雨が降っている。灰色の曇り空を見上げ恨めしく見据えた。一週間も降り続いたのは、中学校以来なのでは、と徹希てつきは、彼女と出会った日を邂逅かいこうした。


 当時も日曜日から雨が降り続いていた。徹希は、学校の通学路にある市民図書館へと足を向かせていた。図書館に行くことが習慣になっていた。学校の図書室にはない書物が読みたいと思ったからである。その日に限っては、何気なく足が向いただけでなく、夕方から待ち合わせの時間調整にと立ち寄ったのだ。

 図書館入り口には、傘立てがあった。大柄なピンク色の傘が置かれていた。徹希の眼にその傘がとまった。どこにでもある傘なのだが、彼は気になっていた。


 小学校のとき、傘立てにピンク色の傘が、取り残されていたのを一瞬、頭の中に浮かんだ。

(どういう人が使っているのだろう)

 持ち主に興味が湧いた。女性なのだろうか、大きい傘だが子供が置き忘れているのだろうか、と。


 翌日も雨が降り続いた。図書館へ足を運ぶと傘立てにピンク色の傘が、ぽつりと残されていた。ピンクの傘を徹希はじっと見つめる。

 翌々日にして、すっきりと晴れ間が広がる。雨続きの日から、解放されたような清清しい快晴な空がひろがった。

 ところが、午後三時を過ぎた頃、再び雲が湧き始めた。積乱雲だった。

 徹希は朝家を出るとき、傘を持たずに学校へと登校した。帰りがけに降り出すなど微塵も考えていなかったのだ。その日は天気予報さえみなかった。

「うわっ、まいったなぁ」

 ぱらぱらと降り始めではあったが、遠くの方で雷鳴が聞こえてくる。ある程度は濡れるのを覚悟しているが、びしょ濡れ、ずぶ濡れにはなりたくないと、昇降口前で外に出るのを躊躇ためらっていた。

「うわぁ、降ってきちゃった!」

 声が聞こえてきた。隣のクラスの女子生徒である。彼女は鞄から折り畳まれた傘を取り出す。ピンク色だった。

 彼女は一瞥いちべつして隣にいた徹希にゆっくりと顔をのぞかせた。彼に声をかけてきた。

「ねぇ、隣のクラスの、基井もといくん、だよね?」

 彼は空を恨めしそうに見ていたが、

「え? なんで、僕の名を?」

 彼女の方へ振り返る。

「やっぱり、そうなんだ! 憶えてないよね?」

 徹希には、さっぱりわからなかった。

「この前、市民図書館の本を選んでいるところですれ違ったの、気づかなかった?」

(そういえば……)

 本を選んでいるとき、同い年の中学生とすれ違ったことを思い出した。

「あの時の?」

 うん、うん、と彼女は横顔で首を上下させる。

「今日も、図書館、これから行くんだよね?」

「ん、ああ、そのつもりだけど……、ええ、と……」

 彼女の名前がわからなく動揺した。

「あ、鶴川つるかわ。お姉ちゃんと同じ苗字。お姉ちゃんは市民図書館で司書をしてるの」

「司書のツルカワ……?」


 本を借りたとき、さりげなく司書の胸元のネームプレートを見た。たしかに、『鶴川』という二文字があったのを徹希は、思い起こす。


「ねぇ、ちょっと小さい傘だけど、図書館まで一緒に行かない?」

 徹希は、鶴川の薦めてくる折り畳み傘にひと目を気にした。

「あたしも図書館には用があるし」

 彼女も頬を赤らめほほえむ。

 それが、徹希と鶴川との出会いだった。


 市民図書館の出入り口前で、徹希は降りしきる雨粒を恨んだ。家を出るときには、天気予報で一日中晴れることを予報士が言っていた。

 中学のあの日以来、ほぼ毎朝天気予報は欠かさずみるようになった。

「お待たせ」

 隣横で大柄のピンク色の傘が、花ひらいた。

「行こうか」

 鶴川だった。彼女もあの中学以来、市民図書館に傘を忘れることがなくなっていた。なぜなら、徹希の彼女になったから、だった。

                                    完


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る