爺転生

中田中中高

第1話 転生

 2020年のある日、走行中の車が不注意により車線を外れて歩道に突っ込みそこにいた誰それが死亡と重軽傷数名と出たとしよう。その死亡した不幸な人間が自分である。そんな中で幸運だったのは即死であったことだろう。そして謎なのは走馬灯なんぞは無く今まさに暗闇の中、光となってどこともしれない空間を疾走している事だ。光は楕円の軌道を描いているようだ。その理由は後ろを振り返れば分かった。始点は自分を押しつぶしている歩道に突っ込んだ車周囲数メートルくらいだろうか、そこからロケットの発射にしては低空飛行すぎる角度で暗闇、宇宙でなく暗闇の中に吸い込まれていった。まだ始点は見えるもののもうやはり点である。そして終点は未だに見えそうもない。


 申し遅れた。私の名前は山田 ふたつ。名前だけ見れば少し変わって入るものの次男だから二であり長男の名前は一であることから考えても非常に雑な名前であろう。その雑な名前は誰かにお前は名前の通りと言われてからか何事も達成できなくなる呪いを掛けられたかのように何をしてもどうしても駄目で駄目な毎日を過ごしていた。ある時、そのせいでか精神障害を引き起こしてからは坂道を転げ落ちるどころでなく奈落の底へ落ちていき進学にも失敗してからは半分引きこもりのような生活をして数年、家庭内でも何やら嫌なことが起きてさあこれではいかんと思い引きこもっている時にたまに来る気分の大波に乗って生活保護と引っ越しをキメてこれからどうにか一人暮らしを始めようとした矢先にだ。これだ。もう引っ越し代やマンションの一室借りる前金なんぞも払った物が無駄だ。やはり自分はの名がお似合いだ。人生で二位になったこともない。嗚呼、何と情けない人生か…。


 そんな事を考えながらふと思ったのが今この瞬間はなんなのか。もしかして輪廻転生?いやそもそも家は何の宗派だったろうか、仏壇は置いてあったとは思うがそこから菓子をつまんで持っていった事はあれど祈ったことも無い。そんな人間でもその宗派というだけで輪廻転生という大層な奇跡に与れるのか、無論次はミジンコか名前も知らない単細胞生物か、何でもいいさ。今より悪くなることなんかないだろう。


 それは、ある意味でその通りだったが今まで体験した事のない異常な事態になった。


 さてそれはそうと、どうやら終点が見えてきた。どうもおかしい。空の色がおかしい。ムンクの叫びの背景、おどろおどろしく不可解な色合い。あれは確か当時の自然現象を描写したのだっけかと思った。地肌には底もしれない崖と南米かどこかにある水晶洞窟にあった、人が豆粒に見えるほどのものが色とりどりに屹立している。その一番大きな水晶に絡みつくように天を突くような高く枝も広くそびえる巨樹。その巨樹に見るものを威圧し佇まいだけで味方以外は全て排するかのような城が巨樹の肌から溶け出し結合している。そう、まるで、馬鹿らしい考えだが大魔王が住んでいるかのようだ。そして終点が見えてきた。嫌な予感が的中しそうだ。自分はこんな事だけはぴたりと当たってしまうもので本当に嫌だ。あの城のどこかに自分は転生するのだ。まず間違いないだろうが魔物というかそういった生物か。だとするならば真っ先に戦線最前線に駆り出されて斬られ突かれ潰され燃やされ凍らさせ感電暴風また即死だろう。うん、まあそんなものさ仕方ないさ。はてさて何になるやら少し楽しみになってきたな。嗚呼待てそもそも記憶は受け継ぐのかそうでないなら良いかもしれない。なまじ記憶を持ったまま魔物の中に放り出されるよりはマシというもの、いやむしろそうであってくれ、そう思っていたら。


 着いた。


 暗い。息が苦しい。何かに閉じ込められている。手の感触からすると石?うん?手があるのか?下半身を動かしてみるとどうやら足もある。試しに動かして確認するとおそらくだが両手両足五本指のようだ。まあ見えないのだが。次に顔を自分の両手でまさぐり確認するにややシワが目立つ気がする。髪の毛はボサボサなのか見えないもののそんな感じであるように思える。さてと自分は人型のようだ、というか人間のように思える。あんな城に人が閉じ込められているのか?それとも蒐集物の一つか。


