第11話 街道

 朝。何てことのない朝が来た。もう野盗もいない。窓の外から聞こえてくる話も生き残った喜びと未だに何故野盗がこんな村を襲ったのかを話題にしている。宿の主人による早馬の男の訃報を妻に伝えている様子もかすかに聞こえてくる。それでもこの不幸が意外にもあっけなく終わったことに皆それぞれ安堵の声を絞り出す。


 反対側のベッドは空だ。私もベッドを下りて部屋を出て隣の部屋を覗いたがこちらも空。どうやら早々に出発するような声が階下から聞こえてくる。私は軽く挨拶して話に加わる。宿の主人の好意によって近くの街まで幌馬車を出して送ってくれるという。


 「村を救ってくれた礼でもありますし、ドゥガンさんの助言で野盗の装備を剥ぎ取ったので幾つか売りにも行くので乗っていって下さい」

 幌馬車を見ると野盗の装備が半分くらいまで積まれている。血の後を洗い消して汚れを落として見た目をよくしている。主人が御者台に座り催促する。そりゃいいとドゥガンもエリルもファリーシアも気にせず乗り込んでいく。私も気後れせずに乗り込み主人は村の皆に手を振り出発する。これから行く街はカルペ村からは幌馬車で五日ほどの距離で村はやはり一番の僻地だとあらためて感じる。街の名はオルマトイ。村からすれば大都会で住民も二千はいるという。冒険者ギルドも当然のようにあり書状を見せれば一発と主人は笑って皇子様の推薦なら一気にシルバーまでいくかもと笑っている。ご多分に漏れずこの世界も様々な厄介事を冒険者に依頼して解決させている。冒険者のランクは一番下がアイアン。次いでブロンズ、シルバー、ゴールド。そこから先は特別な任務、多くが国家からの依頼を完了することでしか上がることはない。ちなみに上はプラチナ、ダイヤモンド、ミスリル、レジェンドの四つがある。もっともミスリルですら皇国に二つ、レジェンドに至っては七つ全てが所在不明という。まあ冒険者になりたかったわけじゃないのでランクなんかどうでもいいだろう。


 危険なこともなくキャンプをしつつ馬車旅を続ける。カルペ村への宿場町は一切ない。それもそのはずで本当にカルペ村には見るべきものはなく先に述べたように一年のうち短い間に採れる植物だけでそれも特産品というわけでなく同じ時期に幾つかの森の奥に入り冒険者であれば手に入れることも出来る。カルペ村はたまたま森の奥に入らずとも採れるだけという。主人は幌馬車の中で眠りこけていてドゥガンもファリーシアは地面に荷物を枕にして寝ている。ふと私はエリルにちょっとしか疑問を投げかける。


 「ドゥガンやファリーシアは分かるとして、エリルまで人間の言葉を話せるんじゃな」エリルは特に驚きもせずに頭をかきながら答える。


 「ファリーシアが城から抜け出す口実で勉強してきた人間界とかの言葉を教えてくれたのよ。私は必要ないと思ってたけど今思えばちょうどよかったわ」ファリーシアを寝顔を見ながら笑っている。彼女は星空を眺めながら綺麗と天にささやく。ただの思いつきだったが人間界に来てよかったと。


 翌日も同じように夜には休み朝になれば駆け出すという退屈で平和な度は続き、村から出て五日目の夕方にはオルマトイに着いた。門番は事前にベリアス皇子に言われたのか全く尋問もなく通過できた。とりあえず主人の案内で近くの宿屋まで案内してもらい一日寝てギルドに行くことにする。


 翌朝、主人とは分かれ冒険者ギルドの大体の場所を教えてくれた。歩きながら住民を見るがやはり人間が圧倒的でそれに混じって獣耳を付けた人と変わらぬ者もいる。ドゥガンはいわゆる半獣人といって魔界のような凶暴さはなく耳の種類で幾らか分けられるが人よりかは俊敏で腕力、体力が優れていて人間と同じ扱いを受けられる。その他に素早く動くドワーフより小さい者がいる。あれはハーフリングといって陽気で明るく小さい割に本当に速く、器用に世界を渡り歩いていて放浪癖が強くどこか一つに定住することは稀だそうだ。エルフやダークエルフにオーク、リザードマンは見かけない。エルフとダークエルフは殆が集団で森に住みオークも森には住むものの遊牧民で他は傭兵でよく見る。リザードマンに至っては湿地に暮らす好戦的で閉鎖的な亜人種ということで余り情報はない。


 そうこう雑談しているうちに冒険者ギルドに着いた。入ってすぐに中にいる全員から奇異の目で見られた。無理もないドワーフ、ダークエルフ、ハイエルフ、爺の四人だ。私以外の三人は気にせずドゥガンは受付の女に書状を渡して冒険者として認定してもらいたいという。受付の女は書状を確認して驚き急いで二階へ駆け上がりギルド長の部屋へ慌ただしく入っていく。そして少し待ってから受付の女は戻り平静を装い我々に二階のギルド長へ会うように促された。無名の四人がいきなりギルド長に会うことになり周りはざわついているが気にせず二階に上がりギルド長の部屋をノックせずに入る。


 「いやあ、どうぞ座って座って。お茶とお菓子もどうぞ」

 ギルド長の顔はフクロウそのもので作り物の仮面や兜でなくクチバシを開けて声を出し茶と黒の縞模様になっている毛並みは表情を変えるたびに正しく生きているように動く。服の上からでは分からないがやや背が膨らんでおり翼も持っているようだ。手は五本指なものの猛禽類の強靭な爪を生やしている。我々の前に全身を見せると足は素足でフクロウの足そのままだ。


 「驚いたでしょう。稀に先祖返りというやつですな。体の殆どが獣のまま生まれるのです」彼は至って気にせず再度座るように手で合図する。二対のソファにそれぞれドゥガンと爺、エリルとファリーシアが座りそれぞれが勝手に茶を飲み菓子を食べる。


 「それにしても驚きです。いきなりゴールドランクだなんて、それも書状のサインはユーラウス・ベリアス皇子なのですから」しかし話し口からして、さして驚いている様子はない。自分の机の上に座り顎の毛を撫でている。そして忘れたことに気づいて付け加える。


 「申し遅れた。ワシはこのオルマトイギルド長のオウルです。フクロウなのにワシと言っているのは気にせずに。ほほほほ」言わなきゃいいのに自分で勝手に言うものだから全員げんなりとした。おそらく会うたびにいつも言っているのだろう。


 「それで何で呼び出したんだ」気を取り直してドゥガンは本題に入る。


 「何簡単なことです。本来の手続き通りゴールドランクにはギルド長の面会が必要なのです。無論、実力を金で買ってないか見極めるためです。実力は見て分かりました。しかし茶や菓子に簡単に手を出すのは関心しませんね。それには少量ですが毒を入れております」にんまりとしてやったとばかりに笑う。だが私以外の三人は全く気にしない。私は飲むのをやめたが他は平然としている。


 「しこしピリっとしてるからそういう味付けかと思ったけど」エリルはこの程度で毒だったのかと呆れている。ファリーシアも意に介さずソファの背にもたれてオウルを見上げる。ドゥガンも持っていた茶を一気に飲み干す。


 「試すならもっと強い毒にしねえと駄目だ。悪いがおれらにゃ効かねえよ」

 ドゥガンは足を組みオウルを睨み返す。オウルの顔はフクロウであるがイライラとしているのが手に取るように分かる。一人だけ焦っている爺を見て相応しくない者を見つけて安心したのかなじろうとするところに私はすぐに魔術書から毒を消すキュアを見つけて唱える。


