第5話 回想
朝だ。ベッドにはファリーシアが寝ている。私が先だ。さあ早く部屋を出よう。しかし、そうはいかなかった。戸に手をかけて廊下に出ようとすると背を突き刺すような殺気を感じる。背後からといえばベッドの上にいる彼女でしかない。私が目を覚ます前から実は起きていて私が起きた途端に目をつぶったのか、いやそうならば私が起きた時点でこの殺気を浴びているはず。という事は戸に移動し手をかけた間の物音に察知して起きたのだ。言い訳を考えろ、単純明快なものだ。そう、起こしに来たんだ。それだ。そう決めて振り向けば無表情のファリーシアがこちらを見つめている。
「何故お前が私の部屋にいる」その声には眠気さがありおぼろげで目も半開きだが殺気は確かにある。起こしに来た。そう言うんだ。
「何故って、起こしに来たんじゃが。仕事の事を忘れたんかの」
私は爺なんだ、ボケた感じで言えばいいはずだ。そしてその結果は上々で言い終わるや否や彼女の目は見開き、ベッドの上で大の字になって立ち上がっている。その顔は希望に満ちあふれ目は爛々と輝き白く美しく瑞々しい肌は魔界の空の色を浴びてさえ、なお色あせることはない。しかしどこに昨日の衣服を隠したのか半袖の上着と彼女の性格を表している赤いパンツだけだ。体つきはどことなく中性的だがかすかな胸の膨らみと名前からエルフの女なのだと改めて思う。
「そう、今日は久しぶりに私が必要とされる日だ。早く暴れたいぞ」
そう言うと目を閉じて瞑想に入る。そして瞬間、体から溢れるように鮮やかな刺繍の入った綺麗な衣服が肌にまとわりつき最後に昨日の普通のものではなく、この国の紋章と思われるものが入ったローブが彼女を包み込んだ。目を開きベッドを降りて戸を開き酒場へと降りるかと思ったら隣のエリルの部屋に入った模様である。挨拶と起きろという声が聞こえてきた。エリルはまだ寝ているようであったが無理やりファリーシアに起こされ支度をさせているのか、逆のようだ。余程、今日の仕事が楽しみの様子だ。見に行くのも楽しいだろうがここはそっとしておくのが吉というもの。私は部屋をそっと抜け出し酒場へと降りていく。すると以外にも既に団長ドゥガンはカウンターで待っていた。寝ておけと言った本人だがあまり眠れてない様子。
「おはようございます、団長」
ドゥガンは今回の仕事というか昨日急遽決まってしまった仕事についてそれどころではなく生返事で返す。私は昨日の夜と同じ席についた。二階からの声と音でエリルとファリーシアの楽しい支度模様はまだ続くようなのでこの際だからファリーシアについて聞いてみるとする。
「団長、彼女らが来る前にファリーシアについて何か教えてくれませんか。おそらくハイエルフだと思うのですが」団長はそれで少し生気を取り戻し喋りだした。
「ああ、そうだ。あいつはハイエルフってやつだ。先祖返りだな。極稀に起こるらしいんだが最初は誰もがアルビノのエルフだと思ってよ」
団長はそう言って少し黙る。昔のことを思い馳せているようだ。すぐに苦々しい顔になったところをみると当時から問題児のようである。
「孤児共の集団でちびでアルビノのエルフがボスになったって噂が出て面白そうだから偵察に行ったんだよ。まあ俺も当時はまだ密輸なんてやってなくて、ただの使いパシリみたいなもんでな」
そこでまた黙る。あの時ああしていればこうしていればという言葉として出てこないが口の動きから分かる。
「行ってみりゃ本当にちびの白いエルフが不似合いなくらい大きな棍棒を持っててな俺のボスをその棍棒で殴り殺してたよ。用心棒だって何時も連れ歩いていたけどそいつらも真っ赤な染みになってた」
大きなため息をついている。余程その光景が脳裏に焼き付いているのだろう。震えてさえいる。しかし魔法使いでなく戦士だったのか、いやそのどちらもあり得る。