 それはいいとしてこの状態は何というか棺の中なのではないかと思い始めた。ふむ、なるほど周りの手の足の感触からして人を一人収めるにしてはやや大きいとは思うものの海外などで見られるあの棺のように思えてきた。それならば上に塞がっている重そうな石の壁は蓋なのだろう。だが体全身を把握するにどうもそうとう衰えていて石棺の蓋を押し上げられるだろうか、逡巡しつつ物は試しと両手で蓋を押し上げてみればあっさりと拍子抜けするくらい蓋は開き隙間から手を入れてゆっくりと横に引いて外に出れる程でいいと思いながらも蓋はそれほど軽く見えた割に石棺から伝わるほどの重量をたたえた音を発した。


 正直肝が冷えた。暫くの間は物音に釣られて何者かが見に来てしまうのではと思ったがどうもそういう気配はない。意を決して外に足を引っ掛けて正に棺から蘇ったかのように這い出した。したらばだ、眼の前には金銀財宝が煌めいている。それこそよくあるステレオタイプな財宝の山だ。そこかしこに綺麗な細工を施されている鎧があれば一太刀で何ものも斬り捨てそうな剣が無造作に財宝に突き刺さってあり周囲は儀式的な様相のロウソクが立ち並び一様に揺らめくもなく神秘的に見せている。その中に金銀細工をあしらってはいるものの周りが周りだけに普通に見える姿見が半分ほど埋もれている。これを引き出して全身を見るのは大変そうだと思えばまたしてもあっさりと姿見は目の前に用意できてしまった。そして自分を見た。見てしまった。僕は俺は自分は…。


 爺だった。


 どう見てもヨボヨボのヘボヘボの石棺の蓋どころかペットボトルの蓋すら開けられないほど貧相な体だ。お粗末にも思えるほどのぼろ切れが申し訳なさそうに乳首やイチモツを隠していた。何だこれは自分は爺に、爺の死体に転生したのか!?いやこの肌の質感はどう見ても死体のように見えない。あれは何時だったか父方か母方の爺さんを見舞っていた時の最後はどう見ても今、姿見で見ているように贔屓目に見ても活き活きしていなかった。どうにか生きながら死んでいるように見えて気味悪がったものだった。それがどうだ自分の目は爛々としていないか、皮膚は皺だらけでも活きて見えないだろうか手足腰肩どこも痛くないこっていない。どれだけ石棺の中にいたかもしれないが全くない。それどころかあの姿見も石棺の蓋も難なく扱えた。だが、それでも、どう見ても爺なのは間違いない。生きている爺だ。まだ活き活きしている爺だ。が、爺であることに変わりはない。ただ少し力が強いかもしれない爺なのだろう。


 周辺を散策し石棺から日記を見つけた。何故、日記と分かったかと言えば何故か日記と読めたからだ。タイトルはただ「日記」とあった。中身は到底読めないはずの言葉で書かれているのにも関わらずどうしてだか読める。他にもあったのだがどうしてもこれを選ばなければいけない気がした。そして書き出しは


 「これを読んでいる我でない君へ、君は今この老いぼれの体に転生してどう思っているのか落胆しているか驚いているか嘆いているか、何だとしても落ち着いて欲しい。この体は老いてはいても我である。我はおそらくであるが只一人、この魔界を統一せし大魔王スリーニー。死の間際、預言者により死後異界より転生者来たりて蘇ると言われているから安心しろ必要な物は棺の中に入れておいてある。我は死の間際でさえ魔法魔術魔導を嫌い己の武闘技術によって我に成ったと周りも思っているようだが我から言わせれば気がつけばそのように勝手になっていて最早精鋭部隊内でさえ使う事が憚れる様な雰囲気が作られてしまった。本当の所は使いたかった。魔法を使いたかった。魔術を学びたかった。魔導を極めたかった。我はそれでも統一を成し遂げた。素養は十分すぎるほどあるだろう。そこで転生者には我が成し遂げる事の出来なかった事をして貰いたい。無論、勝手な願いと思うだろうがそれはどうか我が最強の体を持って転生出来たことの礼だと思ってもらいたい」


 そこで日記は終わった。正確に言えば次のページがめくれないのである。ぱらぱらと読もうとせずにすれば出来るのだが特定のページを引き当てた瞬間に最初に戻るのだ。どうやら何か厄介な事が先に書いてあるようで嫌だが大事な物だろうから持っていくとしよう。さて、必要な物が入っていると言う石棺をもう一度探ると何かしらの木で作られたと思しき正しくこれこそ魔法使いの杖と茶色のローブがあった。着てみて姿見を見ればそこには這い出てきた時よりは魔法使いに見える。それにこの杖は初めて握るというのに手に馴染む。まるで何十年もの間ずっと使い続けていたかのように、ローブも同じく地味であることを除けばぴったりだ。そして最後にタイトル「初心者用魔術書」とある。まあ日記の事を思ってではないが魔法が使えた方がいいだろうし折角だから使いたい。あと、もう一つロープである。大した長さではないがどうしろというのだ。まあいいこれも持っていく。そうしていると部屋の奥、というか入り口というか出口から声が聞こえてきた。反射的に不味いと思ったものの侵入される気配はいくら待ってもない。それどころか押し問答が段々と大きく聞こえてくる。


