第2話 崖底

 目が覚めた。どうやらここは死後の世界ではないようだ。それに死んでいるのなら前のように暗闇の中を光となって別の転生先に行っているのだろう。しかしまたどういう訳か全く痛くない。余りの痛さに感覚が麻痺しているのではと思ったがどうやらそうではなく本当に外傷というものが無い。軽く起き上がると自分を大の字にして小さなクレーターが出来ている。相当な衝撃であったはずだ。だが何事もなく生きている。おそらくだがこの茶色の地味なローブにも何かしらの加護が宿っており持ち主すなわち私を守ってくれたのではないのか、という推論を立てた。まあそれしか説明がつかない。立ち上がり辺りを見回すも両隣は険しい崖だ。もう一度言うが私はロッククライミングどころかボルダリングも経験してない。そんなものなので端から崖を登るという選択肢なんか出てこない。とすれば後ろに進むか前に進むかで後ろは暗い前は明るい。明るい道の方が好きだ。まさか暗い道が好きな奴なんかいるまい。


 両側断崖絶壁に囲まれながら歩いていると持ってきたもう一冊の本「初心者用魔術書」が気になって開いてみる。歩きながらでは危ないと思い近くにある座りやすそうな石を見つけてそこに腰掛けて少々お勉強の時間だ。最初に目についたのは「人間用」とあった事だ。何故、魔界を統一した大魔王が人間用の魔術書を入れてくれたのかは分からないがとにかく読んでみることにしよう。文字は相変わらずおかしなものだが読めるのはこの頭の中にそういったこの世界の常識といったものも詰め込まれているのかとふと不思議に思ったがこんな状態ではご都合主義万歳、読めないより読めるほうが良いというものだ。

 さて序盤をあらかた読んで判明したことは、

 1.例外がない限り人間は修行なしに魔法を唱えたとしても発動はしない

 2.人間は魔素を触媒から取り出して魔力を得て行使する

 3.多量の魔素を部屋に放ち閉じ込め魔素吸収体にも出来るが死亡率高し

 4.魔素を半永久的に吸収する触媒を埋め込む手術が一般的

 5.そういった触媒は魔物あるいは魔界から手に入れる

 6.魔界では全ての物が魔素によって出来ている

 7.魔界の空気中に存在する魔素は質・種類・量、共に一定である


 1、3は大魔王であるこの体なので当然無視。2は6を考えれば手軽に魔法が使えるという事でもある。試しに近くの石ころを握ってみるが特にそういった感覚はない。が、とりあえず手軽な魔法を使いたいのでいわゆるHello World的な呪文を探してみるとイグニッション点火を見つけた。手のひらから小さな火花を出し枯れ草などに使い焚き火をしたり目くらましに使うようだ。小石を握りながらで大丈夫なのだろうかと少し考えるももう片方の手でやればいいだろうしどの道これが最初だ。詠唱だ。

 「焔よ我が手よりいでよ イグニッション!」

 瞬間、小石からのこれが魔力かという力を感じ手のひらから小さな火花が出て石ころは塵となった。小さな火花だったが魔法を使ったという実感が湧き少し感動した。その後いくつかの大小あわせた石ころで詠唱の手の部分を指や杖に変えて練習してもう一度、魔術書を読むと一度使った呪文は詠唱を短縮することによって使うことも出来るようである。無論、威力は低下するようだが初心者用のものはどれもそれほどの低下は引き起こさないようである。大魔王の体なら石ころを使わずとも出来るだろうから試しにやってみると。


 「イグニッション!」


 格好良く杖を振ってみたらば小さな火花どころではなく爆発が起きた。失敗かとも思ったがそれならば発動しないはずだしと考えて石ころを持ってもう一度試すと小さな火花が出た。つまり考えられる事は単純に大魔王の体に内在する魔力が余りに膨大なために火花が爆発に変わったのだろう。そしてそれは触媒を持った状態では正常に行使出来るという事。これは良いことだ。もし知らずに一つ上のファイアボルトならどれほどの事が起きたのか考えればいい。威力が高いのは良いことだが限度というものがある。これから魔法を使う場合は手近なものを触媒にするよう心がけよう。そうしなければもし洞窟や迷宮で生き埋めになるかもしれない。そんな後ろ向きな理由でもう一つの同じ様な火花を出す雷の魔法スパークも試しに触媒無しで使ってみたがこちらも小さな電光ではなく雷の爆発とでもいうようなものだった。こちらはどちらかといえば周りを破壊するようなものではないもののやはり危険だ。初めて使う魔法の威力が高すぎると悩むのは何をやっても駄目な自分の人生からすれば有り難いことにも思えるが過ぎたるは及ばざるが如し。これでは何に使うか分からないそよ風の魔法ブリーズも突風となり地の魔法サンドも砂塵ではなく土砂で水の魔法ウォーターは洪水だった。


 それよりも出口を探さなければ、いやこの場合は入り口だろうか。城の周囲は断崖絶壁、つまり長い間に降り積もったゴミがあるはずなのだがどうもそれらしき物は無い。という事は定期的にそのゴミを掃除する事をするはずである。無論、翼の生えた魔物が降りてきて処理とも考えたが出来ることならここまで降りてくる事のできる洞窟などが整備されていればいいなと思いながら歩いていればそのような横穴を発見した。穴の大きさはどう見ても人よりも大きく形も整っている。何よりその大きさ故かやや高い階段であることから考えてもこれがこの崖下に降りてくるための通路である事は明白であろう。


 少々、爺の体では面倒ではあるが今の所、唯一地上への道であると信じ先の見えない階段を登っている。かなり暗くなって来たので辺りを照らす光源となる呪文イルミナントを使おうと思った所、壁に設置されている松明状の物から光球が出現して程よい光が先を照らしてくれた。どうやら近くに誰かがいると自動的に灯るようである。実に機能的で素晴らしい。ちまちまと魔法を使うより技術によって生活は豊かにならなくちゃいけない。この明かりはそれだ。いや実に良い。出来ることならこの階段もエスカレーターになってくれないものかとは思うが当然ながら最初からそんな素振りは一向に無かったので待つ事もなく黙々と登っていくとようやく一休み出来そうな短い通路とドアが出てきた。


 聞き耳を立ててみたが何の音もしないようだ。慎重にドアに手をかけて見た所きしむもののすんなりと開いた。どうやら倉庫のようだ。元の世界にもあるゴミを掴む取っ手にをそれ背負える籠。やはり崖下を掃除する為の洞窟であり部屋だったのだ。自分の考えが的中した気分はなんと久しぶりの事だろうかと少しの間感慨に浸っていた。さてこんな部屋があるのだからそろそろ地上だろう。気をつけなければいけない。何しろ大魔王の体を盗んで来たも同じこと、バレれば洒落にならない。とはいえ安心できるのは大魔王の姿を直接見たものなど居るはずもないだろうということ。何しろ千年も経っているのだから知っているとしたらあの六魔将軍か今の魔王かどちらにせよ城下町でばったり出会うことなどないだろうが注意を怠らないようにしなければ。


 倉庫を後にしてひたすら上へ登っていくと、ようやく地上へのドアが見えた。だが物々しい雰囲気がある。先には地上の光が見えるドアがある。だが、その周りには目鼻口の無い二体の彫像でゴーレムとしか思えないし小さな、そうファンタジーお約束の雑魚、ゴブリンの石像が十体ほど並んでいる。どうやら崖底掃除も機能的になっていてついでにガードも兼ね備えているという事だろう。崖底に何の価値があるか知らないが少し考えれば城の真下に出れるとあれば確かに警備の一つもあるのも分かる。さて一歩踏み込むと四方の壁に設置されている顔だけのガーゴイルから警告が発せられた。


 「侵入者を感知。正当な来訪ならば解除の呪文を、そうでない者は立ち去れ」


 そう言っている間にも石像はカウントダウンのごとく侵入者、つまり自分へ向きを変えつつ今にも動き出しそうであった。ゴブリンの石像の肌は緑色に変色していっている。急いで通路へと戻ると石像は元へ戻り警告も止んだ。ここは、ちょっとだけ使いたかった本気ファイアボルトで文字通り突破口を開くというアイデアを思いついた。今思えばこんなアイデア捨てて魔術書に書いてあった幻影の呪文クロークや物理錠を開けるアンロックなどで解決すれば良かったのだが後の祭りである。私は早速ファイアボルトの項目を見つけ呪文の詠唱を始めた。少し集中して目をつぶったのがいけなかったのだ。