「その時、死にかけのボスが俺を指さしてよ、あいつがこっちに振り向いたんだ」もう無表情だ。そして周りを見渡して俺の方へ席を移して声を落として話す。
「俺は咄嗟にボスにナイフを投げてトドメを刺した。そしてファリーシアにスカウトに来たって言ったんだ。スラムでもどこでもそうだろうが裏切りは駄目だ。だがこの場合はこれが、これだけが正解だったんだよ。あいつはにっこり笑ってその言葉を待ってたって言ったよ。そして当時この酒場と密輸組織を仕切ってた連中の大半を殺して乗っ取ったんだ。俺だってそこそこやる方なんだぜ、でも俺がやっと一人仕留めりゃあいつは五人は簡単に潰してたよ」
そこで一度話を切り服の裏ポケットから小さな酒瓶を取り出して少し飲んでまた話し出す。おそらくこの話は初めてなのだ。前から話したかったのだろう。無論、私もこの話を漏らす気はないしここでの関係も人間界に行く事ができれば切れる。だからこそ打ち明ける事が出来たのだ。
「あいつには飛び道具も効かねえ。棍棒でじゃねえんだ。睨むだけでいいし何なら当たっても服にすら傷一つ付かずに弾かれる。このちびは何か違う。根本的に俺たちとは異質な存在だとその時にはもう気づけたのが俺の才能だったんだろうな」そうしてもう一度、酒を飲む。昨日の酒場でオークを一睨みして吹き飛ばした力も当時からあったのか。
「あいつはファリーシアはただ大人に認められたかっただけみたいで俺が上でも気にしなかった。それでまあドゥガン団、団長様になったんだがその前に友達を一緒にって連れてきたのがエリルだ。まさかこいつもかって思ってたけどそうじゃなかった時はむしろ感謝したぜ。ファリーシアとの橋渡しをするのにエリルは役に立ったし実際、器用で素早くて要領もよくて良い拾いものだった」
話は終わりのようでもとの席に戻り二階から聞こえる喧騒を特に気にもとめずに、もう一口だけ酒を飲んでから酒瓶を裏ポケットに戻して今日行く所の地図を眺めている。私もそれでシールドの魔法を確認しておかなくてはいけないと思い出して魔術書を開く。詠唱は、我を守護せよ、でいいようで周囲も含めるなら威力は弱まるが我らでいいようだ。それと相手は火竜、フロストボルトも確認しておくとファイアボルトの炎を氷に変えるだけでいいようだ。これなら各属性で使い分けれる事もできるだろう。さて、道中の事はおそらくファリーシアに任せればいいとして、レッドドラゴンはどの程度の大きさ、強さなのだろうか。
しばらくすると二階の喧騒も収まりエリルとファリーシアが降りてきた。エリルはファリーシアに対して一人で着替えくらいさせて欲しいといった文句をファリーシアは久しぶりに会ったエリルとの再開を噛みしめているという事を本物の姉妹のようにやりあっている。こうして眺めているだけならファリーシアも可愛いものだ。もちろんエリルもだが、容姿という意味でなく性質とでもいうべきか、どちらが姉かと言えばこの場合はエリルのような気がする。ファリーシアはその実力から見てはやや幼い感じがする。背丈はファリーシアの方が頭一つ高い。団長の思い出話ではちびとあったが成長期でも一気に来たんだろうかと思っているとファリーシアは何時の間にか私の隣に座っていた。
「どうした、私とエリルの仲を羨んでいるのか」
エリルもようやく小うるさい子犬が離れてせいせいしている感じで昨日と同じ席につく。事情を知らない者が見れば両手に花だ。少々、胸に脂肪が足りていない花だが。しかし羨むとは何を言うのか大体出会ったのは昨日の昼でまだお互いの事なぞ全く知らず人間界へ行くための関係であるというのに。一応そこのところを弁明しておこう。と、その前にエリルから訂正が入った。
「いやいや、羨むも何もその爺さんとは昨日が初めてで仲も何もないわよ」
エリルは肩肘ついて手をひらひらさせながら笑っている。それに私も同意するように頷きここを紹介してもらう約束で助けたと言った。だが、ファリーシアの様子が少しおかしい。
