第9話 天使

 一行はスラムから使えそうな道具や食い物に人間界の共通通貨などを持ち出し旅立ちに備えているがやはりスラムに生き残りは全くと言っていいほどいない。建物も燃え落ち消し炭になって何年も前からあるかのように見える有様だ。このまま居座ったとしてもスラムに人も物も集まるのは余程この国が傾かない限り無く現在の戦況を見る限り数年と言わず十年以上はかかるだろうとドゥガンは分析する。エリルのやけくそ気味の提案に乗ったのはその事もあるという。


 「もしかしたら、あの馬鹿共が転送装置に細工したかもしれねえ。もうここには用はねえな。渡すもん渡したら行くぞ」ドゥガンはスラムとはいえ最大の実力者の栄光ある生活の思い出をすぐに断ち切り現実的な行動に出る。何時か自分にもスラムの地位を奪った報いが来ると分かっていたのか重要な資産は幾つかの秘密の場所とでもいうべきところへ隠していたようだ。その場所はエリルも当然知らなかったという。団長もとい一ドワーフとなったドゥガンは資産の幾つかを自慢げに紹介している。真偽は分からないにせよ魔界一のドワーフが鋳造しエルフがルーンを刻み最後に高位の竜が仕上げた魔界にも広くその力が流布されている刀、それも大太刀である。銘こそ無いものの躊躇なく投げ渡されたファリーシアはその力を確信する。エリルには竜の骨で作られたナイフを二本と魔界の洞窟深層に住むといわれる女帝蜘蛛の糸で作られた重さを全く感じさせないが強度は簡単な魔法や矢を弾き装飾も見事なローブが渡された。ドゥガン自身には隕鉄と竜皮をドワーフ用に合わせたレザーメイルに投げて必ず手元に戻り相手を追尾もする魔法のミスリル手斧を持っていく。ドゥガンも言ってくれたが残念ながら私には人間界で少数出版され今では手に入らないという魔術書一冊だけが送られた。だがドゥガンいわく普通に流通しているものとは明らかに危険ですぐに焚書となったという経緯があるようで使いようによっては面白いだろうとのこと。その他、最高級のポーションやスクロールを手当たり次第に詰めていく。今から行けば一日足らずで着き朝か昼には人間界に行けるという。


 スラムをすぐ出るとディ・ヌーグの墓標とでもいうべき植物が死肉を急速に侵食しながら成長している。レインボウボルトの力か七色の花が咲き乱れて綺麗だ。口や鼻、目からも出ているのを見なければだが。何時かこれがこのスラムのランドマークとでもなりここからスラムが復興をはたすかと思うとつい笑ってしまった。


 スラムから山脈に抜ける道を通りすぎて真っ直ぐ行く。途中からところどころ穴の空いた岩壁が続く。幾つかの穴からは野獣とも違う目が我々を警戒するように覗き見ている。ドゥガンが軽く説明するにはスラムにも入れずかと言って街に行けば牢に入ることなくその場で処刑にも合うような賞金首にも似た者でいわゆる政治犯なのだという。魔界においても政がありその派閥の中で破れるも確固たる力もない者はスラムに入ったところで浮いてしまうどころか首を取られる訳でそういった者共が一応の協力によって出来ている小さな集落という。基本的にこちらから襲わなければ向こうからの接触はなく魔法の力も幾つか持っておりドゥガンの代からは禁止こそしないものの特に構わない方針という。連中はこちらが遠く先まで視界から消えるまで目を離すことはなかった。


 「言っておくことがあった。忘れてた」ドゥガンは走りながら思い出したように話す。

 「転送装置の近くは天使の巡回地域にもなってんだ。奴ら単体は対して脅威じゃねえけど一番弱い奴でも転移を使って数で攻めてくるから気をつけろ」

 エリルやファリーシアに言うというよりは私への説明だろう。しかし魔天協定というものがありながら転送装置が今まで見つかることがなかったのは不思議だと思っているとドゥガンはすぐに察して付け加える。

 「転送装置って言っても魔界や天界で使われてるような大規模で強大な魔力を使う事もねえんだ。その代り今いるこの四人か五人が限界ってもんで一度使うと魔力の充填が必要なんでな。充填が終わっても発動しなけりゃ奴らには見つかんねえのよ」

