第7話 火竜

 火竜の巣穴にたどり着いた。ここまでは餌になったり襲撃にあったり湖の悪魔に出会ったりと比べれば何の面白みもない退屈な旅だったがとうとう火竜とご対面といったところだ。もっともドゥガンは当初考えていた案の卵を盗んで終わりでいいと思っているがファリーシアのやる気がこちらまで届いているのを見るにその案はもう破棄した方がいいだろう。とにかく私たちは慎重に巨大な巣穴に入っていく。洞窟といっても中はやけに明るい。火竜の巣穴になると火竜の魔素によって地質が変わり周囲の岩肌が明かりを放つようになるという。それでもなるべくは壁際に沿って何時でも隠れるように行動する。今、火竜は外に出ているのか奥にいるのかどちらにしても目当ての火竜のうめきすら聞こえてこない。ドゥガンに聞いたが火竜の中でも若い部類のものが地表に近い穴を使い、徐々に大きく強く知性も獲得してくるにつれて山脈の上部にいくようだ。つまりこの穴にいるものは一番弱いものの知性はなく話は当然通じない。出会えば即戦闘となるとのことで大変気が滅入る。ちなみに外に出るのは滅多になく餌はどうするのかというと山脈の地下に流れる溶岩を飲み食らうそうだ。これは若い火竜にだけ見られる行為だそうで歳を重ねるごとに大気中の魔素と火竜目当ての冒険者が餌になるとのこと。


 「メスが出なきゃいいんだがなあ」

 ドゥガンは独り言のようにつぶやく。若い部類の竜族はメスが圧倒的に強く凶暴で大きい。だがその分、卵を産めば後はオスに任せたり他のメスとの争いが多く見かけるのは主に山脈上部だという。


 「私はメスと戦ってみたいな」

 ファリーシアは当然のように返す。無論それは単純に魔界での敵はほぼ敵国の将軍くらいしかいなく退屈な日々を送っているからだ。とはいえ彼女も竜の知識は持っているようで望み薄という雰囲気である。


 エリルは何も言わずに集中している。いや緊張している。もちろんそれをいうならファリーシア以外の三人が緊張している。何しろ巣穴に入った途端に小虫の音さえ聞こえてこない。小さな野獣の気配もない。いるかどうかも分からないが野獣もここが火竜の巣穴だということは分かるのだろう。先の見えない一本道、徐々にではあるが狭くなってくる。想像している竜の巣穴といえば巨体が横たわり何ものも気にせず眠り今まで屠ってきた冒険者の遺骸と装備と金で埋め尽くされた光景を思い浮かべるが今のところそういった物は欠片も見当たらない。


 四人は注意を過分に払いながら幾つかの曲道を進んでいったが火竜の姿はどこにも見当たらない。だが卵は見つけた。餌場である溶岩の濁流も見つけたが肝心の火竜がいない。これは最悪の事態を考えなければいけないようだ。卵にも餌場にも火竜はいない。つまり外に出ているということで巣穴から出ていこうとする我々と出くわす可能性が高い。逃げ場がなくなるのだ。まだいてくれたほうがよかった。何ならメスでも構わない。後ろに全力で逃げていけば例え卵を盗っていても奴らはそこまでしつこいものでもないという。だが出ていく時に相対して逃げれるかといえばノーだ。脇をくぐり抜けて行こうにも巨体に似合わず極めて器用に繊細に敵を切り裂き叩き伏せる前足と自由自在に動き薙ぎ払う強大で俊敏な尾を忘れてはいけない。何よりその体全てが鋼よりも固い鱗とそれでいて衝撃は全身で吸収する柔軟な筋肉によって覆われている。骨は未熟な若い竜でさえ伝説的な装備の材料になる。それ相応の技術があればの話ではだが。つまり滅多に外に出ないものが出ている今はある意味極めて危険なときでもある。当初のドゥガン案をさっさと採用して卵で妥協してファリーシアを説得し速やかに出ていく。これこそが我々にとって最も実りある冒険の成果だ。そう、ファリーシアには残念だがついていない時は誰にでもある。それが今だ。さぁさっさと出ていこう。卵を貰って帰ってオムレツにでも何にでもして朝まで飲んで食って騒いでしまえばいい。


 だがそんな妄想は入り口から聞こえてきた暴音によって微塵にも消え去った。ゆっくりとだが確実に歩いてくるその音だけで内蔵が揺れる。時折うめく鳴き声によって恐怖を抱かずにはいられない。この巣穴に帰ってきたという合図ともとれる鳴き声は侵入者である我々を威嚇し逃げ場はどこにもないということを知らしめ恐怖すらも吹き飛ばす。若い竜にしては威圧感が凄まじくメスではないかとファリーシアは言う。そして彼女の予想通りらしくメスである事を確認したことが偵察をしてきたエリルによってもたらされた。