「私はこれまででエリルと一緒の仕事なんて数えるほどしか無いのに、そっちはもう一緒だなんてずるいぞ」
ファリーシアはどうやらエリルと一緒の仕事が出会ってからすぐという事に嫉妬しているようで涙ぐんでさえいる。これは昨日と同じいけないスイッチを押してしまったという気がしたので慌てて嘘を言う。
「いや、しかしエリルも昨日ファリーシアが二階へ上がって休んだ後に一緒の仕事で楽しみだと言っていたぞい。爺の出る幕なんぞ、ないない」
涙ぐみ私を睨むファリーシアの顔は一瞬にして晴れやかなものになり私を押しのけてエリルに抱きつき胸に何度も頬ずりをしている。エリルからも睨まれているがこの嘘は仕方ないものだ。エリルかファリーシアの機嫌を考えれば断然後者である事は誰にでも分かることだ。私はまだ死にたくない。エリルもその事はよく理解しているようで子犬をあやすように上手く言い繕ってくれている。
「ファリーシアとの仕事なんて久しぶりだから私も嬉しいよ。昨日は緊張してあまり眠れなかったんだからさあ」
こちらを素早く睨みつけてからやはり子犬のようにじゃれているファリーシアの目を見て微笑む。しかしそれは逆効果になってよりこの子犬はエリルに頬ずり攻撃をしている。よほどエリルに気に入られている事に執着している事に不思議になり聞いてみる。
「ファリーシアにとってエリルは特別なようだね」ファリーシアは元の席に戻って両肘をつき手を絡めその上にあごを乗せ思い出をたどるように目をつぶって話を始める。
「私は、まあ、スラムにとっては当たり前と言ってもいい事だが生まれて物心つく頃には既に孤児だった。肌も髪も白くて周りと違うだけで何時もいじめられていた。そんな時にエリルに出会ったんだ。私を見ても馬鹿にせずに髪も肌も綺麗で可愛いって言ってくれてすぐに友達になったんだ」過去の美しい思い出を浸っているようだがエリルは少し違うといった表情である。エリルの話も後でファリーシアとは別に聞いてみなくてはいけないようだ。
「友だちになってからも他のやつには馬鹿にされていじめられてきて、その事をエリルに相談してみたんだ。そうすると彼女はイジメっ子には一発ガツンとお見舞いしてあげればいいと言ってくれてな。楽になったんだ。力を使ってもいいんだって」
ファリーシアの笑顔はあどけなく力を行使した事による罪悪感はエリルの言葉によって打ち消されたということなのだろう。だから彼女はエリルの事をとても慕っている。酒場に顔を出すのも酒を飲むためというよりはエリルに会いに来たという事でもあるのだ。
「私は早速、いじめていたグループで一番大きくて威張っていた奴をガツンとやったんだ。その時はとても爽快だった。私としては少しおどおどしながらだったのになあ」
やはりニコニコ笑っている。自分の力を咎められる事なく使えてそれを止められる者はおそらく、エリルだけになっていった。それでも万の憎悪よりも一の理解者さえいてくれればいいという。そういう生活だったから、スラムだったから、ファリーシアはエリルの一言で完成したのだろう。
「そして、そいつの持っていた棍棒を持って、まだ私をいじめようとする奴らを蹴散らしていたんだ。それでも中々、私を認めてくれなくてイライラしてたよ。そうしたら、ある日エリルが殴られている所を見たんだ」その一瞬の顔だけはどういう訳か無表情でともすれば泣きそうな顔にも見えた。
「飛び出して殺してやろうとも思ったがエリルが巻き添えになるかもと思って耐えたんだ」彼女はエリルの方を見ながら潤んだ目をしてまた笑っている。
「その後、会って話をしたらエリルもあんな奴、死ねばいいって言ってたからその日のうちに殺ることにしたんだ。丁度いいと思ったよ。認めてくれないのは前に出ていかないからだって気付かせてくれた事もやっぱりエリルだった」