 「炎の矢よ我が手よりいでよ ファイアボル……」

 ト、と詠唱完了してさあという頃には目の前に巨大な業火の槍が出現していた。既に詠唱は完了し唱えた後だった。時間がゆっくりと流れているのは無論気のせいで放たれた本気ファイアボルトは周囲のゴーレムはもちろんのこと部屋ごとえぐり取りながら溶解させつつ前方の彼方へ真っ直ぐと消えていき小高い丘を消滅させ大爆発と爆風をもたらした。熱気のこもった爆風もやり過ぎた事の後悔から比べれば冷風ともいえる。滴り落ちた汗も暑さからではなく冷や汗だ。放心している間に部屋は通行可能な程度に収まるとすぐに逃げなくてはという思いが強くなった。早くここから去らなければいくら何でも大魔王の城下町から警備隊でも来るか最悪、六魔将軍とやらが出張ってくるかもしれん。こんな所からはおさらばである。颯爽と部屋だった場所から逃げようとするも大事な事に気がついた。


 いったいどこへ?


 大事だ。大事なことだ。私はどこへ向かえばいいのだ。またも放心していると遠くからいななき声が聞こえてきた。もうやってきたのか!?とっさに瓦礫に身を隠してやり過ごすチャンスを窺う。上手くすれば城下町の位置も分かる。ものを尋ねるのは得意でないがやらなくてはいけない。何を聞こう。なんて考える余裕もなく相手はやってきた。馬にまたがっていて騎士っぽい鎧で爛々と目を輝かせている首を手に持っている。デュラハンか。四騎いや四人というべきなのかなと思ったがどうでもいい事だった。すぐに見つかったのだから。一回り大きい隊長格ともいうべきデュラハンが前に立ち質問をしてきた。


 「お前は何者だ」デュラハンは舐めるように首を上下にゆっくりと振りながら尋ねる。

 ごもっともな事だが大魔王の体に転生してしまった哀れな人間ですとは言えん。

 「ただの老いぼれた人間です。見聞を広める為にここまでやってきたのですがお恥ずかしい話で道に迷いましたところにこの様な事態に遭遇いたしました」嘘だけどこの場合はしょうがないだろう。後ろにいる他三騎から人間にこのような事が出来るはずがないとアシストを入れてくれて助かった。

 「では、この惨状を引き起こした賊を見たか。見たならば教えろ」デュラハンは首をこちらの顔につくほど近づけて言う。

 「いや、私めが来たときにはもう誰もおりませんで、お役にたてず申し訳ない」今目の前にいる爺がちょっと茶目っ気を出しながら本気ファイアボルトでやりましたと言っても信じてもらえないし信じられても困る。

 「そうか」デュラハンは首を胸元に引っ込めながら思案しているようだ。だが少なくとも自分に嫌疑がかけられている様にも見えない。このまま何もなければいい。

 「他になければ失礼させていただきたいのですが」

 そう、このまま何もなければいい。城下町の方角も分かった。情報収集をして、そう、地上、つまり、魔界にとっての外界?下界?いや上界?とにかくいわゆる人間界に行くほうがいいだろう。青空に曇り空、雨空、星空が見たい。いつまでも赤か紫か青もたまに混じる不気味な世界でなく見慣れた空で生きたい。だがそんな願いは通じなかった。

 「そういう訳にもいかん。賊でないにしろ。人間がこの地にいることも問題だ!貴様の事はきっちりと調べさせてもらう」そうだろう。その通りだ。警備をしているのだから本来いないはずの者が何故かいる不自然な状況を寛大なはからいによって万事解決など無いのだ。

 「時に貴様、名をなんという」おっと、そういえば私の名前は山田 二。フタツなんて名前は変な名前と思われる事だろうから咄嗟に反転してツタフと名乗ってしまった。何とネーミングセンスの無い名前だ。

 「それでは、人間族ツタフを連行する」

 こうして私、ツタフは連れて行かれる事になった。しかしてっきり馬にロープで括り付けられて引きずられていくものだと思っていたのだが丁寧に馬に乗せてくれた。ロープでがんじがらめにぐるぐる巻きにされて馬の背に獲物を横たえる如くだがしかし警備隊からすれば私は獲物なのだからこれが当たり前だろう。むしろ引きずられるよりはマシだ。とにかく城下町にある詰め所にでも連れて行かれるのだろう。そこで情報収集、なんて出来るかな。そして予想通り詰め所に着いて取り調べていかず即、牢屋行となった。


 崖底から出られたと思えば次は牢屋かよ。


 

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