 「よっし、腕が鳴るな。お前らは下がってろ。私がぶっ殺す」

 ファリーシアの体から強者のオーラとでもいうべき波動が伝わってくる。どこから取り出してきたか分からないほど大きなバトルアックスを片手に持ち柄で肩を軽く叩きながら気分を高めている。


 「はっきりいってドゥガンとあたしは戦力外だから逃げてるので二人でよろしくね」

 ドゥガンも頷いている。が、待て、二人と言ったな。まさか私を戦力に入れてるのか。いくら危険な仕事だからといって戦った事もない竜なんてものとだとと思っているとファリーシアは爺さんは万が一のときのサポートよろしくと言ってくる。


 「わしらは何だかんだ言ってただの盗賊みたいなもんだからな。爺は魔法があんだからこっちは後ろでどうにか凌ぐんで頼むぜ」ドゥガンとエリルはそういって物陰に隠れてグッドラックとでもいうように親指を天に突き上げて出して引っ込める。


 どうやら前衛ファリーシア、後衛に爺。更に後ろに役立たず二名というパーティ構成に頭が痛くなってくる。初めての竜退治がこんな調子でいいのかと思い悩むも火竜の足音は容赦なく近づいてくる。ファリーシアも曲がり角に陣取り不意打ちで一気に片を付ける様子だ。楽しもうとする素振りがないのはいい。彼女のこれまでの態度からしてメスの火竜といえど時間をかけて楽しみ被害が大きくなりそうだったがその懸念は外れたようで嬉しいものだ。だが同時に相手が楽しむほどの相手でなく素早く決めなければいけない相手だというのも伝わってくる。果たしてファリーシアの力と私の初心者用魔術がどこまで通用するか、開戦はもうまもなくだ。


 不意に曲がり角からまさに現れようとする直前に足音も唸り声も止んだ。相手もこちらを察知したのか一瞬の静寂のあと大地が揺れ轟音と共にファリーシアが背にしている壁を火竜の口が突き破り奇襲攻撃に出てきた。しかし彼女も予想をしていたのかバトルアックスで身を防ぎつつ火竜の横面を見をひねりながら強烈な一撃を叩き込み反動で受け身を取りつつ地面に滑り落ち構えて戦闘態勢をとる。受けた火竜も鱗が多少剥がれた程度ですぐに両の目でファリーシアを睨みつけて咆哮を上げる。一瞬だけ爺の方を向いたもののすぐにファリーシアに照準を合わせつつ巨体がゆっくりと地響きを伴い現れる。予想はしていたがこれまでの野獣などとは桁違いに巨大で遥かに強いのが最初の一撃からも分かりすぎる。


 それはファリーシアにも分かっているが当然のことのように戦意喪失どころかこちらも両目が力でたぎっており今にも飛びかからんという所だが頭は冷静なようでゆっくりと間合い詰めている。おそらく一気に一飛びで叩き斬るところまでというところだが火竜もその辺りは分かっているようで竜いえばという攻撃を出してきた。まだこの間合だからこそ有効な射程距離、範囲、威力、つまりファイアブレスだ。尾から喉にかけて火炎の煌めきが集中し咆哮と共に業火が火竜の口から吹き出てくる。ほぼ真横にいる私などは眼中にない様子でファリーシアを最大の敵と見ているようだ。それはそれで自分に被害が及ばないのが少し嬉しいことに嫌になるものの見る見るうちに地面が溶けるほどのものを見せられては食らいたくないのが本音だ。後方に逃げているエリルとドゥガンまでは届かなくともその余波からしても尋常でないのは明らかでシールドのスクロールをそれぞれ使ってしのいでいる。火竜の標的であるファリーシアはどうかといえば壁を無重力かというほどの勢いで走って避けている。後方にいる彼女らのことと脇の爺まで気にかけてブレスを反対側に追わせて見事に火竜を反転させることにも成功させている。彼女にはダメージというダメージはないようで意気揚々に私に叫びかける。


 「これで挟み撃ちだなあ!」

 彼女はバトルアックスを振りかざし地面に叩きつけ火竜の注意を引く。どうやら私を戦力に数えてくれているようだ。しかし丁度言ったように挟むために直線のフロストボルトなどは万が一、火竜に避けられては彼女に攻撃してしまう危険性もある。ここは慎重に魔法を選ばなくてはいけない。本当ならもっと前に選ぶべきという心の声は無視だ。


 魔術書を素早く丁寧にめくり見つけた魔法はアイスフロア。対象の地面と地についているものも凍らせるものだ。今回は対象が大きすぎるために私の魔力でも火竜と周囲全てを凍らせることは出来ないだろうしその方が援護として都合がいいだろう。詠唱を始めようとすると火竜が動きファリーシアも合わせる。


 「彼の地を凍らせよ凍てつかせよ アイスフロア」


 効果はやはり期待以上であったがファリーシアは飛びそれを撃墜するべく上げられた前足は凍らせられなかったものの後ろ足は動きが取れないようで上体を思うように上げられず彼女に鋭い爪は届かない。そして彼女は正に撃墜せんと上げられた前足を叩き斬った。地面に降りる際に滑ることなく氷面を踏み抜き追撃を試みようとすると火竜は失われた片腕の怒りから真っ赤に光り輝き膨れている。ファリーシアも不味いと思ったのか三枚ありったけのシールドスクロールを使い体と心を固めて攻撃に備えた刹那爆発は起こる。火竜を中心に爆炎が広がり凍りつかされた後ろ足も地面も壁も溶解しつつ弾け飛ぶ。どうにか自分にだけシールドは使えたものの爆心地にいた彼女はどうかと思ったところにその彼女が私の右辺りの壁に叩きつけられるように爆風と共に飛んできた。前面をガードしつつ自らアイスフロアの効果が高い方へ飛んできたようである。それでも体からは焼け焦げた臭いが漂い火傷が目に入る。急いで治癒の魔法を探そうとすると彼女はポーションを火傷に振りかけつつ飲み干していく。彼女の再生力もあるのだろうが傷は癒えて元の綺麗な顔に戻った。


 「火竜に役に立つかどうかって言ってたが十分役に立ったな。それと援護ありがとよ」

 彼女は荒く息をしながら楽しそうに私に話しかける。火竜は斬れ落ちた自分の腕を咀嚼していて辺りは未だ爆炎の熱風と焼けただれた地面によって近づくのは容易でない。


 「さて、ここから、どうする、かね」

 彼女は体を隅々とひねり身体チェックしながら作戦を考えるように私に言っているようにも聞こえる。やはり彼女にもこの火竜は強敵のようでどう倒したものかと考えあぐねている。エリルとドゥガンは更に後方に下がりつつ溶岩の間を覗き込みながら逃げ場を探そうとするとむせ返る熱気にやられて無理なようだ。魔術書をめくり一つ思いついた。彼女もそれを察知したようで聞いてくる。


 「何か案が出来たかよ爺さん」ギラギラ期待する目で見てくる。

 「案というか何というか、そのだな」返答に窮するが彼女は構わないようだ。

 「まず、魔法 ストレングスによってファリーシアちゃんを強化、次いでシールドもかけて一気に特攻。頭をその、斧でかち割る、って作戦、は、如何か、だろう」

 作戦も何も前衛を強化させて火竜に突っ込ませて勝利と頭をもぎ取るのは作戦というか案でいいんだろうかと思っていると彼女は即採用した。

 「いいな、それでいこう。面白そうだ」

 彼女はやはり前足や後ろ足をちまちまと斬っていくのは趣味でないようで男らしくというか女だがスリーニー王国六魔将軍らしく特攻による戦果の方が余程性に合うようだ。竜が咀嚼を終えこちらを向き直ってから私が強化を施し特攻。次いで反撃に対してシールドで被害を最小限にしつつ首を落とす。これでいく。細部なんてもの全くはないぶっつけ本番の最悪な案だがこれしかないだろう。そして丁度、自らの腕を食い終えてこちらに顔を向けようとしている。ファリーシアは準備万端だ。


 「我が手に触れし者に力の加護を ストレングス」


 ファリーシアは力の充実を存分に感じ取り竜の首へ一直線に飛ぶ。無論、シールドも貼り終えた。後は火竜の出方だが両目は燃え盛り怒りもう一度ファイアブレスを仕掛けてきた。彼女は魔眼の力も最大限に使い炎を弾き飛ばしつつも炎の中から横薙ぎに決まったもう一つの前足の攻撃を受けつつも反転して壁に着地して首目掛けて爆発的に疾走し一気に容赦ない一撃を加える。力任せに生半可な攻撃を弾く鱗もその下に隠れた分厚い筋肉もそれらを支える骨も全てぶった斬る。結果さえ見れば地面に叩きつけられたバトルアックスの衝撃波と火竜の口から出た炎が目と鼻からも吹き出しつつ首が落ちたのだ。赤みがかり淡く光り輝いていた体は精彩を欠きつつ命の火も落とし巨体は地響きを上げて倒れる。見事叩き斬ったファリーシアは火竜の返り血を浴びつつバトルアックスを掲げ雄叫びを上げている。エリルとドゥガンは半信半疑どころか今にも再生してこちらを襲うのではないかと奥から全く出てこない。だがファリーシアと私には分かる。首を両断されて痙攣しつつも確実に屠ったという実感がある。強大な火竜は死んだ。火竜退治完了である。