エリルのやや引きつった笑顔から見ても冗談のつもりで言ったことは分かるがガツンとやればの時もこの時も引き金を引かせたのはエリルだったのだ。ファリーシアはこの事をとても気に入っている様子でゆっくりと思い出に浸っている。これがドゥガンが団長になる切っ掛けの奴だろう。
「そして私は殴った奴を見つけて早速殺そうとしたらオークやリザードマンの関係ない奴が立ちふさがってな、別に私は殴った奴だけでよかったんだが気がついたら死んだかいなくなってたよ。うん、そして忘れもしない団長との出会いだな。団長は奴をいきなりナイフで仕留めたんだ。多分、団長の獲物だったんだろうな。私の獲物でもあったんだが、そこでスカウトしに来たって言ってくれたからその事は忘れることにしたんだ。後は団長と一緒にここに来て密輸組織を乗っ取ってエリルも一緒になってスラムを暴れまわった」
これで彼女の思い出話は終わりのようでまたエリルに抱きついている。どうやって将軍になったかの話はまた何時かの時でいいだろう。どうせ向こうでも暴れて同じようにスカウトされたってだけかもしれん。スラムのものでも関係なく登用しているようだし、子供の時でも既に誰も手出しできないほどなのだからスラムで暴れまわったところで退屈しのぎにもならんだろう。
そう結論付けると何時の間にか席から消えていた団長が奥からやってきた。ファリーシアが来た時点で隠れていたのだろう。仕事の道具だろう幾つかのポーションや呪文が書かれたスクロールというのも抱えて持ってきている。先ずは携行食と水袋。という事は、というべきではないなドラゴンの巣がスラムの近くにあるはずもない。しばらくは旅をするのだろう。次に回復ポーションは飲んでよし塗ってもよしという事らしく、その辺りは特に気にしないでいいそうだ。最後はシールドとヒールのスクロール。ドゥガンは自信なく火竜に対しても効果があるか分からんと言っていたが各人に三枚ずつだ。ポーションにスクロールは使う者に関わらず効果は作った者の実力次第だそうだ。特にスクロールに関しては当てにするなとも言われた。私への期待の目をみる限りどうやら人間とはいえ魔法使いの爺を当てにさえしているようだ。しかしそれならもっと当てになる者、例えばファリーシアでもよさそうなものと思った顔をしたのを察知してファリーシアとドゥガンはほぼ同時に同じ様なことを言った。
「私、魔法は駄目なんだ」笑っている。
「こいつ暴走して簡単なものでも爆発すんだよ」団長は諦めがついている様子だ。
魔法戦士というよりは生まれつきの魔力による結界と魔眼とでもいうべき力におそらく魔力によって超強化された肉体の戦士として見たほうがいいということか、だとしても前衛というか道中は彼女に任せっきりで十分。土地勘はドゥガンにエリルで大丈夫だろう。後はこの爺に役目が回ってくることのないように祈っていくしか無い。エリルを見ると昨日と違う。よく見ると彼女が着ている服は昨日と違う。とても豪華になっている。ファリーシアがそれに気づくと自分の城での生活で合わなくなったものを幾つか見繕って持ってきたと自慢げに言う。牢屋で会った時もスラムの女にしては良い服だと思ったがこれはまた一つ、いや二つ上はいくほどだ。何となくだが魔法的な力も感じる。団長にも気遣いとしてか実用的で且つそこまで華美な装飾も入っていないナイフを二つ差し出した。意外と仲間に対しては尽くすタイプなのかもしれない。ファリーシアは爺にも気づき渡せる物がなくてすまないと謝っている。彼女は本当にいいやつだ。とはいえこれまで聞いた限りじゃ多少、ネジが飛んでる気がするけど。
「そろそろ出発するぞ」団長の一言によって一行は出発する。火竜の元へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます