第6話 道中
街とは反対方向へスラムを抜けると立て看板とそれに沿った幾つかの道が出ている。獣道よりかは広い。団長はそのうちの一つ、アンヒル山脈と書かれた看板の道を選んだ。アンヒル山脈とはスリーニー王国の荒涼とした大地の背後に陣取り、大して険しいわけでもないが低級で言葉も通じない凶暴な竜族が住んでいる。低級とはいえ言葉も通じないドラゴンは他国からすれば脅威らしく王国の守りはほぼ背後にない。
その理由にもう一つ付け加えるならば、山脈のその背後の大森林にはどこの国とも今のところ中立で強大な獣人の国がある。国名は統べる獣人によって毎回変わるために単に獣人国と言われているようだ。彼らの習性として興味深いところは、統べる期間は長くても十数年。その後、各部族によって内戦が始まる事にある。そしてもっともおかしなところは内戦に他国が関わり一部族を優位にする行為を獣人国全体にとっての侮辱行為ととられ内戦は一時停止し他国が干渉する事なくなるまで戦争をする。そして収まればまた内戦を始め統一を繰り返す。研究者から見るとこれは一種の儀式とも言えるそうだ。統一期間は儀式戦争を始めるまでの準備期間となりその間は観光なども出来るようである。もっとも、王国から獣人国に行く道は山脈を通る道しか無いのでそれは限りなく難しいことだろう。ドゥガンにスラムの中に獣人はいないのか聞いてみると極少数の変わり者がいるだけで他の獣人は獣人国で生きて戦って死ぬのが当たり前のようだ。このようにアンヒル山脈と獣人国のおかげでか王国は後ろを気にせず全面に最大火力を当てる事により魔界統一こそ出来ずとも魔界一の力を持つのだそうだ。
そんな事をファリーシアから聞かされながら小道を歩き、たまに小休止を繰り返す。今のところ野獣が襲ってくるということはなくどちらかといえば、こちらが食料として野獣を探しているのだが、どうも彼女と一緒にいると襲われることがない。それもそのはずだろう今のこの辺りで一番危険な生物は彼女だ。野生であることは危険を察知できるということ。仕方のないことだろう。だからといって爺一人を前に出して他三人は気配を消してついていき獲物が現れたら狩るというのはどういうことだ。最初だけは彼らの気配も感じられたがしばらくすると草むらが鳴る音は彼らのものだろうか、それとも野獣だろうかと緊張しながら歩いている。何故こんな肝試しみたいな、いやそれよりも怖い。ようは生き餌だ。爺の生き餌では魅力が足らんのでは無いかと思う。ここはエリルのような生きのいい餌に変えるかドゥガンのように食いでがある餌にすべきと今更ながら後悔するが昨日今日で出会った間柄でそれを言えるはずもないことは分かっている。ただ文句を言いたいだけだ。心の中でだけど文句を言いたい。
小一時間ほど歩いただろうか、ようやくその時は来た。野獣は唸り声一つ上げずに冷静に狩りをする。私が気を張り詰めていたものを解いて後ろを振り返った時に巨大なワニが飛びかかってきた。凶暴な口は目一杯に開き私を噛み砕こうとするその刹那、三人の狩人も既に攻撃を終えていた。ツーハンドアックスはワニの首を見事に吹き飛ばしエリルとドゥガンのナイフも申し訳程度に腹に刺さっている。しかし三人はこちらに駆け寄ることなく口論をしている。
「私の斧が先だったな」勝ち誇るように腕を上げるファリーシア。
「いや、私の方が一瞬早かったね」エリルは両手をひらひらさせている。
「ふん、狩りは俺のほうが実力も経験も上だ」ドゥガンは自分こそが一番と腕を組む。
彼女らも退屈だったようで誰が最初に傷を与えるかという賭けをしていたようだ。もっともワニの首は吹き飛び、体は地面に叩きつけられどれが最初か分かったものではない。彼女らはワニを見ながら革は金になるが肉は不味いんだと愚痴をこぼしている。つまりもっと美味そうなものに狙われろということだろう。無茶苦茶だ。
そんな事を幾つか続け今夜の肉を確保しても爺生き餌遊びをもう一回だけやることになった。既に森中の生物がこの生き餌を警戒してか相変わらずどちらも気配はない。とはいえこれまでの結果だけ見れば私が野獣に傷つけられる心配はなさそうだ。エリルとドゥガンのナイフ投げも素直に技量として素晴らしいものだが殺傷力と破壊力を考えるとファリーシアが遥かに上回る。しかも毎回飛んでくる武器が違っている。どうやら魔法は扱えなくても魔法の武器ならば問題ないようで常に複数の武器を持ち歩くようにしているようだ。彼女が言うには素手も他の六魔将軍に鍛えてもらっているのでこれまで出た野獣全て素手で仕留めることは造作もないという。だが素手による衝撃波では爺もろとも巻き込むのでやらないという気遣いを示してくれた。彼女も配慮という言葉を知っているようで少し安心する。ただ、ピンポイントで狙う手刀による斬撃波も練習しているようで襲われているのを見るたびに使いたくなるとも言っていた。それはドラゴン相手にした時に実地訓練でもして下さいと心の中で願う。