 「我らの体から穢れよ去れ キュア」


 四人の体を緑の光が包み込む。もっともその効果は私も含めて全く感じていない。むしろ毒が入っていたことの方が嘘なのではとも思ったがオウルの顔は完敗というものに見える。彼は諦めて机の上から離れて椅子に座りランク用のと思われる紙を取り出しサインしてドゥガンに渡す。


 「君たちをゴールドランクに相当する実力者と認定する」そう言うと手を軽く払い出ていくように促す。


 部屋から出るときも特に戸を蹴飛ばすこともなく美味しい茶と菓子をありがとさんといった感じだ。受付に戻り用紙を差し出すと冒険者としての名前はどうするか言われた。特にそういったことは決めてなかったので悩んでいると受付の女はリーダーは誰かと問われドゥガン以外の全員つまりエリル、ファリーシア、私はドゥガンを見た。当の本人は俺かと少し悩むも受付に自分だと名乗る。すると受付の女は隊の名前は何時でも変えられるのでここはドゥガン隊でどうでしょうかと言う。それならそれでいいと簡単に決めると受付の女は広間にいる全員に聞こえるように言う。


 「今よりドゥガン隊をギルド長オウルの名においてゴールドランクとする」

 すると広間の中から、入ったときから気に入らなかったと言いながらテーブルを叩き詰め寄る馬鹿が出てきた。人間にしては中々の巨躯であるがその分、脳みそが足らないのだろう。ドゥガンを軽く蹴ろうとするがその当たる場所に彼は既にナイフを隠している。馬鹿は気付かずにそのまま蹴りを入れ予想通りナイフが刺さった。わめき苦しむ中、ドゥガンは彼の胸元に光るシルバーの勲章を見てあれが一つ下のランクかとげんなりする。ファリーシアは馬鹿の襟を掴み片手で拾い上げて彼の隊の仲間に放り投げる。一触即発かと思われたがどうやらその馬鹿がこの広間の中で一番強い奴だったようで事なきを得る。ゴールドランクになったからといって当初の目的は特に変わらず皇国へ見物に行くことだったが受付の女に引き止められた。


 「もしよければゴールドランクの方向けの依頼が出ているのですが、やってもらえませんか」

 騒ぎを起こして逃げ帰るように見られるのもしゃくと思ったのかドゥガンは話だけ聞いてみる。大ワニの胴体に顎の代わりに大蛇が幾つもついたヒュドラに似たキメラが出ているという。凶暴で既に犠牲者が幾人も出ている。場所は皇国への街道近くで恐れて行き交う者も殆どなくなって流通に差し障ることで早急にというもの。近くに兵士が常駐しており死体を見せれば討伐完了書を出すそうなので観光がてらこの世界の生き物でも見ようということになり受諾した。最後にゴールドの勲章を貰いその場を去った。


 ゴールドランクらしく本物の金で出来ているようでずっしりと重い。それでも一行は特に変わらず貰った勲章も荷物の中に入れて皇国への馬車を探す。だが依頼の化物の影響か皇国行きのものは一つもない。しかしよく見れば一つだけ荷物を多く抱えた馬車を幾つも持つ商人が危険で出せないことを分かりながらもイライラしている。早速、勲章の使い所だ。私は彼に近寄る。


 「もし、お尋ねするが街道の化物のせいで立ち往生ですかな」

 商人は見れば分かるだろといった感じで睨み返すがその目の前にゴールドランクの勲章を差し出す。商人は飛びつき、後ろに控える三人の只ならぬ風格を持った者たちを見て少し考えて理解する。


 「皇国行きの馬車が出ないからこの馬車を使いたいんだな。いいぜ出すぞ」

 無論その代わり討伐して自分が皇国に一番乗りというわけだ。どっちにしてもシルバーランクがあの体たらくではゴールドランクの依頼もたかが知れたもの。商人は手早く従者に支持を出して馬車の準備をしている。我々は当然一番前に乗り込み一行はオルマトイを離れる。他の商人などは行く馬車をあざ笑うように指差している。誰も一緒に行こうとは思わないようだ。


