第41話・篠塚君とリンドバーグさん KAC10

 どうも。

 篠塚紀一です。

 最近僕は小説を書いてます。

 もちろん親にも友達にも内緒です。

 すいません。

 嘘つきました。

 友達なんていません。

 親にも大橋さんにも内緒で書いてます。

 なんでってそりゃあ、恥ずかしいから。

 いやだって自分の妄想を文章にするなんて中々アレなことですよ?

 もし読まれて、え? そういう人だったの?

なんて思われたらかなりきついっていうか、耐えられないっていうか……。

 とにかくまあ、内緒です。

 少なくとも僕って小説書いてるんだぜ! 

 読んでくれよな!

 なんてアニメの予告みたいなことは口が裂けても言えません。

 で。

 どんな小説を書いてるかっていうと、ラブコメです。

 まあ、はい。

 その通り。

 僕にはこれと言った恋愛経験なんてありません。

 全部妄想です。

 こうなったらいいなーってのを散りばめちゃってます。

 結果的にハーレムものになってしまいました。

 大橋さんには絶対見せられません。

 見つかったらスマホ割られるまであります。

 いや。

 冗談じゃなくて。

 でも別にハーレムものだから浮気してるってことはないんですよ。

 一人一人の女の子が純粋に弘一(主人公)のことが好きなんです。

 弘一も皆のことを心配してるから、全然いやらしさはないっていうか。

 ただ優柔不断だから誘われたらついてっちゃうけど……。

 でもべつに浮気とかじゃなくて、友達以上恋人未満の関係が七人いるだけで。

 多い?

 いや、まあ、それは分かってるんですけど……。

 こんな子がいたらなーって思って書いてたら増えちゃいました。

 そうです。

 各曜日毎に一人ずつです。

 月香ちゃんは幼馴染みで、優しい女の子です。

 火凜ちゃんはツンデレで、でも甘え上手。

 水藍ちゃんはミステリアスでって、読めば分かりますか?

 分かりました。

 ま、まあとにかく冴えなくて友達もいない弘一だけど、実は優しくてそれを知った女の子にモテるって話なんですよ。

 あ。

 原稿ならあります。

 四二文字×三四行で二千ページ。

 いや、多くないですよ。

 これくらいないと七人の可愛さを書き切れないないんだよ!

 すいません。

 取り乱しました。

 今上げますね。

 はい。

 完了しました。

 え?

 もう読み終えた?

 さすがAI編集者。

 早いですね。

 で、その、どこをどう直せばいいですかね?

 いや、この『曜日彼女』をですよ。

 正直傑作だと思うんですよ。

 どの女の子も可愛いし、健気だし、ちょっとエッチだけどまあ、そこまで大胆ってことはないし。

 海編の水着とかかなり凝ってて、キャラ毎に書き分けてたりするんです。

 キャラ描写だけで十ページ使いましたから。

 それで、これを賞に送ろうかなって思って。

 もちろん大橋さんには内緒ですよ。

 で、この二千ページをどうしたら一三〇ページに圧縮できるかを相談したいんです。

 何度読み直しても削るところがないんですよね。

 どこのシーンも思い入れがあって外すなんてできません。

 というか今もまだ書き続けてるから増えていくんです。

 修学旅行編を書いてるんですけど、これがまたいいんです。

 明土ちゃんのメイド姿が絶品で。

 え?

 もういい?

 二千ページを百三十ページにするのは無理?

 いや、でもここまで全部あってこその曜日彼女なんですよ?

 削るってことは彼女達の魅力を殺すってことなんです!

 そんなこと僕にはできません!

 じゃあ諦めろ?

 まあ、そうかもしれませんけど……。

 いや、その、僕、いつもお話をしている大橋さんって女の子がいるんですけど。

 基本的に尊敬されてないっていうか、バカにされてるっていうか……。

 まあ、そんな感じなんです。

 でも賞を取ったらそれも変わるかもしれないじゃないですか?

「篠塚君ステキ♪」ってなると思うんです。

 いやまあ、なにを書いたかは言えませんけど、そこはなんとか誤魔化しますよ。

 芥川賞取ったって言っても大橋さんなら信じてくれると思うし。

 それにこの曜日彼女は傑作だから、送りさえすれば大賞が取れるはずなんです。

 そしたら三百万円ですよ?

 何回だって大橋さんをスイーツバイキングに連れてってあげられるじゃないですか。

 だからどうにかならないかなって。

 だってリンドバーグさんはAIでしょ?

 AIだったらできちゃうんじゃないですか?

 なんでもこう、それーってしたら。

 できない?

 AIはそんなに万能じゃない?

 元の作品に左右される?

 いや、だから元の作品って、曜日彼女は傑作なんですよ!

 ちゃんと読みました?

 初めて書いてこの出来ですよ?

 もうこれは編集部だって『天才高校生現るッ!』の帯を刷る手前まで来てるレベルですって。

 え?

 そんなことはない?

 どこにでもある駄作?

 キャラが古くさいし、展開がご都合主義すぎる?

 ストーリーらしいストーリーがないし、文章も稚拙?

 既視感が強くて、これなら既存の作家で上手い人がいくらでもいる?

 好きなことをさせすぎてテンポが悪いし、なにより主人公の弘一がどうしてモテるか全く分からなかった?

 え?

 いや、それはそっちの読解力不足でしょ?

 こ、弘一は捨て犬とか拾うほど優しいんですよ?