 巡回といっても常にいる訳でもなく転送装置があるところまでは天使は出ないようで慎重に使えば大丈夫と言っている。巡回のルートや時間も全て頭に叩き込んでいて今なら絶対にいないと言っている。ついでに戻る時の魔力の放出も微々たるものらしく余程上位のものでなければ分からないだろう、とも。しかし転生してからの流れを見る限り危険な仕事は火竜のメス狩りになり帰りには魔王と遭遇してスラムは壊滅と考えれば天使がいてしまうのではと思ったが案の定そうなってしまった。


 夜を徹して走りきり途中の廃洞窟で小休止し朝と共に走り昼の月が真上にいくかというところで転送装置があるという秘密の場所が見えてきた。転送装置は廃神殿とでもいうものの奥にあるようだが、小高い丘からも見える異常。それは二体の天使がその場所を封印するか待ち伏せるかのようにいることだ。純白の翼に表情のない仮面ともいえる顔立ち、軽い純白の布切れを体に巻き付けて着てつがいの様に一体は男のように雄々しい姿でもう一体は華奢にも見える女の姿で両方共に片手剣と盾を持って浮遊している。表情も目線も態勢も全く変わらずその場に静謐な場をもたらしている。


 「どういうことだよ、これはよ。ええおい。馬鹿げたことは続くってわけかよ」

 ドゥガンは苛立ち頭を掻きむしっている。どうするか考えているようだが天使は一向に持ち場を離れる気配はない。顔つきが変わりエリルとファリーシアに目配せし私に単純明快な作戦を打ち明ける。


 「突撃だ。奴ら当然湧いて出てくるだろうが入り口まで強行突破で俺が装置をいじるから転送まで時間稼ぎ頼むぜ」

 そう言うとエリルに真っ赤な血の入ったポーションをいくつか渡す。どうやらそれはディ・ヌーグから採取したものだそうで天使は魔族の血を穢れとして恐れ魔除けならぬ天使除けとして絶大な効果という。この量なら当たれば上位のものでも相当の精神力を削られ行動できなくなりそれ以外は己の意思とは無関係に堕天してしまい一斉に天使による処刑が始まるという。


 「よし行くか。こいつの斬れ味も試したいことだしな」

 ファリーシアは大太刀を鞘から抜き軽く振りながら具合を計る。彼女が突撃しエリルが門を開けドゥガンと私が入りファリーシアにはシールドとストレングスをかけつつ転移してくる天使を斬り伏せながら入り口に近づき頃合いを見計らってエリルが入り口付近に血のポーションを叩きつけて牽制して全員入った跡に私は魔法で壁を作り時間稼ぎだ。


 天使に見つからないギリギリまで近づきドゥガンが無言でファリーシアに突撃の合図を出す。男型天使は反応に送れるも盾で防ごうとするがそれを難なく一刀両断する。それに見とれる暇もなく我々も滞りなく門を開け彼女にはシールドをかける。どうやらストレングスは必要ないようだが想像以上に天使の湧き方がキツイ。一匹斬れば二匹現れ三匹斬る頃には十匹にもなる。驚異的な戦闘能力で天使共を斬り倒し護り防ぐ。だがそれでも物量作戦によって徐々に攻撃を防げなくなってくる。シールドの効果はあるものの無数の攻撃で押されていく堪らず引こうとするのを見たエリルは彼女に呼びかけた。


 「伏せて!」

 血のポーションを天使の集団に投げつける。それは天使の攻撃によって簡単に撃ち落とされるものの撒き散らされた血によって集団は一気に後退する。それを見てファリーシアは彼女に感謝しつつ入る。彼女はもう一つおまけに門の手前にぶちまけて門を閉める。これで幾らかの時間稼ぎは出来るだろう。


 私はその間に調べていた壁の魔法を唱える。材質は周囲の物体と同じになるが厚みを増せばいいだろう。


 「大地よ迫り出せ アースウォール」


 門を全て遮るように手を振りかざし幾重にも重ねて重厚な壁を作り出す。その間にもドゥガンは転送装置をいじる。安全だが時間のかかるタイプは当然ながら無理。当然ながら一番危険で装置からも投影され画面に何度も『!』マークが出てくる急激に魔力を集める代わりに高い負荷がかかり最悪どこに飛ばされるか分からないというタイプしかない。その間にも天使は際限なく湧き続けており門を破られる音はないものの天使共の鳴き歌う声が次第に大きくなってくる。