 「退治出来たのは嬉しいがよ。どれ持って帰る」

 ドゥガンの疑問は当たり前であろう。いくらファリーシアが力持ちだからとって小高い丘のような巨体を持って帰るのはキツイなんてものではない。団長も分かった上で言っている。やはり討ち取った証として頭と他は鱗幾つかと骨を持ち帰るのが妥当だろうかと考えている。


 「そんなことより、こいつの肉食おうぜ」

 ファリーシアは火竜との死闘の余韻に浸りながら早くも食欲が湧いてきたようだ。持って帰れないのなら思う存分食ってしまえばいい。幸いかまどというか溶岩が流れている洞窟が近くにある。そこで垂らしていればいい感じに焼けて後は調味料一つもしくはそのままでも美味いのかもしれない。


 「いいねー、食べちゃお食べちゃお。で、卵はどうする」

 巨大なドラゴンの目玉焼きを想像したがそんなフライパンは用意していない。私も含めて卵は持って帰るのも別にいいかとなった。何しろ最大の戦果が目の前に横たわっている。しかし食べようとするにも相変わらず鱗は硬く刃は全く通らない。仕方なく斬った後の前足と首からどうにか塊を取り出す。ドラゴンステーキ、創作の世界でしか出てこないご馳走を今食す。


 とりあえず筋に刃を通すことはどうにか出来た。持ってきた調味料で下ごしらえも完了して火を起こし焼いていく。肉の香りというものは無いというか感じない。それもそのはずと言うべきか周りに火竜の死体から漂ってくる臭いが充満しているからだ。無論その臭いもそこまでのものではなく勝利の余韻と合わさり香しき良い匂いだ。さて火も肉に丁度よく通り見た目にもいい感じに仕上がった。前菜も何もないこれがメインでこの一品のみだ。お味の方はどんなものか。


 「か、硬い。噛み切れないいぃ」エリルはしばらく頑張ってみたが無理とわかり大人しくナイフで細かく切り咀嚼しているがそれでも中々のものらしい。


 「ぐぬぬうぅ、俺の顎でもきついぞっ」ドゥガンはどうにか噛み切ることに成功はしたが咀嚼にえらく時間がかかっている。二口目からはエリルと同じく細かく切っている。


 「わははは、私は何ともないぞ。うん、美味いじゃないか」ファリーシアの肉が特別柔らかく仕上がった訳でないのは肉を力ずくで引き裂き力強く咀嚼していることからも分かる。彼女ほどの力でなければ駄目なようだ。


 当然、先に三人を見ていた私は大人しく最初から細かく細かく切って食べている。確かに肉は硬く締まっているがファリーシアの言う通り美味い。だがどうせなら彼女のように豪快に食いたいとは思うもののドゥガンでさえきついと言わしめる肉だ。ここは大人しく細切れにして楽しむのが得というもの。


 どのくらいかの時間が経ちファリーシア以外の者の顎が後日、確実に筋肉痛になるほどドラゴンステーキを平らげた。残りの肉はそのまま持っていくようだ。何でもドラゴンの肉はどれだけ経とうとも腐らないという実にいい性質を持っているようで細切れにして持っておけば勝手に干し肉になるとのことだ。もっともこの場合は全て持っていくのは無理なためで本来であるなら余すことなく何もかも活用出来る最高の材料。後日回収するそうである。しかし何といってもこれで仕事は終わりだ。当初は幾つかの危険な仕事だと思ったが終わってみればファリーシアのお蔭で人間界行きは決まったことだろうと思い確認するもしばらくは仕事すら嫌という気にもなっているようであっさりオーケーが出た。知り合ってほんの数日であるが名残惜しいものだが魔界にいては何時自分が大魔王の体を乗っ取っているか分かったものではない。ここはやはり一刻も早く人間界に行くのが正しいことだ。何、人間界でも出会いはあることだろう。もっとも人間界にどうやって行くのかはまだ知らないのだが。それは火竜を殺した証拠の頭をどうにか引きずって帰えれば追い追い説明してくれるだろう。


 と、その前に一休みである。火竜の死体を脇に朝までお休みだ。

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