またも、小一時間ほど歩いただろうか、目の前に野盗、山賊、ならず者とでもいうリザードマンが立ちふさがった。一人とは限らないと思っていたが案の定、後ろにも二人の気配が湧いた。しかしこういう時、リザードマンだとどうしても匹と数えたくなる。三匹もとい三人のリザードマンは警告するでもなく脅すわけでもなく距離を詰めてくる。最初から殺して奪うのが目的のようだ。これではファリーシアの武器投げは私に当たるし投げナイフも同様に危ない。咄嗟に魔術書をめくり全方位に力の波動を与える魔法パワーウェイブを見つけた。詠唱し発動するのと同時に奴らも飛びかかってきた。
「我が身から沸き起これ力の波動 パワーウェイブ」
自らを中心に強烈な波動がうねる。地面はえぐれて小さなクレーターを作った。至近距離で食らったリザードマンらのうち後方に陣取っていた二人は木に激突し気絶し前方の一人は空高く吹き飛ばされそのまま地面に頭から落ちる所をファリーシアが軽く捕まえ他の二人もエリルとドゥガンが逃げられないように縛り付けている。
何事かと思ったが爺には全く分からなかったがスラムから出てすぐに尾行されていたようで相手の素性も大体の目安がついているようだ。三人をひとまとめにして最初に出てきたリザードマンに気付け薬としてドゥガンは裏ポケットの酒を嗅がせて起こした。その男は人間の爺に飛びかかったところは覚えているが何があったのまるで分からないという顔だ。
「もう狩り尽くしたはずだが、まだいたかよ」ドゥガンが忌々しげにつぶやきナイフを相手の太ももに突き刺す。だが相手も屈せず睨む。
「こいつらは昔、団長と一緒に襲った密輸組織の連中。あ、元ね」ファリーシアは簡単に解説する。敵討ちというところだろうかと考えているとリザードマンは喚き散らす。
「白いちびエルフ無しじゃ何も出来ねえドワーフ風情が偉そうに団長面してんじゃねえ襲えたのも乗っ取れたのもスラムを制圧したのも全部お前の実力じゃねえよ」しかしその言葉にファリーシアもエリルもドゥガンもさして気にすることはない。
「聞き飽きたねー」エリルは心底呆れている。ファリーシアも頷いている。
「俺が襲わなくても誰かがやったろ。お前のボスもその前のボスを裏切ったんだぜ。俺もそうなるかもしれんが少なくともお前は見れねえ。ここで死ぬからな」
そう言って一閃、首を斬り落とした。気絶してる者もほどなくして後を追うことになった。持ち物を幾つか漁ったが大した物は持っておらず。ドゥガンはこれで最後にしてくれと言いながら切り落とした首を蹴り飛ばしている。
半ば呆然と見守っているとファリーシアが後ろから私の魔術書を不思議な顔で見ている。この魔術書に何かおかしいことがあるのか私も不思議に見つめると彼女は魔術書を私の手から奪い幾つかのページを見ているが、どれもやはり同じ様な顔だ。私の生命線とも言える魔術書をどうにか取り戻すと彼女は聞いてきた。
「その本、読めないぞ。何て書いてあるんだ」魔術書で魔法の詠唱呪文が書かれてあるだけだと説明するとまたおかしな顔をする。
「魔法は頭の中でイメージして出すものだと私は教わったぞ」
ファリーシアから言われたことは意外なものだった。この世界での魔法とはそういうものなのか。だとするとこの魔術書は一体なんだというのか。私はこれを読み、理解して、詠唱して魔法を発動している。一度発動した魔法は確かにイメージとして放つことは可能だとしても本当は最初からそういうものなのか。そうだとすると今度はこの魔術書がおかしくなる。どういう事かとぐるぐる頭の中で考えが回っていると彼女はさっきの魔法を詠唱してみてくれと言う。魔法を除いた詠唱だけにしたが相変わらずおかしな顔のままだ。魔法の発動前の詠唱だけを普通に唱えたつもりだが彼女には全く意味のある言葉として聞き取れなかったようだ。
「城で人間界の言葉なんかも習ったんだがそんな言葉じゃなかったぞ。そういや爺さん、こっちの言葉も訳なく話せるよな」怪しむような顔をするがどうにかこうにか、爺になるまで学び続けていたらという事にした。