 「不味い、上位天使召喚の儀式だ。奴ら本気だ!」

 ファリーシアが叫ぶ。下位天使数百体自らを触媒として捧げ上位天使が天界から転移できる空間をこじ開ける儀式だそうだ。説明している間にも天使の声量は高まり続々と集まり儀式の完成も近くなってくる。私は余り感じないものの他三人は耳障りで不快なその歌声に悩まされている。これだけの厚みがあるにも関わらず声を魔力にしているから音が殆ど遮られずに届くのだろうかと思っている間にも私も気分が悪くなってくる。他三人は無理と分かりつつも耳をふさいでいる。そして歌が最高潮に達した瞬間、音が全て消え直ぐに爆発的な衝撃音が響く。儀式が完了したのだろう。


 「クソうるせえのが止んだが別の問題が来たってかよ」

 ドゥガンは忌々しくも装置をいじりどうにか転送魔力充填開始に成功した。急激な充填といっても時間はしばらくかかるようだ。壁への攻撃は未だに起きない所を見ると撒き散らした血を恐れているのか。


 突如、轟音が響く。おそらくは周囲の地面ごとなぎ払い血を処理しているのだろう。忌々しいのか念入りに何度も何度も聞こえてくる。それが終わるとゆっくりと壁を撃破しようと重い一撃が入れられていく。まだ十分耐えられそうだが転送魔力の充填にもまだまだ時間がかかる。この壁が持ってくれるか天使の一撃が先か。エリルは念のために血のポーションを投げつける準備をしている。


 「ねえ、あの魔王を倒した魔法もう一回出来ないの」

 血でひるませてからレインボウボルトというところだろうが生憎ともう一度使うには厳しい感じだ。未だにあの疲労が残っている。いよいよとなれば無理にでも使ってはみるものの力を引き出された瞬間も曖昧であれが使えるか全く分からない。


 「待て今からで悪いが渡された魔術書から使える魔法を探す」

 私はそう言い焚書にもなったという魔術書を手に取る。タイトルは最悪だ。『初心者でも使える禁呪魔法』大した魔力が無くとも自らや他の生命を代償にしたものから全くの運による無からの死者完全蘇生からアンデッドも周囲も詠唱者も破滅させる魔法、詠唱に一手間加えるだけで高威力というのもあるがどれも何かしらの代償を払うものばかりだ。こんなものが出たこと自体が何かの間違いとでもいうものばかりで頭が痛くなる。その中でも一番まともというかマシなものを選んだ。後は転送が早く出来ればこんなものを使うこともないのだが、衝撃音についでヒビが少しずつ入り大きくなっていくのを見るにこのままでは確実に突破される。


 十何度目かの一撃で壁は崩れた。もうもうと土煙が立ち込めている。天使は穴をより大きくしようと今度は巨大な槍を何度も突き入れて崩していき遂に通れるほどのものとなったのか光り輝く六つの翼を生やしたものが浮遊しながらゆっくりと侵入してくる。上位天使の姿は下位天使と違い顔に感情があり薄笑いをしている。純白の布切れで体を覆ってはいるもののその上に白金と金剛石に赤く燃えさかる宝石を真ん中にあしらえた重厚な全身鎧を着ており先程の槍はどこへ消えたのか両手は素手であるがその手は炎を宿している。


 「笑えるものだ、魔界のゴミを焼却するために穢れた地に召喚されるとはな。いや嘆いてはいかぬか……。貴様ら、我の手によりその穢れた肉も骨も魂も罪も全て焼き尽くし幸福の世界、我が神の住まう天界へ連れて行ってやる。神の慈悲を受け入れろ」

 そう言うと両手の炎はいっそう強く燃えて槍と盾の姿をとる。槍を軽く振るえば周囲の地面が焼き焦がされる。ただの槍に見えるが炎の槍というわけだ。槍で軽く盾を小突きながら準備はいいかと尋ねてくる。


 それに合わせるかのようにファリーシアが突き崩された土砂から死角の攻撃を放つも盾は天使の手を離れてまるで自動的に防いでいるように動き大太刀の攻撃を次々に跳ね返す。斬りつけるたびに炎が彼女を襲うが魔眼によって弾いている。天使はその場を動かずに笑っている。


 「この盾を傷つけるとは中々のものをお持ちのようだ。だが無駄な足掻きはおやめなさい。傷はすぐに消えます。この我を倒せない限り。何ならもう一つもう二つ盾を追加してもいい。だがそれは不要でしょう。さあ終わりにしましょう」

