01

 帰宅すると、誰も居なかったはずの屋敷に白乃はくのが居た。


「やぁ。随分遅かったね、れん。約束の時間に来たけど、誰も居なかったから。勝手にお邪魔させてもらったよ」


 見知った侵入者は居間で、微笑みを浮かべながらそんな事を言う。

 

「って、憐。君、見るからに薄着じゃないか、そろそろ11月も終わりなんだからもっと厚着をしなきゃ」


 そう言いながら白乃は、エアコンのリモコンを操作して、暖房を入れる。

 ほどなくして、暖かい風が吹き始める。それと共に食欲をそそる、良い香りがフワリと漂ってきた。


「そうだ、憐。もう少しで夕飯が出来上がるから。テレビでも観て待ってて」


 と、いつのまにかキッチンに移動していた白乃が言う。

 いい匂いの正体は、白乃の作る料理のようだった。私が使うことのないキッチンで、白乃はテキパキと料理を作っている。


 私の家はとても大きな屋敷だ。

 聞くところによると、100年以上前の建物らしい。かと言って、安全に配慮していない訳ではない。数年前にリフォームをして、外観は変えずに、内装だけ変えてもらった。

 ついでに耐震工事もやって貰った。

 地震大国のこの国で、100年前の建物をそのままにしておくのも心細い。

 なんて言うのは建前で、実を言うと白乃がリフォームした方がいいと言うので従っただけだ。

 別段興味もないが白乃に言われた通り、私はテレビをつけた。



『速報です。東京都渋谷区渋谷3丁目で車が暴走し、死者5名、重軽傷10名との速報が入っております。また情報が入り次第お伝致し──』


 ボーっとテレビを眺めていると、白乃がテーブルに料理を並べていた。


「死者5人、三丁目か結構近いね。憐、帰って来るときに見かけなかった?」

「……いいや、特にこれと言って人集ひとだかりは無かったよ」

「ふーん、そっか。……さ、出来たよ。冷めないうちに食べようか」


 そう言って、白乃はテーブルを挟んで私の前に腰を下ろす。

 

「ところで、目の方はどうだったんだい? 今日は病院だったんだろう?」

「あぁ、前よりはマシになってるらしいよ。完治はしてないけど、見込みはあるって」

「そうか、なら良かった。……なぁ、憐。そろそろ、学校に顔でも出してみたらどうだい?」

「……む。なんで白乃にそんなこと言われなくちゃいけないんだよ、別にいいだろケガも完治してないんだし」

「まぁ、それはそうだけどさ……」


 白乃はすぐに深掘りする癖があるらしい。悪いところじゃないけど、正直面倒くさい。

 

 そんな彼、柊白乃ひいらぎはくのは、私が高校一年の時の唯一の友達だ。

 学生、というのは少し違っているかも知れない。名称としては、そうなのかも知れないけど、中身としては違う。そんな感じだ。

 きっと能力値的には、学生なんてものはとうの昔に越しているだろう。

 だったら何になるんだ? という疑問が湧き出てくるが、多分何にもならないのだろう。

 歩くだけ歩いて、何もなかったら引き返す。柊白乃ひいらぎはくのはそんな人間だ。

 しかし、雰囲気が悪いわけではない。どちらかといえば美形に例えられる顔立ちで────。


「憐、聞いてるかい? ついさっき。憐が帰ってくる少し前位に君のお姉さんが訪ねてきたよ。帰って来るまで待ってて貰おうとしたんだけど、帰るって言うから」

「……鮮音あざねが? どうして?」

「用は聞けなかったよ、聞く前に帰っちゃったからね。まぁ、急ぎの用事ではなかったみたいだけど」


 おおむね、何の要件でわざわざ訪問してきたのかには何となく見当がついている。

 おそらく、私の目のことだろう。

 約一年前、交通事故にあって片目を失いかけた。幸い目立った外傷もなく、目も治療すれば治るとの事だった。


 ……鮮音は心配し過ぎだ。

 こんなもの、あっても無くても変わらないのに。

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