 「入れさせろ!」

 「駄目です。無理です!いくら六魔将軍といえど手続き無しで入れる事は出来ません」

 「だが、この部屋から何者かの魔力が感じられたのだぞ」

 「しかし、本当にそうだとして私が気づかないはずはありません。それに魔王様は自らが決めた掟を破った私を罰します。この部屋の門番を任されているのです。どこか仮に別の六魔将軍の部屋であるなら通れてもここは私が脇に退いたからといって開くものではない事は知っているでしょう」

 「隠し通路は無いのか!」

 「私はここの門番であって隠し通路の門番ではありません」

 「では隠し通路はどこだ!」

 「それは隠し通路の門番にでも聞いてください」

 「その門番はどこだ!」

 「そんな門番は聞いたことがありません」

 「何だと、お前が聞けと言ったのではないか!」

 「それがあるのだとしたらの話です。居たとしても知っているのは魔王様くらいのものです。私は知りません」

 「このような言い合いをしている間にも賊に逃げられるかもしれんのだぞ!」

 「私が知る限りこの部屋の防御態勢は魔王城の中でトップクラス、いや一番でしょう。何しろ大魔王様の御身体が安置されているのですからね」

 「だからこそ通せ!」


 何とも厳重な警備と職務に忠実な者のお蔭だ。しかしその一番の防御態勢に引っかからないのは自分の体が大魔王のものだからだろうか、いやそうだろう。そうでなければ魔力を感知した六魔将軍が門番をはねのけて侵入してきて杖とローブを身にまとった元大魔王様を捕縛して魂を引き出して消滅なんて目に合うかもしれない。それは嫌だ。大魔王と言えど爺に転生して早速捕まって終わりでは余りに悲しい。さりとてどうすればここから抜け出せるのか。

 1.私が大魔王だ

 2.隠し通路

 3.別の何処か

 自分で考えてなんだが1は無しだ。当たり前だろう。どこの馬鹿がそれを信じるというのだ。それに手続き無しでは入れないという事は出れないという事でもあろう。何故なら声のそばに来てもドアを開く為のレバーやスイッチ等はもちろんのことそもそも壁だ。代わりに何かヤバそうな魔法陣がドアというか出口というか入り口に結界のような膜があり光っている。

 次は2だがそれがあるとしたらそれも魔法陣で守られているはずであるがそんなものはどこにも見当たらない。正規の入り口だけ厳重で隠し通路はノーガードとは思えん。ならば隠し通路は無いということ。

 さあさあさてさて3だが、どこだよ。見渡してみるが2が無い以上、窓しか無いだろう。だが開いてみてびっくり真下は崖だ。城である以上、多少の出っ張りはあるものの私はたまにテレビでニュースに出てくるビルを登る馬鹿ではない。いや凄い技術だよ。それが俺に有ればそれで逃げることも出来るんだろうがこの底のしれない崖を相手にそれは出来ない。いくら大魔王の体とはいえ私は爺だ。死ぬ。死ぬだろ。いや、だが万が一を考えてロープを使ってみるか思い縄を解くとロープは次から次へと伸びて出てくる。もしやこれは魔法のロープか、無限にとはいかなくても何とかなるのかもしれない。洒落ではないが頼みの綱だ。善は急げ。何時、正規の手続きをすっ飛ばすか若しくは取ってきて入られてはごめんである。身近に結び目を作れる場所を見つけてすかさずとはいかず、少々、いやかなり待ってしまった。怖いのだ。だがまた言い争いがヒートアップしてきた。行くぞ。行くぞ。ええい、ままよ。


 崖から吹き上げる風に揺られながら魔法のロープを少しずつ出していく。どうやらこの部屋自体が出っ張っているようで下までどのくらいか分からないものの地面が見える。近くまで降りてから少し振り子の要領でいけばいいのだ。それに降りていく間ずっと壁だ。窓がない。これなら見つかる事なくここから抜け出せるのではと思ったが抜け出したといって何をしたいかまだ考えていなかった。だが、まだ始まったばかり。先ずはこのロープだ。降る事に集中しなくてはいけない。そう思った途端にすこしズレた。ロープは出してない。ならば推論は二つ。

 1.踏み込まれました

 2.結び目が緩みました

 1を確認する為に上を見たがどうも六魔将軍か門番ではないようだ。つまり、つまり、つまり、つーまーりー、2だ。そう思ったが先か後か私は落ちました。


 嗚呼、死んだ。

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