 そう言うと天使は槍を深く構え前方の転送装置をドゥガンごと破壊しようとしている。あくまで天使の目的は転送装置の破壊で他はあくまで不信心者の救済と思っているようだ。その間もファリーシアは盾を突破しようと懸命に攻撃するが全く近づくことすらままならない。溜めも完了したのか槍と体が輝き天使は高笑いをあげる。


 その瞬間を待っていたのかエリルは気配を完全に絶ち血のポーションをぶつけることに成功する。完全に意表をつかれた天使は体を蝕もうとする魔の血を払いのけようと冷静さを失い槍を盾を振り回し周囲に輝く炎を撒き散らしながらうろたえ門の外まで後退し膝をつく。湧き直した天使たちは一斉に上位天使に向かって魔の血を浄化し力づけようと歌を浴びせているが血は消えても精神の疲労までは回復するのに時間がかかるようだ。どうにか力を取り戻し浮遊しながら歌を浴び徐々に力がみなぎるのが分かる。両手を広げ周囲をゆっくりと一周しながら浮遊する。そして周囲の下位天使たちに礼を言い再度槍の溜めを行う。


 そのときには私の詠唱も終わっていた。おあつらえ向きにこの禁呪魔法に必要な物が揃っている。実際のところは上位天使だけでいいがこの際は周囲にいる無数の下位天使も使い転移させずに全滅させるのがもっとも望ましい選択といえる。禁呪魔法のタイトルは『冥界への供物』対象を自身の持てる全ての力と比較して対象がより強大であれば冥界からの使者は詠唱者を連れて行くことはないが弱いか同格程度であれば一緒に連れて行かれるという。それでも釣り合わなければ周囲の生物物質問わず全て飲み込む。冥界からの使者は無数の手が這い出て対象者を全て冥界へと引きずり込む単純だがあらゆる生物、例えドラゴンでも魔王で上位天使でも魂の存在するものは冥界の法則、つまり魂の狩り人による力に抵抗できないという。もっとも詠唱者が余りに弱ければそれに釣り合うものまでしか持っていかれることはない。幸い今は力を失い疲労している状態だ。この無数の下位天使と上位天使は十分な贄だ。


 「冥界よ我が呼び声に応えよ、我が敵を汝らの世界へ連れて行け、足らぬなら我も何もかも連れて行け、我は今ここに無数の魂を捧げる コール・アビス!」


 その瞬間、上位天使の地面に真っ暗で天使共の輝きですら吸い込まれる深淵の穴が開き闇の煙が吹き出てくる。下位天使は戸惑うものの上位天使は構えを解かず溜めの完了と共に私へ業火の槍の突撃が飛ぶ、が槍は私の顔からほんの少しだけ離れたところで静止している。槍の穂先からは炎の熱が伝わってくる。よく見ると上位天使の体を無数の真っ黒な手が足にへばりついて伸びうねり拘束していき深淵へと引きずっていく。無数の下位天使は次から次へと穴に押し込まれていく転移で逃げようとするものもいるが全て失敗し地面に叩きつけられている。遂に上位天使までが穴に入ろうかとするが決死の力でもって抵抗している。自らを紅蓮の業火をまとい手を焼き尽くすが穴から手は無限に湧いて出てくる。そして穴から手とは違う明らかに何者かが出現すると私が力を手に入れた瞬間のように周囲の時が止まる。今度は本当に周囲の時が止まっている。動いている空間から石ころや葉が飛んでくるがある場所で全て止まる。既に舞っているものも全て止まっていて手で動かすことは出来ても動き始めることはない。ふと後ろを振り向けば魔法の出来を静観するファリーシアとエリルがいて奥にはドゥガンも見える。だが三人も完全に止まっている。今この場で動いているのは私と上位天使、それと現れた謎の者。謎の者は光も通さぬ闇の衣をまとい愛おしそうに上位天使を抱きながらも目は私を見つめる。


 「スリーニー、いや今はツタフと名乗っているのね。ふふ、心配しなくてもいいわ。本来であれば貴方の代わりになる贄など存在しませんが私は貴方を気に入っているの」

 謎の者はどうやら女性であることが声と口調で分かる。目もとは暗闇によって隠されているものの頬と唇、顎の形から見ても美女だろう。話している間も上位天使は叫び炎と光によって抵抗するも彼女は構わず抱いており彼女の体には傷一つとしてつかない。光は闇の衣に吸収され炎は体を撫で回すが全く効かない。


 「何故だ、冥界の女王がただの爺を気に入り出てきたとでもいうのか!」

 怒りの顔でどうにか首だけを冥界の女王に向けるも彼女は軽く上位天使にキスをして子供扱いするかのように頭を撫でて何故怒っているのと無邪気に尋ねる。


 「あれ、ね。上位天使といえどもただの天使ね。彼の着ているその地味なローブのお蔭で隠された奥に眠る力に気づけば最上位天使の召喚こそが最善手と分かったでしょうに」

 もう遅いとばかりにほんの少しだけ深淵に引きずり込む。天使は未だに何事か分かっていないという顔だ。だが幾ばくかの思案によって最初に私に話しかけたときのスリーニーという名前に反応する。目に力を入れて私の奥底を見透かすように睨み驚愕の表情と共にうめきわめく。


 「ありえない、スリーニーは千年前に死んだ。生き返るものかそれこそお前が手を回さぬ限りな」女王は天使の眼の前に両指をクロスさせバツを作り違うと示す。神の摂理に反しているとなおも暴れるが決して彼女の手から逃げることは叶わない。


 「残念ながら違うの。私も死んでから心待ちにしたのよ。魔界統一の話をたっぷりとしてもらおうと思ってお茶会の準備もしてたのに一向に来てくれない。たくさん調べてみたわ。そのうち預言者が来たから尋ねたのよ。彼は、復活する、そして私と会う。冥界で、とだけ言ったわ。面白そうだから回収せずに今まで待ってたの」

 そう言いながら彼女は裾から取り出したカップから湧いて出てくるこれもまた真っ黒な飲み物を口につける。私に向かってこう見えて美味しいのよともう一つのカップを取り出して真っ黒な手が給仕するように真っ黒な飲み物を差し出す。気に入っていると言ってくれるのだから飲まないわけにはいかない。口をつける。彼女はどうかと首をひねりながら笑っている。香ばしくほんのりと苦味があるものの美味いことは分かる。この異常な状況で喉も乾いていたことから飲み干しご馳走様と礼を言う。


 「さてと、お茶も飲んでくれたし。あ、毒とかそういうのは入ってないからね。この贄を持って帰るわ。何時か貴方は冥界に生きてやってくるそうよ。楽しみに待ってるわ」

 そう言って微笑みながら、諦めず死力を尽くして抵抗する天使を闇の穴の中へ沈めていく。全てが闇の中に消えて深淵も消えて時は動き出す。ことの成り行きを眺めていた三人は一様に驚愕する。一面を埋め尽くしていた下位天使も上位天使も深淵から現れた手も何もかもその跡も何もかも消えていることに何度も驚きながら私を中まで連れていき詳細を問いただす。


 冥界の女王が来たことは隠しつつ対象を贄として冥界の使者を呼び出して全てを飲み込む魔法だったと、もしかしたら私だけでなく皆も飲み込まれていたとも、だが絶体絶命の事態であったことは分かっているようで仕方ないなと皆納得する。死ねばどの道、冥界行きだしなと。そう説明していると魔力の充填が終わった。急いでドゥガンは転送装置の近くに集まり全員の体をロープで結んで固めろと言われ咄嗟に魔法のロープを出した。四人が両脇の体を掴み衝撃があっても離すなと釘を押される。既に転送は始まっているようだ。装置から投影されている魔法陣から淡い青い光が我々を包み込む。力が徐々に跳ね上がってくるのが分かる。その過程と同じくして装置からは火花や雷が出てエラー音のようなものが鳴り響く。しかし止めることは出来ない。転送装置が破壊するのと同時に魔法陣は発動する。


 転生するときとは違ったおかしな通路を通っている感覚がある。ドゥガンは何時ものとは明らかに速度も風景も違うが転送はされていると確信している。何度か不自然に曲がり上昇して下降しながらさながらジェットコースターのようなものだ。周囲が幾つかの光景が見えてくるとドゥガンはそろそろ終点だと怒鳴る。確かにそれらしきまばゆい光が迫ってきて遂にそれを抜ける。


 爆発音と共に転げ出て死ぬ前にも見た青空のある世界、人間界へと遂にやってきた。皆、怪我がないか確かめているが無い、しかし一様に疲れしばらく動きたくない。私たちは草むらに寝転がりつかぬ間の休息を得る。


 さて、これからどうするか。

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