大体のことは分かる。この体が原因だろう。千年前の古代語が詰まっているのだ。そしておそらく魔界の言語は千年間変わることはなかった。そうでなくちゃおかしくなる。ただでさえ転生した先がこの様なのだ。多少の事はこの体と転生のせいにすべきだ。
「しかし、爺は人間なのにかなり強いよな。俺はてっきり渡してあったシールドのスクロール使うもんだと思ってたぞ」ドゥガンはスクロールを出して言う。
「いや、しかしあてにするなと言っておったし」団長から渡された時に確かに聞いた。
「そりゃ、火竜相手にだよ。その辺の奴ら相手なら大丈夫だっての」ドゥガンは呆れている。
なるほど、確かにそれはそうだ。あの場面ではむしろスクロールを使っていればこのちょっとした面倒なやりとりも避けられたのではないかと思ってはみたが、いずれにせよ何時か話題になることっだったと考えれば今この場で適当にあしらって、なあなあでどうにかする方がよかったのかもしれない。
私は火竜が楽しみだと言ったらファリーシアは同意してくれたが他二名はいや、三名だ。私も同じように嫌だったからだがこうやってでも話を打ち切って旅を続けようと言った。私にはこんなおかしな世界よりも青空と太陽と星空と月が恋しい。火竜を倒して仕事は終わり。そして憧れでまだ見ぬ人間界へ降り立たなくてはいけない。もちろんこれも嘘だ。何しろやることがまだ見つかっていない。大魔王様の最後の言葉なんか全くもって知るものか。千年も前の奴で今は私になっている。彼は本当なら出来てたはずだ。大魔王になったんだ最強の魔法使いを目指してみると言えばよかったんだ。そうすれば、そうすれば、よかった。彼は私と違って凄いことを成し遂げたんだからそのくらい出来ただろう。
休憩を入れて火竜への旅は続く。ファリーシア以外はやる気はないがやるしかない。私はとりあえず人間界へ行くため。エリルは巻き添え。ドゥガンが道連れにした。だが彼を責めても仕方ない。彼しか人間界への道は知らないのだから。密輸組織といっても人間界へ行って何かを盗ってくるのは団長の仕事らしい。エリルもどこかまでかは知らないが大体の場所は知っているらしい。だが一人の方が見つかりにくいし危険も少ない。人間界への道と言っても扉を開けばいいというものでもなく色々と厄介なものがあるそうで行きたい時に行けるものでもないようだ。
一日で着くものでもなく当然のように夜が来た。輝く光から逃げるように大木の木陰に入り簡易テントを張って遮光をもう一段階あげる。輝いているとはいえ夜行性の野獣がいると思ったのだが魔界で夜に動くものは極稀で知性の無い野獣でその類のものはここにはいないというので遠慮なく休むことにする。しかしこの体になってからというものの食事や睡眠など摂らなくてもいいように感じる。これは老人だからか大魔王だからか生来自分が持っている精神的なものがこの異常な状況下でより大きく現れたのかもしくは全てかと思いつつも目をつぶっていたがどうも今日は眠れないようだ。疲れる出来事はあったはずだがと思っているとエリルの寝床が空になっている。丁度いい暇つぶしがてらに探索といこう。
周辺には小川が流れている。川下か川上かと思ったら後者の方から何か水の跳ねる音が聞こえる。湖でもあるのかと思いそちらへ向かうと音は相変わらず聞こえてくる。これはエリルが水浴びでもしていてそこに私が彼女の裸を見てしまいというお決まりのイベントかと思い少し緊張してきた。予想通り湖があるが湖面に映る強烈な光のせいで直視することは出来ない。だが、声はした。それは彼女の声ではなくファリーシアの者でもない別の女性だった。
「誰です。真夜中だから眩しくて見えないと思い水浴びを覗いている者は」当然の指摘だ。予想はしていたが怒られてはいるが冷静であることに感謝しよう。一応だが声の先への目線は避けている。
「まあ見られたからどうというものでもないですね。見ても構いませんよ」これは予想していない。とはいえ眩しくて見えないが見てもいいと言っているのだから少しだけでもいいかと思い手で光を遮りながら彼女のほうを向く。
「真夜中であまり見えないとはいえ、綺麗でしょ」彼女の体の曲線美や胸の膨らみに顔の輪郭を見るに綺麗なのは分かる。
「眩しいのは分かるけど目を見て話さないかしら」まあそれもそうかと思いどうにか彼女の目を見つけた。やはりこれも綺麗だ。眩しいせいで何色の目なのかが気になる所だがそれはどうでもいいだろう。
「眩しいが、綺麗な目をしているね。覗くつもりはなかった。ただ知り合いがいるかと思ってね」
エリルならエリルで問題になっただろうが一応弁明はしておきたかったので理由を言ったのだが彼女はどういう訳か動揺を隠せないようだ。何か気に障ることをしただろうかと思い首をひねったその脇を素早くナイフが通り抜けて水浴び中の彼女を貫き湖中に絶叫がこだました。
ナイフの主は他ならぬ探していたエリルであった。彼女は険しい顔をしている。私は戸惑いながらも水浴び中の女性と会話していたのにいきなり何をするのか問おうとすると彼女は用心深くナイフを二本握りしめながら湖面を睨みつけながら近づいてくる。
「誘惑は受けてないようね。あれは夜でも動く極稀な例よ。音で誘い出して誘惑し食う。湖の悪魔」
私を軽く叩きながら誘惑を受けていないことを確認しつつ説明してくれた。いまだ警戒を怠らず湖面を見つめる。一時の静寂のあとナイフ一つで片付けたことを不審に思いながらもナイフを仕舞った直後に湖の悪魔は湖面から跳ね起きて反撃に出てくる。腹にナイフが突き刺さっているが致命傷ではないものの痛みを感じ憎しみと共に奇声を上げて口から何かを飛ばしてくる。エリルもナイフを抜くが相手の攻撃の方が速いことを感じ取った私は火竜用にと思っていたシールドを発動する。
「我らを守護せよ シールド」
無色の薄い膜が私とエリルを包み込み湖の悪魔の攻撃を弾いて防ぐ。それは獲物を溶かす酸のようで周囲の地面が腐臭に覆われて溶けていく。それとほぼ同時にエリルの攻撃も整いナイフを相手の頭目掛けて投げ見事にど真ん中に命中すると悪魔は断末魔の奇声を上げながら醜く溶けていく。
「守ってくれたのはいいけど今度からは出歩かないでね」エリルは少し怒っている。極稀な例で危険だからだろうか。とはいえ目当ての者は見つかった。
「少し眠れずにいて起きたら君がいなかったから探していただけなんじゃ」一応断りを入れておかなくていけない。
「ただのトイレよ。出くわさずによかったわね。もしそうだったら石ころじゃなくてさっきみたくナイフで殺してたわ。もっとも私に音もなく近づけたらの話だけど」
私をいやらしい者のような目つきで見る。確かに水浴びをしているエリルが見れるかもという淡い期待はしていたがトイレ中の彼女を見る趣味も性癖も無いしましてや殺されたくない。彼女は手招きして戻ろうという合図をする。極稀な例も見れたことだしシールドの練習も出来た。出来れば湖の悪魔を丁度いい明るさで見たかったとも思ったが誘惑を受けて食われてはいけないとも思った。帰る途中に私のせいでナイフを二本も無駄にしたと悪態をつかれたがそれに関しては素直に謝罪をした。ここは私にとって未知の世界で彼女らのほうが精通しているのだから。戻る途中にファリーシアの出会いを聞いてみた。ファリーシアのことを綺麗で可愛いと思ったのは本当だというがいくつか違うこともあるようだ。
「最初にファリーシアに会ったのはちょっとしたお使いの帰りで茂みの中からそっと見たの。何でそうしたかってのは彼女が嫌いな奴の顔を岩に指で削りながら落書きをしていたのね。そしてその顔目掛けて石ころを投げつけたの。ただの石が顔を粉砕していったわ。面白そうに笑ってた。そしたら気付かれて、綺麗で可愛いって言っただけよ。それからたまに遊んだだけかな。特に危険なことにはならなかったけどまさか団長に紹介された時にあんなことになるとは思ってなかった」
一呼吸置いてそれでもいい思い出と付け加えた。彼女との出会いがなければただの使いパシリのままでどこかで死んでたかもね、と独り言のようにつぶやく。無事に寝床についてから目をつぶる。よく眠れたかどうかは分からないが特に変わりなく起きれたようだ。
ドゥガンが調理をしている。肉は大して美味くないと言っていた昨日のワニ肉で野草はその辺で採ってきたそうだ。後は調味料をいくつかふりかけて出来上がり。酒場で出た珍妙なものはないようで安心した。肉は筋張っていて噛み切るのに時間がかかるが調理はよく出来ているしよくわからない野草も特に苦いというわけでもなく全体で言えば普通の料理だった。食事を終え寝床を片付けて旅は続く。火竜の巣穴はあと三日はかかるそうだ。
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