らしいという。だからといって他人に販売しているものにいれているわけではないと、誤解しないように説明した。
潤は、しぜんに話し掛けてくる彼女がますます好きになっていた。彼には彼女の満面の笑みが心地よかった。
「なぁ、俺たち……」
「……」
「つ、つきあってみないか?」
「うん!」
彼女の声は実直で明るかった。
潤の目によろこびがみなぎった瞬間だった。
完
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