 金子だって拾って家で一緒に暮らしてるんです。

 両親は単身赴任ですよ!

 愛日は妹じゃなくて義理の妹です! 

 そこのところ間違わないでください!

 はい。

 すいません。

 落ち着きます。

 いや、でもリンドバーグさんがあまりにもその、読む目がないっていうか……。

 仮に一冊百五十ページだとして十冊分以上の原稿があるんですから。

 売れば絶対ベストセラーになりますよ。

 売れないって売ってから言ってくださいよ。

 表紙の案も考えてあるんです。

 一巻から一人ずつ立ち絵を載せて、それが七巻で一周する。

 いや、もちろん二周目もありますよ。

 一周で一年ですから三周あります。

 計二十一巻です。

 ラブコメでそんなに出せない?

 そもそも一周の時点でネタ切れ感が出てる?

 いやいや、ぜ、全然切れてないですよ。

 分かってないなー。

 それに二周目からは新キャラが出るんですよ。

 後輩の女の子です。

 もちろんそれも七人です。

 だから最終的にヒロインは二十一人になって、表紙が全員違う子なんです。

 名案でしょ?

 多すぎる?

 人を好きになるのに多いも少ないもないじゃないですか?

 やめてくださいよ。

 大橋さんにバラすぞって。

 脅迫じゃないですか。

 分かりました。

 落ち着きますよ。

 あれー?

 おかしいな。

 シミュレーションだとここで絶賛して初版十万部で攻めていきましょうって言われるはずなのに。

 AIだからかな。

 やっぱりまだAIに編集の代わりなんて無理なんじゃ。

 はい。

 すいません。

 言い過ぎました。

 バラすのだけはやめてください。

 一応直す箇所のリストを作った?

 はい。

 ください。

 ………………………………………えー。

 いや、これってつまりボツってことですよね?

 それも全ボツ。

 キャラもストーリーも世界観も構成も文章力もダメって……。

 曜日彼女がボツなら今この世にあるラブコメは全部ボツだと思うけどなー。

 いや勉強はしてますよ。

 ラノベもアニメもマンガもゲームも流行のものは全部やってます。

 リンドバーグさんこそちゃんと勉強してるんですか?

 この世にある全ての作品がデータベースにある?

 本当かなー?

 もしそうなら曜日彼女がどれだけ画期的で傑作なのか分かるはずなんですけどねー。

 いやだってアプリ化とかゲーム化とか簡単にできちゃいますよ?

 アニメだって四クールは絶対いけます。

 声優も決めてあるんですよ。

 イラストレーターもオススメがいます。

 もうこれ絶対いけますよ。

 ない?

 ないってことはないでしょ?

 とにかくこの作品は諦めて別のを書いた方がいいって、そんな簡単に言われても次なんてすぐには思いつかないですよ。

 それに諦めるってことは曜日彼女達を捨てろってことでしょ?

 そんなこと僕にはできません!

 彼女達の青春は卒業するまで続くんです!

 はい。

 賞は諦めます。

 ネットにでもあげますよ。

 人気が出て大ヒットしても知りませんからね?

 なんですか、はいはいって。

 

 そこで僕はアプリを閉じた。

 やっぱりAI編集者とのビデオ通話なんてやるんじゃなかった。

「まったくなんにも分かってないな」

「なにが?」

 昼休み。

 誰も来ないはずのE棟の廊下で独り言を言ってるといきなり背後から声をかけられた。

 振り向くとそこには食堂でお弁当を食べているはずの大橋さんがいた。

 大橋さんはお話が大好きな可愛い女の子だ。

「え?」

「え?」

「なにが?」

「なにって誰かとお話してたでしょ? 誰としてたの?」

「はて? してないけど?」

 僕は惚けた。

 服の下では汗がだらだらと流れる。

 言えない。

 ハーレムを浮気と断罪する大橋さんにハーレムものの小説を書いてるなんて絶対に言えない。

 僕が隠すと大橋さんは不思議そうにした。

「ふ~ん。そっか。じゃあ勘違いだね」

「うん。そうだね」

 僕は努めて平静を装った。

 やっぱり学校でこんなことするのは間違ってたみたいだ。

 ただ今日からのサービスだったからいてもたってもいられなくなってインストールしちゃった。

 でももうアンインストール決定だ。

 曜日彼女の良さが分からないなんて編集として論外。

 やっぱりなんとかページを圧縮して賞に送ってみよう。

 そしたら絶対大賞が取れるんだから。

 僕は歩き出した大橋さんに付いていきながらそう決めた。

 すると前から質問が飛んでくる。

「ねえねえ篠塚君♪ 木曜日の子ってなんて名前なの?」

「あ。木霊ちゃんって言ってね。不思議ちゃんだけど甘えん坊なんだ」

「へえ。そうなんだ。可愛いね」

「でしょ?」

 ………………ん?

 あれ?

 音がした。

 地雷を踏んだカチッて音が。

 僕が首を傾げていると大橋さんは笑顔で振り返る。

「あとで読ませてね。曜日彼女♪」

 凍り付くような寒気を感じると共に、僕は絶望した。

 今すぐ逃げ出したかった。

 それでも大橋さんが僕を逃がすわけがない。

 その後、僕は小説を読んだ大橋さんからリンドバーグさんと全く同じダメだしを小一時間受けた。

 批評されている間、僕は思った。

 そんなにダメかなー?

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