 馬車は走り続け日も暮れていき月も出ようかというところでギルドで聞いた常駐している兵が止まるように命令してきた。決まり文句のこの先はキメラが出て危険だから戻るようにと言っているところに私は勲章を差し出し依頼されて来た者だと言う。


 さてどうするかと思案しているとファリーシアが片付けてくるよと言って前方のキメラが襲ったらしき血の跡に近づいていく。どうやら食残しのようで森に引きずるように人と馬の遺体がある。彼女はその近くの地面を踏み鳴らし威嚇する。すると魔界で出くわした野獣のワニよりかは二回りほど大きな体に本来顎であるところに五つの大蛇が群れている。食い意地しかない哀れなキメラは無謀にも彼女に突撃していく大蛇が噛み付こうかというがそれは彼女の間合いでもあった。一本、二本と大太刀を振るっていくがキメラは気にせず重量で押しつぶそうとする。瞬間、残りの三本を一気に片付けつつ上空に飛び着地と同時に胴体に致命の一撃を入れる。キメラは叫ぶ口も持たずただ胴から大量の血を流して悶え苦しみ死んだ。一部始終を目撃した兵と商人は、何事もなく両断した胴体の口側を切り離した蛇を片手に引きずり持ってきたファリーシアを畏怖した顔で迎える。


 「討伐完了書くれや」

 ドゥガンは兵に向かって笑って言う。兵は何とか平静を取り戻して完了書にサインを入れようとするも緊張して手が震えている。ドゥガンは落ち着かせるようにそんなに急いでねえとは言うが眼前の光景を目の当たりにした一兵士には理解が追いつかないようだ。そんな中、聞いたことのある声が後ろから上がった。


 「おや、また先取りされてしまいましたねえ」

 ベリアス皇子とガインギル正規兵一行だ。先に街まで戻っていたはずだがどこで追い越したのかと思っていると彼はお役所仕事が溜まっていましてとへらへらと笑いながら苦労していないように話す。完了書と格闘していた兵は皇子の到来で更に緊張して敬礼もままならない。皇子は彼を制して完了書を彼から取りサインを入れる。


 「申し訳ありませんね、ゴールドランクまでしか出せなくて」ベリアスは彼らの能力を評価しつつも制度なのでと言い訳し不満なら皇国まで来てギルド本部で昇格用の依頼でも見繕って下さいと言い完了書を渡す。


 「それでは私は行きます。皇都でまたお会いできたらいいですね」そう言うと颯爽と駆け出しすぐに見えなくなった。緊張が解けた兵と商人は皇子との面識があることにも驚いている。私は簡単に一部始終を話すと兵と商人はまたも驚く。


 「ギデガスといえば皇都闘技場のチャンピオンにもなったと聞きますよ」闘技場のチャンピオンになると士官出来るはずだがと悩むが続けて商人が追加情報を言う。


 「チャンピオンになったあと素行の悪さで士官出来なくて野盗を率いていたってのは本当だったのか」

 ファリーシアはあの程度でチャンピオンの称号かともいえるため息を吐いている。何にせよこれで皇国まで行けるだろう。だが商人はこの馬車じゃ皇子みたいにいけないから宿場町が近くにあるからそこまで行くと。


 「まあ、急ぐ旅じゃねえしな」

 ドゥガンはそういい皆馬車に乗り込む。兵は我々が見えなくなるまで敬礼していた。商人はいい土産話が出来たと早くも自慢話を肴にしたいようだ。幾らか時間が経ち夜も深まった頃に名もなき宿場町に到着した。皇子一行は通り過ぎたようで馬などは見当たらないが足止めされた商人の馬車が詰まっている。当然ながら宿は満杯だということで仕方なく商人も皆も馬車で眠ることにした。眠る間際に皇子の最後の言葉を思い出す。二度あることは三度あるともいう。


 何か嫌なことに巻き込まれる気がする。だが魔界よりはマシだろうと眠る。

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